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第4話 由布子

「……由布子」


 昴が視線を移すと、居候先の娘である高月(たかつき)由布子(ゆうこ)が立っている。

 すらりと伸びたしなやかな白い手足が印象的な少女だ。

 スポーツも得意ならば家事も得意な才女で、成績も赤点ギリギリの超低空をアクロバット飛行している月見里とは、比べものにならないほどに優秀だ。

 由布子は肩口まで伸ばした髪を軽く指でかき分けるようにしてから歩き出すと、ふたりの前を通り過ぎて自分の席へと着く。鞄を机の上に置くなり、月見里に不機嫌そうな顔を向けると、会話の内容について問いただしはじめた。


「で、今度はなんの密談なの」

「密談じゃねえよ。前から見たかった映画のビデオが手に入ったから、昴の部屋で見せてもらおうと思っただけさ」

「どうして昴の部屋なのよ?」

「俺ん()のデッキは猫が壊しちまったんで、いま修理に出してんだよ」

「本当なの?」


 今度は昴に問いかけてくる。


「いや、俺に訊かれても、あいつのデッキのことまではわかんねえし……」

「ビデオを見るって話よ」

「本当なんじゃないか? おまえが来た時点では、まだそこまで話は進んでなかったけど、そもそも嘘をつく理由なんてないだろ?」


 昴は自分でもあまり信じていないことを口走った。だからだろう。彼が答えた後も、由布子はしばらくの間、疑念に満ちた眼差しで月見里をじっと睨み続けていた。

 その間、月見里は思いっきりあさっての方向を向いたり、愛想笑いを返したりと、あからさまに怪しい様子を見せていたが、由布子はそれ以上詰問することなく、あきらめたように肩をすくめた。


「まあいいわ。あそこはわたしの家だけど昴の家でもあるんだし。たとえ、それがどんなアホでも犯罪者でないのなら、わたしに立ち入りを禁止する権利はないからね」

「すげえ言われようだな……」


 月見里はたじろぐように言った。


「良かったな、月見里。あとしばらくは家に入れるようだぜ」

「どういう意味だ?」

「いや、俺の予定ではおまえはもうすぐ犯罪者になるしっ」

「俺の予定ではならねえよ!」


 月見里は憤慨したように立ちあがると、勢いよくビシッと指を突きつけてきた。


「とにかく、今夜六時頃におまえん()に行くからなっ! 覚えてろよ!」


 まるでチンピラの捨て台詞のように言い捨てると、月見里はそのまま自分の席へと走り去っていった。もちろん本気で怒ったからではなく、始業時間が迫ったためだ。

 ほどなくして予鈴が鳴り響き、それと同時に雑談に熱中していた学生たちも、適当に話を切り上げ、それぞれの席へと戻っていく。


「冷たいのね」

「え……?」


 昴はきょとんとして視線を移した。前の席に座った由布子が、視線は教壇の方に向けたままで話しかけてきている。


「相変わらず、ひとりでさっさと走り去っちゃうんだから」


 どうやら登校時のことを言っているようだった。彼らは学園前の長い坂の下までは毎朝一緒に登校してきている。


「しかたないだろ。おまえは駅前の駐輪所に自転車を預けるけど、俺はここまで直行なんだし」

「昴も駐輪所に預ければいいじゃない」


 由布子はようやく振り返ると、拗ねたような顔を見せた。


「やだよ。学割でも月、千円かかるんだぜ。もったいないっての」


 そもそも坂を上るのが苦にならない彼に、わざわざ金を払ってまで自転車を預ける理由はない。


「それより、おまえが、ここまで自転車で来ればいいんだよ――金も浮くしさ」

「無茶言わないでよ! それこそ置き去りにされるでしょうがっ!」


 大口を開けて怒鳴りつけてくる。昴は思わずイスごと後ずさっていた。


「まったく……そんなに体力がありあまってるなら、何か部活にでも入ればいいのに」


 由布子はブツブツと聞き慣れたお小言を言うと、そっぽを向くように視線を前に戻してしまった。

 昴はしばらくの間、そのまま彼女の背中を眺めていたが、やがて小さく溜め息をついて窓の外へと視線を移す。

 二階の窓からはグラウンド越しに、彼が毎日通っている坂道が見える。学校関係者以外はまず用のない一本道だ。その坂のはるか向こうから、ひとりの少女が向かい風にピンクの髪をたなびかせながら、物凄い勢いで走ってくるのが見えた。


「ありゃ遅刻だな……」


 昴の言った通り、彼女が校門に辿り着くよりも早く本鈴が鳴り始める。

 遅刻者となってしまった少女はその場で足を止めると、人差し指を額にあてて何やら思案し始める。そのまま数分間、石像のように微動だにしなかったが、やがてなにかを思いついたように大きく頷くと、周囲をキョロキョロと見回してから、ダッシュで木陰へと回り込んだ。

 もっとも、そこは昴の位置からは丸見えなのだが、彼女はそれに気づいた様子はない。

 なんとなく彼女の動向が気になる昴だったが、その時ちょうど教室の扉が開き、担任の西御寺(さいおんじ)篤也(あつや)が姿を見せた。

 委員長の号令がかかり、教室内の全員が起立する。昴もまた教壇のほうを向いて起立した。そして横目で少女の様子を窺おうとしたのだが――


(あれ……?)


 ――そこに少女の姿はなかった。


(おかしいな)


 怪訝な思いで目をこらす。彼女から目を離したのはホンの一瞬だ。そんな短時間で移動できるようなところに、少女が隠れられそうな場所はない。林に分け入る道もなくはないが、それにはかなり道を戻らなければならない。

 不可解な思いに駆られたが、確かめに行くわけにもいかず、再び教壇へと向き直った。ホームルームはすぐに始まったが転校生の紹介はなく、小夜楢未来は別のクラスに編入されたようだ。

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