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彼女が愛したルチアの記録  作者: 蜂屋弥都
第一章
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06.出会いと再会

入学式当日、着慣れない制服に着替え、アイリンと共に学園へと向かう。


入学式の会場に進めば進むほど、周囲が混雑してきた。間もなく会場時間のため、自分の席に座るのも一苦労だ。


「本当に人が多いわね。慣れるかしら」


「この国ってこんなに人がいたんだね」


「当たり前じゃない。この国は西大陸を統べる大国とまで言われた国なのよ。こんなもの序の口よ」


「え、そうなの?」


言葉に抑揚がないが、ルチアは本心から驚いていた。


「この学園は知識の書庫とも言われているわ。ここで学んだ事は、どこに行っても通用すると言われるほど、多くの学問が揃ってるの。だから、諸外国からの留学生も多いのよ」


「諸外国からも来るの?」


「ええそうよ。そうね、今年はちょうど、東の陽蓮国から皇太子が留学生として訪れるともっぱらの噂よ」


「……ふーん、そうなんだ」


「こんな機会またとないから、結構楽しみなのよね!」


「アイリンはひょっとして面食いなの?」


「美しい物好きと呼んでちょうだい。」


「へー」


「何ー?その顔」


「うむぅ、ひょっとやめへよあいひん」


じとっとなったルチアの両頬をアイリンはみょんと引っ張った。


そんなこんなで時間が経ち、入学式が始まりだした。静寂に包まれ、ルチアたちも姿勢を正す。


最初に学園長の挨拶で幕が上がった。


学園長の話を聞きつつ、ルチアは先程の会話を少し思い出していた。ルチアにとってはもう関係ないことかとしれない。でもユエにとっては、関係ないなんて事はきっとない。今はそう思える。


