移民支援
「はぁい! 彼が今日からこの家で暮らすことになったぁぁぁ……テムくんです! ささ、テムくん! ご挨拶は? あ、あはは、オホン、『ゴ・ア・イ・サ・ツ』」
『ア、テム……テム。テム、ダ。テム、デス……』
「はぁい! よくできました! みんな拍手! あらぁ? どうしたの坊や。拍手は? もしかしてぇ、やり方が分からないのかなぁ?」
……ぼくの無言の抗議もママの前では無意味。いっつもママのしたいようになるんだ。うちはママ中心で回っている。ママは人権意識が高いんだって。パパが昨日、ママの話のあと、ぼくにそう説明してくれた。
ぼくらの家で一緒に暮らすことになった彼、移民のテム。本当は彼がもともと住んでいたところへ強制送還されるはずだったけど、ママが声を張り上げてそれを止めて、あれこれ手続きして一緒に暮らすことになったんだって。
テムをうちに迎える前、昨日の夜にしたママの話によると彼はとっても可哀想なんだって。頭が悪くて弱くて満足にご飯を食べられなくて、元居たところから逃げて、ぼくらの国に不法入国したんだって。
でも、ぼくは彼がとても怖い。背が高くて目がギョロッとしていて、汚れていてボリボリ腕をかいて震えていて肌とか、見た目だって、ぼくらと違うし、それに言葉だって通じないんだ。
だからぼくは昨日の夜、うまく行きっこない、嫌だって反対したんだ。でもママは金切り声上げて、ぼくを叱りつけたんだ。
パパは「仕方ないよ……ママはそういう風に育っちゃったんだ。でも、そんなママやその、明日来る彼から学べることはたくさんあるはずだよ」だってさ。ないよ。そんなの……。
でも、確かに知らないことだらけで、一週間経ってもテムとの生活は慣れるどころか驚きの連続だった。
「ママ! ママ!」
「はいはい、どうしたの坊や」
「こいつ、庭でクソしてたよ! 最低だよ!」
「あらあら、クソだなんてこの子はもーう」
「ママ!」
「はいはい、仕方ないじゃない。生理現象よ」
「それにこいつ、ばっちいし家の中を歩き回って欲しくないよ! なんとかしてよ!」
「なんとかって何よぉ? まさか外に繋いでおくわけにはいかないでしょ?」
「そうしてよ! あ、いや、それじゃ、駄目かも。友達に見られたら……」
「うふふ、そうよ。もっと思いやりを持たないとね」
「笑われるから嫌だって話なんだけど。とにかく、せめて穴を掘って埋めるとか……いや、こいつのクソがどこに埋まってるかわからないなんて嫌だな」
「ほら、またクソなんて、それにこいつもやめなさい。彼にはテムっていう名前があるのよ」
それはママがこいつにつけた名前じゃないの? ペットみたいにさ。
ぼくはそう言ったけど、ちょうど学校から連絡があったようで、ぼくの声はママには届かなかったみたいだった。もしくは無視したか。ぼくはママと担任の先生が何を話しているか気になるし、こいつをどうしようか気になるしで、もう熱が出そうだった。
「ふぅ……坊や。学校でテムの悪口を言っていたそうね」
「げ、で、でも仕方ないじゃないか……そうしないと、ぼくが……」
「いじめられる? でもね、あなたがしていることもいじめじゃないのかしら?」
「そんな……ママが、せめてママがこいつを家に置くことを内緒にしていればよかったんじゃないか! なんで近所や学校に言う必要があるんだよ!」
「しょうがないじゃない。ママはね。いい機会だからみんなに人権というものを考えて欲しかったの。それに法律でね、彼がここで暮らすことはご近所さんや学校に報せなきゃならないのよ」
「でも……でも……どうにかさぁ……ぐすん、うっ、うっ、くぅ……」
「あら坊や。泣き真似? うふふ、いいじゃない。あなたにも弱者の気持ちというものがわかってきたようね」
「ぐうぅ……せめてさぁ、そいつに庭の隅で、あの陰になっているあたりでするように言ってよ」
「あなたが言えばいいじゃない。直接その口で。彼の言葉はわかるでしょ?」
「まあ……でも上手く言えないよきっと……」
「もう、しょうがないわねぇ『テム。今度からトイレはね――』」
「はぁ……」
「あら、ため息。うふふ、テムの真似してるの?」
「うるさい……」
