第32話 同期と約束した
「困ったなぁ、これから飲みに誘いづらくなったなぁ。気になるようになっちゃった」
同島がそう呟いた。それは俺が聞き取れるか聞き取れないかという絶妙なボリュームだ。同島がどういうつもりで言ったのかは分からないが、ここで俺から誘わないでいつ誘うというのだろう。
「同島、今週末にまた二人で飲みに行かないか?」
「えっ……! どうしたの桜場!? 具合でも悪いの?」
「言いたいことは分かるけど、その反応は俺がかわいそう」
「あっ……! ごめんね! 嬉しくて、つい」
『嬉しくて』。同島はそう言ったことに気がついているのだろうか。
「桜場から誘ってくれたの初めてだよね。もしかして桜場もストレスが溜まってるの?」
「それもそうだけど、たまには仕事の話抜きでもいいんじゃないかと思って」
「そうだよね。いつも私のグチを聞いてくれてるもんね」
「それは全然気にしてない。俺は純粋に同島と話がしたいんだ」
「そんな改まって言われると、照れちゃうよ」
そう言って同島は少しだけ下を向いた。
「頼むから俺と初対面の人を連れて来るのはやめてくれよ」
「それは本当にごめんね! 加後ちゃんには悪いけど、少し後悔してるんだよ」
もしもあの時、同島が加後さんを呼んでいなければ、俺と加後さんは今も違う部署の他人だったことだろう。一度たりとも言葉を交わすことだって無かったに違いない。
「それでまだ返事をもらってないんだけど」
「もう! 言わなきゃ分からない?」
「それじゃ決まりってことで」
「うん! 楽しみにしてるね!」
職場のミーティングルームで同島と約束をした。しまったと思ったけど、解散してからも意外と周囲での話し声が絶えず、俺と同島の約束は二人だけのものとして守ることができそうだ。
そんな中、俺達のほうへと近づいて来る人影があった。
「よう、桜場に同島!」
声の主は友岡だ。実は俺の中での最近の急上昇ワードは『友岡』なのだ。
告白すらしていないのに、本人のいないところで同島に全自動でフラれ、先名さんからは「かわいそう」と同情され、魅力が無いのではと思われたかもしれないという、散々な目に遭っている。
俺が見ていても同島と友岡は、お互いを異性として意識していないことが分かる。俺が心配するまでもなく、友岡はモテる。
「二人も親睦会、参加するよな?」
友岡が俺と同島に向かってそう話した。
「親睦会? そんなこといつの間に決まったんだ?」
「俺がさっき決めた。だって歳が近いメンバーが集まるなんて、そうあることじゃないだろ」
「友岡ってホントそういうことになると素早いよね」
同島が半ば呆れ気味に言った。さっきまで俺と話していたトーンとは違って、なんとなく淡白な印象を受ける。
「同島も来るだろ? 同島が来るなら桜場も来るよな?」
「俺と同島はセットじゃないぞ」
「ははっ、なんか懐かしいなこのノリ! 研修を思い出すじゃないか。それでどうする?」
親睦会の日程は、さっき約束した同島との二人飲みの前日だ。
「私は飲み会好きだからむしろ参加したいけど、桜場はどうするの?」
「俺は飲み会あんまり好きじゃないからなぁ」
「来ないの……?」
明らかに同島の声が悲しそうになった。理由はなんであれ、同島を悲しませるようなことはしたくない。
「分かった、せっかくだし参加するか」
「やった! というわけだから友岡、私と桜場も参加ね」
「了解だ! それはそうと桜場、ちょっといいか」
友岡はそう言うと俺と肩を組み、小声で言ってきた。
「桜場は同島と仲がいいのか?」
「いいと思う」
「そうか、頑張れよ」
「どういうこと?」
「知らないのか? 同島って結構人気あるんだぞ」