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彼女が愛したルチアの記録  作者: 蜂屋弥都
第一章
4/7

04.愛を貰って

「ルチア、入ってもいいかしら」


小さく、けれど響くほどのノック音と共に、部屋の外から声が聞こえた。


夫人の声だ。

でももう一人いる。きっと伯爵だろう。


「…開けるわね」


少しして開いたドアから、予想通り夫妻が入ってきた。


まだ夕刻の日暮れ。先程夕食を侍女が持ってきてからそう時間は経っていないだろう。


もう時刻もあまり定まっておらず、年中光を通さず締め切ったカーテンに、明かりを灯さず真っ暗な部屋。冷たくなったベッドの脇で毛布を被って座り込んで、ルチアはうずくまっていた。


夫妻は困った顔でお互いの顔を見返し、ルチアの元まで静かに向かった。


二人はルチアの傍らに膝をつき、ルチアを囲んだ。けれど決して触れる事はせずに居た。


「…気分はどうだ?どこか、痛いところはないか?」


伯爵は優しくゆっくりと質問した。


「……、ごめんなさいね。あなたの苦しみに気付いてあげられなくて。私、母親失格ね」


「あなたは私の母ではないでしょう」


冷たく返したルチアの言葉に、夫人を少し辛そうな表情を見せるが、それを直ぐに推し隠す。


「いいえ、あなたは、立派なうちの娘よ。私のこの世で最も愛する娘。それを違えることはしないわ。例えあなたが否定しても」


強く言葉を放つ夫人の言葉に、ルチアはビクッと怯えるように震えた。


「君がどんな気持ちでいても、過去にどんな経験をしていても、君が私たちの元に来てくれて本当に良かったと思っているよ。だから、どうかこれからも私たちの娘として、生きてくれないだろうか」


どこまでも温かくて気分の良い言葉をかけてくれる二人に、ルチアは困惑した。


「こんな出来損ない、愛せるわけがない。嘘をつかないで下さい!私なんかのどこが…」


「全部よ!」


「はぁ?…」


「あなたの全部が、私たちにとっては愛おしいの。確かに、お腹を痛めて産んだ子ではないけれど、あなたは私たちにとって、女神様が授けてくれた幸運の宝物なの。まだたったの数年だけれど、私たちがどんなに幸福だったことか!」


あまりにも強く決意の籠ったその言葉に、ルチアは心が訳もなく締め付けられた。


もう何百年も昔に、親と呼べる存在とは生き別れた。愛されていなかった訳ではない。ただ、幼い時に離れ離れになってしまった。


その時に悟った。もう両親の愛を受けることは出来ないのだと。


ルチアにだって、親への恋しさはちