第19話 後輩と夜中にこっそり話した
俺が目を覚ますと辺りはまだ暗かった。夜中だということは分かるが正確な時刻を知るため、テーブルの上のスマホを取ろうと体を起こしたところ、キッチンから加後さんが出てきた。
「桜場さん、眠れないんですか?」
おそらく同島は眠っていると思われるため、まるでささやくようなかなりの小声だ。そんな小声で俺が聞き取れるのかというと、しっかり聞き取ることができる。
なぜなら俺の耳元で言っているから。ささやき声やたき火の音などが心地よく聴こえる、ASMRというやつだろうか。ぜひともイヤホンで聴いてみたい。きっと耳が幸せになるだろう。
加後さんに合わせて俺も小声で話すことにしたが、さすがに耳元で言うのはやめておく。
「寝てたはずなんだけど、目が覚めてしまってね。加後さんこそどうしたの?」
「私はのどが渇いちゃったので、水を飲みにキッチンまで行ってました」
顔だけじゃなく声まで可愛い加後さんが、声を出す度にかすかな吐息が耳にかかり、俺の脳がとろけそうになる。
「加後さん、ちょっと近いかな」
「だって大きな声だと同島さんを起こしちゃいますよ」
「無理に今話さなくてもいいんじゃないかな」
「私、桜場さんに言いたいことがあるんです」
「何かは分からないけど、こんな状況で言わなくてもいいんじゃない?」
「うーん、そうですね。ちょっとスマホを持って待っていてください」
加後さんはそう言い残し、同島を起こさないよう、慎重にベッドへ戻っていった。
それから少ししてスマホの画面が光ったので確認してみると、あのメッセージアプリからの通知で、加後さんからのメッセージが届いていた。俺はスマホからの光ができるだけ漏れないように、気をつけながらメッセージを見た。
『ちゃんと届いてますか?』
確かにこれなら音がほぼ出ないけど、まさかこうくるとは思わなかった。無視するわけにはいかないので、俺は返信をした。
『届いてるよ。俺に言いたいことって何?』
『私とご飯食べに行きましょう!』
『それが俺に言いたいこと?』
『はい!』
確か友岡の話では、加後さんは気軽に男と一対一で出かけないってことだったが、これは加後さんの中で俺が他の男よりは、優遇されていると考えていいのだろうか。
『ぜひ今度行こうか』
『むうぅー、今度って社交辞令じゃないですか』
きっと加後さんは不機嫌になったことを表現したかったのだろうけど、『むうぅー』とわざわざ文字にしている姿を想像すると、可愛らしくて少し笑ってしまった。まあすぐそこに本人が居るんだけど。
『本当に行く気があるよ。ただ、今すぐ日時を決めるのは難しいかなって思ってね』
『それもそうですね。でも約束はしましたからね!』
『覚えておくよ』
なぜか加後さんとデートの約束をすることになった。同島の部屋の中で、同島が寝ている間に加後さんとデートの約束。なんだかとてもイケナイことをしたような感覚だが、俺は誰とも付き合っていないから、問題は無いはずだ。
加後さんもわざわざこんな時じゃなくて、普通にメッセージをくれればいいのに。
今日一緒に過ごしてそう思ってくれたのか、それとも俺が約束を忘れないように、あえて印象に残る状況で誘ってきたのか。
それは分からないが、俺だって可愛い女の子から誘われたら行ってみようという気になる。今日の花見は最初は速攻で断ったけど。
『絶対ですよ? それじゃあ、おやすみなさい』
そんなメッセージとともに、よく分からんキャラクターが布団で寝ているスタンプが届いたので、俺が返信して眠りについた。
次に目が覚めると部屋に明るい日差しが降り注いでいた。同島と加後さんはまだ眠っているようだ。