けれど、少し怖かった。あの人の子を前にして、自分は果たして正常で居れるのか分からない。


僅かに右手をグッと握りしめ、片方の手でそれを隠す。ユエにとって大切な子が、近くまで来てる。怖い、嬉しい、悲しい、感情が降り混ざり、心臓が鼓動する。


やけにうるさい鼓動が、ルチアの頭でなり続けていた。


「ルチア、教室に行きましょう!」


ハッと気付くと、既に入学式は終わり、皆立ち上がり始めていた。


「うん」


廊下を歩きながら、アイリンは入学式の感想を面白そうにルチアに話した。ルチアは殆ど聞いていなかったため、アイリンの話はとてもありがたかった。


「これから半年間、皆さんには一般の教養に続き、自分に合った専門課程を選んで貰います。3年半の学園生活を決める重要な決定ですから、しっかり考えるように」


前半の授業は、説明と自己紹介、そしてちょっとした予習課題が出された。


昼になり、ルチアはアイリンの元に向かうと、アイリンは既に数人の女子に囲まれて楽しそうに話していた。


気さくで明るく、その上美人なアイリンは、早速友人を沢山作ったようだ。


「あ、待ってわ!皆さん、この子は私と同室のルチアよ!」


ルチアの存在にいち早く気付くと、少し強引に彼女たちの前に出した。


「初めまして。ルチア・フォランドと申します。お見知り置きを」


ルチアは動じることなく姿勢を整え、軽く小さなカーテシーをとった。


「とても可愛らしいでしょう?!是非皆さんにもご紹介したかったの!」


そんなアイリンの突発的な自己紹介と可愛いでしょ発言に周囲は少し驚き困惑する。


けるど、すぐに目の前の二人はクスッと笑いが湧き上がる。


「ええ本当ね。とても可愛らしいわ。はじめまして、オデット・ミッツェルと言います。どうぞオデットと呼んでくださいな」


最初に声を発したのは、クリーム色の美しい真っ直ぐな髪に、アーモンド色の瞳をした可愛らしい女子生徒だった。

おっとりとしたたれ目が、印象的な人だ。


そして、いや…何がとは言わない。

とても大きい方だった。


「はじめまして、ルチアさん、私はシェリル・ファーシマです。どうぞシェリルとお呼びになって」


次に挨拶してくれたのは、菫色の長髪をカールさせた青緑色の瞳の女子生徒だった。

少し吊り目で、真っ直ぐ堂々と見つめるその出で立ちは、とても凛としていた。


「よろしく。オデット、シェリル。合えて嬉しいよ」


ルチアは表情僅かに笑みを零し、そう返した。内心お友達ができてウキウキしていた。


そんなルチルに、あらまぁと二人から漏れ、どうしたのかとルチアが首を傾げる。


「本当にとても可愛らしい方ね」


「でしょ!」


またもやルチアを可愛いと持て囃すアイリンと、新しい友達を前に、ルチアは嬉しい半面、解せぬと思った。


ルチアは可愛い子扱いされ慣れていない。


かつては可愛い=小さいの一言でムキになっていたルチアは、もう小さくないので可愛いには寛容になったと思っている。


しかし、確かに身長は一般的な16歳の女子平均身長に及ぶも、上回っている訳ではない。

つまり少し小さい。


今も、他三人の目線とやや合わない。ルチアが少しだけ上を向く形になっている。


もっと大きくなりたいとおもうルチアなのであった。


こうして学園生活一日目は朗らかに過ぎていった。


放課後、生徒が徐々に教室から減っていく中、ルチアは学級委員になったアイリンの仕事が終わるのを、教室で待っていた。


終わったら学園都市のカフェを回ろうと約束したので、ルチアはアイリンが教室に変えるのを今か今かと待っていた。


途中まで話していたオデットとシェリルがとうとう帰宅し、ぼーっと空を眺める。


「…アイリンまだかな」


ぽそっと言ったルチアの言葉は、転がるように誰もいない教室で響いた。



◆ ◆ ◆


放課後の人気の少なくなった廊下を、数人の男子生徒が静かに、しかしどこか弾むように歩いていた。


一番前を優雅にあるく金髪の青年は、美しい笑みを浮かべながら気分を良くしていた。その横には、傍らを音もなく移動する銀髪の男子生徒と茶髪の髪を後ろで緩く縛った男子生徒が居た。


「今年の新入生も大勢居たね。果たしてどんな生徒がいるのやら、これからが楽しみだ。そう思わないかい、ルイ」


「…ええ、そうですね殿下」


優しく微笑みながら、目の前を歩く金髪の男子生徒に返答を返す。


「ふふ、今年はあの聖女候補の子も入学するんだってね。ぜひ会ってみたいよ」


「可愛い子だったらいいなぁ!殿下もそう思うでしょう?」


茶髪の青年の言葉に、ルイは静かに睨みを送る。


「はは、それよりも僕は彼女の持つ光魔法に興味があるかな。どんな魔法なのか、この目で見てみたいよ!」


「確かに、そうですね!俺も興味あるな」


隣の視線など気にすることなく、茶髪の青年が話しかけているのは、この国の皇太子ルシアン・ソル・カーライルであった。王位継承権第一位の誰もが認める時期国王候補であり、彼自身非常に優秀で非の打ち所がない人間である。


そんな彼にここまで気さくに話しかけられるのは、もう幼馴染の旧友であるギルベルト・ガロットぐらいしか居ないだろう。


「そういえば、今年はフォランド嬢が入学してくる年だね」


その言葉に、ルイは僅かながらに反応した。

ルシアンはそれを見逃さず、今度は立ち止まってルイの方を向いた。


「彼女は仮にも君の元主だ。私が君を引き抜いてしまった負い目もある」


「フォランド嬢って、もしかしてルイの元お嬢様かい?それは会ってみたいね」


ルイは表情には出ていないが、やや鬱陶しさを感じていた。ルイにとっては大切な記憶だが、すでに過去の事だ。今更会っても、相手に迷惑なだけだろう。


「もう過去のことですよ」


「つれないねー。とか言って気になってたりして」


「おいギルベルト、それ以上ルイをからかってはダメだろ。すまないね、こんなことを言ってしまった。けどどのみち、お詫びをしたいとは思っていたんだ」


「いいえ、どのみち再会することは予想しておりましたので…」


ルイのその返答に、ルシアンは少し悲しげな表情を見せた。


「そう言えば確か…。ギルベルト、アイリンも今年からだったよね」


ルシアンは話を変えようと、パンと手をひと叩きしてギルベルトのほうを向いた。


「お!そうなんですよ!」


「久しぶりだな!元気にしているだろうか」


「相変わらずですよ。未だにこの兄に勝負を挑んでくる根性はどこから来るのやら」


「はは、相も変わらずか」


「お!噂をすれば、ですよー」


新入生の会話に花を咲かせていると、ギルベルトはルシアンの後方を見てそう言った。


振り返ると、ちょうど向こうの方から、先程話していたギルベルトと妹、アイリンがやって来ていた。


ギルベルトが手を軽く上げると、アイリンは正面の三人に気付いて少し早足でこちらにやってきた。


「まぁお久しぶりです。殿下。若き太陽にご挨拶申し上げます」


すぐに美しいカーテシーで皇太子に対する挨拶をする。


「久しぶりだねアイリン。元気にしていたかい?入学おめでとう」


「ありがとうございます。ええ、お陰様で楽しい一日を過ごさせていただておりますわ!」


「とか言って、暴れ回ってるんじゃないのか?イデッ!」


そんなギルベルトの手の甲をアイリンは笑顔のまま思い切りつねった。


「ははっ!相変わらずのようで安心したよ。友人は出来たかい?」


「出来ましたわ!とても、とても可愛らしいご友人が出来ましたの!」


瞬間、その言葉を待っていたと言わんばかりに、グッと顔を寄せてアイリンは目を輝かせて言い放った。


「こほん、失礼。たまたま同室になった方なのですが、これがもう本当に可愛らしくて!」


「随分とその子と仲良くなれたようだね。是非僕にも紹介して欲しいな!」


「勿論です。は!そうだわ!今その子を待たせていたのでした!」


興奮して喋り出したかと思えば、今度は焦りだしたアイリンに、賑やかだなとルシアンは内心思っていた。


「おいアイリン、そこまで言うなら俺にも紹介しろよな」


「嫌です。お兄様に見せたら汚れる気がしますわ」


「なんっでだよ!」


「ところで、その令嬢はどちらのご令嬢なのかな?」


またも喧嘩が始まりそうな二人を止めようと、アイリンが可愛いと言うその少女の事を聞いてみた。


正直、ルシアンはアイリンがこれ程気に入る少女に興味を抱いていた。アイリンは本心から人を見抜く力があり、その優れた洞察能力に比例して欲深い人間が大の苦手だった。そのため、あまり長い付き合いの友人が今までいなかったのだ。


アイリンがこうして他人の事を自分の事のように嬉しそうに話す姿は、とても新鮮だった。


それは兄のギルベルトが特に感じており、隠してはいるが心底嬉しがっていた。


「はい!その方のお名前は」


「ーーーアイリン」


アイリンを呼ぶ声と共に、クイッとアイリンの袖が引っ張られた。いつの間にかアイリンのすぐ後ろに噂の少女、ルチアが立っていた。


その場が少し驚いたのそのはず、誰も彼女がここまで歩いてくるのに気が付かなかったのだ。足音も気配も感じなかった。日頃から護衛として鍛えているギルベルトとルイも驚きを隠せずにいた。


「驚いたわ、ルチア。ごめんなさい、教室で待たせてしまっていたのに」


「別に気にしてないよ。ただやけに遅いから心配した」


「今さっき学級委員の仕事が終わったところよ。まぁ鞄を持ってきてくれたのね!ありがとう」


ルチアが鞄を二つ持っていた事に気付き、お礼を言ってすぐにアイリンは鞄を受け取った。


「そうだ!ご紹介しますね!殿下。こちら同室で友人になったルチア・フォランド嬢です!」


以外にもルチアは、アイリン以外の存在に今更気付いていた。紹介されたと分かり、いつもの様に目の前の男子生徒の前で綺麗なカーテシーを取る。


「はじめまして。ルチア・フォランドです」


ルチアが名乗ると、一番正面に立つ金髪の青年が驚く表情を見せた。


「え?君が…、そうか。はじめまして。君の事は以前から聞き及んでいるよ。僕はルシアン・ソル・カーライル。一応この国の皇太子という身分だが、学園では出来るだけ気軽に接してくれると嬉しいよ」


まるで自分の事を以前から知っていたかのように喋る目の前の青年に、ルチアは不思議に思う。


―――はて、この国の王太子にあったことなどないはずだが。


「どこかでお会いしましたでしょうか?」


真っ直ぐ観察するようにルシアンの瞳を見て質問してきたルチアに、ルシアンは少々面食らった。


こんな子だっただろうか?

ルイや世間から聞いていた情報を聞いた限りでは、とても繊細で控えめな令嬢だと思っていた。


「僕と言うより、僕の友人がかな」


まだ不思議そうにしているルチアの正面から少し横に逸れて、後ろに控えていたルイに視線が行くようにする。


ルチアはルシアンが横に逸れたことでようやく、ルシアンの後ろにもう1人男子生徒がいる事に気が付いた。


驚いた。


ほんの数年、ルチアにとっては短い時間離れていただけなのに、とても懐かしく感じた。


そして同時にルチアはルイのこれまでの行動の意図を何となく察する事が出来た。


「お久しぶりです」


ルイの瞳か僅かに揺れた。


再会の第一声は間違って居ないだろうか?

以前の、記憶が戻る前のルチアであればどうしていたのだろうと考える。


泣いて、会いたかったとすがるのだろうか。

それとも怒るのだろうか。


記憶を失う前に彼へ向けていた執着は、いつの間にか消えており、馴染み深い心と寂しさだけが残った。


「お久しぶりです。…お嬢さ、フォランド嬢」


「今は何をされてるんですか?」


「…今は、恐れ多くも皇太子殿下のお傍で、護衛騎士をさせていただいております」


「そうですか」


あまりにもさっぱりとした再会を果たす二人をルシアンはいじらしく感じた。


「ずっと謝りたかったんだ。残酷にも私は君から彼を引き離してしまった。本当にすまない。どうか謝罪を受け入れて欲しい」


「殿下!これは私が決めた道です。どうかおやめ下さい」


ルイが憚りながらも異論を唱える。


「それほど支障はありません。どうか頭をお上げください。」


その言葉に、ルチアの周囲は時間が止まったように静まり返った。固唾を飲んで様子を見ていた他二人も、目を見開いていた。


支障がない。それは、彼が居なくなった事に対し、そこまで支障をきたしていない。つまり、問題視していないと言うこと。


それは、かつての幼馴染であり、従者だった彼に向けての言葉というにはあまりにも、残酷だった。


ルシアンは流石になんと返せばいいか分からなかった。


わざと言ったのかと真意を探っても、その厚さのある眼鏡の奥に見える瞳からは、感情の色が見えなかった。


「…それに、彼が決めた道に対し、私がどうこう考える事はありません。このような事で殿下が申し訳なくなる必要もございません。そうですよね、ルイ様」


「……はい」


そのぎこちない返答に、ルチアは疑問に思った。空気が止まったので、ルチアは補足で説明し、彼に対しもう一切の執着心はないから安心して欲しいという事を伝えたかった。


ルイが後ろ髪引かれることなく進むためには、ルチアは障害になりたいとは思っていない。


以前に比べて、姿勢や動き淑女らしさが感じられ、気品が感じられるようになった反面、どこか達観した揺れることのない静かな瞳と、寂しさがこびれついた動くことのない表情。ルイの知らないルチアが、そこには居た。


「フォランド嬢、私は最近男爵位を授かりまして、今はセルディアと名乗っています」


「そうでしたか。ではセルディア様とお呼びするべきでしょうか?」


「いえ、ルイで構いません。あなたは私より身分が上なのですから」


「分かりました。ルイ君」


「俺もいいかな?はじめましてフォランド嬢。俺はギルベルト・バーンズ。アイリンの兄にあたる。妹が世話になってるみたいだね。騒がしい子だから、手を焼いているんじゃないかな?妹と被るからギルベルトでいいよ!」


なんとも言えない空気に、隣で痺れを切らしたギルベルトが話しかけてきた。手を出して握手を求めてきたので、素直に握り返す。後ろでアイリンが何やら文句を言っているように聞こえる。


ギルベルトのアイリンに似た色合いと気さくさは、ルチアにはないものなため、大変好ましいと思った。


「はじめまして、ギルベルト様。いいえ、私の方がアイリンにはお世話になってばかりです。お友達になれて嬉しいです」


「キャー!嬉しいわ!ルチア。そんな風に思ってくれてるなんて!」


アイリンへの素直なルチアの言葉に、アイリンは打ちのめされたように跳ね上がり、嬉しそうにルチアの頭をシャカシャカ撫で回した。


「私も、あなたとお友達になれて本当に良かったわ!」


「そう」


「あら照れちゃってかわいい!」


「照れてない」


「隠さなくてもいいのに」


「隠してない」


そんな正反対の行動を見せる二人の様子を、ルシアンは心底楽しげに眺めていた。


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