「まぁ、坊やったらすっかり反抗期ね。テムに対するその古い価値観と一緒にアップデートしてもらえると助かるんだけどねぇ。あ、そうそう。ばっちいって言うなら、テムの体洗ってあげなさい。背中までしーっかりね」
「はぁ……ほら、そこに立ってホースの水ぶっかけてやるから」
「もうこの子ったら。もっと優しく。それに指でささないでちゃんと言葉で伝えなさい」
「はいはい。『おい、ファッキン』」
「こら!」
「はぁ……こっちだよこっち……はぁ……」
ママに話した通り、学校じゃぼくはあいつ同様変わり者扱いだ。
一緒に暮らすってどんな感じ? 何食べさせてるの? トイレは? お風呂は入るの? 夜は一緒に寝てるのって質問攻めさ。
ああ、うるさいうるさいうるさい。あいつだってどっか政府のそういう施設で暮らすとか元居たところへ送り返されるかしたほうが幸せに決まってるんだ。ママはなんでそれが分からないんだ。負担だってかかってるわけだろうし、そりゃ、政府から支援だって食料やなんだ、うちに送られてきているけど、でもあいつは何食べても何してやっても、いっつも怯えた感じで全然幸せそうじゃないんだ。
満足しているのはママだけさ。そう、ママだけだ。ママはそんなことにも気づいていないのかな?
「ふふっ、それが気づきってやつだね」
「気づき?」
夜。ぼくはママに内緒でパパに頭の中で考えていることを全部話してみた。
「確かに、ママは少し、周りが見えていないのかもしれない。でもね、お前はそれを客観的に見ることができている。それはね、大事なことなんだよ。そして、お前には見えていないこと、ママにしか見えていないものもある。もちろん、テムにもね。みんな同じじゃ駄目なんだ。この社会が発展していくにはね」
「ぼく……褒められてるの? それとも叱られているの?」
「ふふふっ、もちろん褒めているのさ。未来を担うのはお前たち新世代だ。
よく学び、価値観を、自分をアップデートしていくのにそういった悩みや考え、時に偏見だって大事なんだよ。頭に手を当ててごらん。その嫌な気持ち。それはテムやママ、面白がり、からかってくる学校の人たちだけに抱いたものなのかい?」
「……ぼく。ぼくは、自分が嫌かもしれない。ママに反抗するのも……でも、そのママを説得できない弱い自分も……アイツを、テムを嫌う自分も少し……嫌かも……」
「……そうだね。どうすればいいかわからない。そんな時はどうしたらいいかわかるかい?」
「よく考えること……」
「そうだね。そのためにすべきことは?」
「……よく知ること。ママの気持ち。学校のみんなの気持ち。それと……テムの気持ち」
「素晴らしい。さすが、パパの息子だ」
ぼくとパパは前に学校で観た映画みたいにギュッと抱き合った。親子の絆ってやつだ。そうすることで、ぼくはパパの気持ちが分かった気がした。次は、ママだ。今度、ちゃんと話してみよう。それに……
「あらぁ! うふふ、テムの体、洗ってあげてるのねぇ」
「うん! また蠅が寄って来ててさぁ。ほら、じっとしなよ」
「うふふふ、すっかり仲が良さそうでママ……ママ、嬉しいわ! あなたが誇らしい……。この前のお話ももう、感動しちゃって」
「ぼくもだよ。ぼくもママが誇らしい。あ、ねえ! 今度テムを学校に連れてってもいいかな! みんなにもいろいろ学んで欲しいんだ!」
「え、それは……あああ、最高のアイディアじゃない! あなたは天才よ!」
「えへへ、あーもう、動くなってばぁ! あはは! ほらぁ『テム。動くな。折るぞ』ふふ、こう言うと大人しくするんだ」
「あらぁ、うふふ。ホント、立派になって……」
「ふふっ、ママってば泣いてる。あ! テムも泣いてる! いいなー! ぼくも次のアップデートで涙を流す機能つけてもらおうかなぁ!」
「あらあら、それはやめておいたほうがいいかもね。これ、顔に涙の跡がついちゃうのよねぇ。今度、液を他のに替えて貰おうかしら」
「ふふふっ、ママの顔は綺麗だよ」
「あら坊やったら。そんなことまでどこで学んだんだか、うふふ」
「あははははは!」
『サムイ……サムイ……アンドロイド……コワイ……キョジュウク……カエリタイ……』