【10月】壊れた世界と思春期の終り
二学期に入ってから隣のクラスの傘木 風華が登校していないので心配していたら、どうも世界の終わりが見えてピエロになっていたらしい。
そんな事もあったからか、最近、世界がなんだかおかしい気がするのは僕だけだろうか。
思えば今年の初めにはAI映画監督が作った映画が公開されて波乱を呼んだ、季節や天気の様子だってずっとおかしい。アマチュア天文学者が新しい太陽系の惑星に変な名前を付けたり……これまでそんな事があり得ただろうか?
巷では世界が終わる予言が流行っている……みんなそのせいでどこかおかしくなっているのではないか。
「これはどう考えても怪異だよ」
昼休み。幼馴染でバスケ部エースの菊谷 竣と弁当を食べながら、僕は自分が気付いた世界の異常をぼやく。
「世界が終わるなんて、そんな事あるわけないよ」
竣はそう言い、僕の肩を叩く。
「考えてみ?1999年ノストラダムスの予言、2012年マヤの予言、全部外れてきただろ?来年滅ぶとかも絶対外れるよ」
竣は僕のお弁当箱から唐揚げを一つつまんで口に入れた。
「あっ、僕の唐揚げ」
「フッ、相談料だ」
竣は口をもぐもぐしながら更にだし巻き玉子にまで箸を伸ばそうとしたが、僕は自分の弁当箱を移動させてそれを避けた。
「……こういう重大な話ができるの、竣くらいなんだけどなあ」
「重大?俺にとっては土曜日の試合の方が100倍重大だよ」
「ああ、茅場高校との?応援行くよ、弁当作っていこうか?」
「おっ、嬉しいねえ。唐揚げ弁当にしてよ、知紗の唐揚げマジで美味いんだよね」
「残念ながらさっきの唐揚げでお前にあげる唐揚げは最後です!土曜日はゴーヤ弁当をお楽しみに」
ゴーヤが嫌いな竣は一気に青ざめる。
「ゴーヤだけはやめて!流石に!」
「ま、当日のお楽しみって事で」
「なんだよー、もしゴーヤ弁当持ってきて試合負けたらお前のせいだからな!?」
「いいや、ゴーヤ食べれない竣が悪いよ」
世界が終わる予感も、隣のクラスレベルの距離感で起こっている異常事態も、毎日の他愛無い風景の中で消えていく。
僕がどれだけ世界の状況に危機を抱いても何も変えられないし、そういう意味では土曜日のバスケ部の試合以上に重大な危機は僕の前には存在しないのだろう。
ピロン!
机に置いていた竣のスマートフォンに通知が入る。
「お」
竣は画面に表示されたInstagramのアイコンとユーザー名の文字面を見て嬉しそうにスマホを開く。
「何?嬉しそうにして。誰から?」
「ん?ああ……ちょっと、な」
竣はニヤニヤしながらぽちぽち文字を打ち込んでいる。どうもDMでやり取りをしているようだった。
相手からの返信に一瞬、何かに悩んだような顔をして僕に目を向けた竣は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん、土曜日の弁当、やっぱいいや」
「あれ、なんで?」
「ディナーに誘われちゃって」
「……ディナー?誰と?」
「それは別に……誰でもいいだろ」
「ディナーって試合終わってからでしょ?お昼食べなくてもいいの?」
「試合終わったらすぐ向かうから腹減ってる時の方がいいかなって」
竣をディナーに誘うような相手……想像がつかない。
もしかして……彼女?
いや、そんな話は聞いた事がない。竣とは家族ぐるみの付き合いだ。確かにバスケ部エースである竣はモテるが、浮いた話があれば僕にもすぐに伝わってくるはず。
「えー、お腹ペコペコで負けても知らないよ?」
「そこはちゃんと応援しててくれよ」
「え?」
「え?試合観に来るだろ?」
「あ、ああ、うん、勿論」
……それに、スマホの画面に通知が来たのはInstagramだった。たとえ彼女ができてもわざわざInstagramでやり取りはしないだろう。
となると、オフ会?……竣が?想像がつかない。
竣の家族はいつも僕が弁当を作ってあげている事を知っているはずだから違うだろうし、となると一体誰が竣をディナーに誘ったのだろう……?
これは……どう考えても怪異だ。
せっかく土曜日は試合に勝てるよう美味しい唐揚げ弁当を作ってやろうと思っていたのに……竣のやつ。
やっぱり、最近世界がなんだかおかしい気がする。ネットニュースでは絶望してピエロになってしまう中高生が激増している事が取り沙汰され、だけれど結局どこか自己責任論になってしまい、大人は誰もそれに対処する事ができていない。
僕たちは大人に守られる対象でなくなったし、僕たちも大人の在り方を参照しなくなった。
学校帰り、駅にいたピエロが俯きながら歩く多くの人に向かって訴えていた。
「もうすぐ世界、終わります、みんな死にます、お終いです、みんな死にます、お終いです……」
竣をディナーに誘った相手が気になるあまり、僕の世界も終わってしまいそうである。
文芸サークル『むちゃむちゃ海月味』のInstagramアカウント(https://www.instagram.com/muchamucha_kurageaji?igsh=NndteGl1N29obmUx)にて不定期連載中の『きまぐれ!むちゃくらマガジン』10月の部にて掲載されたものです。
テーマは「怪異」。
Instagramでは他作家による作品も掲載!
是非是非、よろしくお願いします。