第26話 同期が昔のことを話した
なんの偶然か、通路を挟んだ向かいの席に座っている先名さんと同島の会話を、俺と加後さんが全く音をたてずに聞き耳を立てるという状況になった。しかも話題は俺について。
おそらくこんなレアな経験は二度と無いだろう。人生の経験値アップだ。でも多分役には立たない。
「同島さん、どうやって桜場くんと仲良くなったの?」
「えっと、新入社員研修で一緒のチームってとこまでは話しましたよね? それでそのチームっていうのが、私と桜場とあと一人、友岡って男の子の三人だったんです」
「友岡さん? 私は聞いたことが無いわね」
「友岡のことは全く気にしなくていいですよ。明るくて楽しいし人として好感はもってますけど、私にとってはただの友達なので。あ、でもこの話には関係あるのかな?」
友岡が同島にフラれた。本人いないし告白もしていないのに。それ以前に好きかどうかすら分からない。自分の知らないところで勝手にフラれるって、なんか嫌だ。
しかもこの流れのキツいところは、先名さんに友岡って大した魅力が無い奴だと思われかねない点だ。会ったことも無いのに。今度メシでもおごるか。
「自分で言うのもなんですけど、私も友岡も明るい性格なので、桜場とは真逆だと思うんです」
「確かに桜場くんは控えめな性格かな」
さすが先名さん、的確な表現をしてくれる。そう、俺は控えめなんだ。ものは言いようだ。
「私と友岡が最初に桜場にかけた言葉ってなんだと思います?」
「なにかしら? 『よろしく』とか『はじめまして』とか、かな」
「普通はそうですよね。正解は、『声ちっちゃい!』です」
「あいさつを差し置いてそれとは、今の桜場くんはかなり心を開いているほうなのね……」
「私と友岡が見事にハモりましたからね。それで改めて聞いてみると、『よろしくお願いします』って桜場のほうから言ってきてました」
「声が大きければいいってものではないと、私は思うわね」
「そうなんですよ。私も友岡もさっきのはよくないと思って、すぐに謝りました。すると桜場は『思った以上に声が出てなくて俺もビックリしてるから、気にしないで』と言ってくれました」
「そうね、桜場くんならそんな感じのことを言うでしょうね」
「それからもですね、雑談が速攻で終わったり、電話対応のシミュレーションで噛みまくりだったり、その理由として『俺の頭の回転が速すぎて口の動きがついていけてないだけだ』とか、ワケわかんない説明をしたりですね——」
人にはそれぞれ歴史がある。その人が歩んできた人生と言ってもいいだろう。
そして同島が証人となり、いま明かされる、俺が就職してからの俺の歴史(黒)。
非常に恥ずかしい。こうして聞いていると、なんだか子供みたいだ。俺は恐る恐る加後さんを見た。加後さんは俺に気がつくと『いいね!』のポーズをしてくれた。おそらく、励ましてくれている……はず。
「——そんな感じでそれからも私と友岡は、何かと桜場を気にかけて話しかけ続けたんですよね。何かほっとけなくて。いやぁー、本当に苦労しましたよ。まったく、いい迷惑ですっ!」
「フフッ、同島さんは桜場くんのことが何かと気になるのね。好きなのかな?」
「すっ……! えっ!? なっ、なんでそうなるんですか? 私は桜場に苦労させられたって話をしてるんですよ?」
「だって桜場くんのことを話す同島さん、とっても楽しそうなんだもの」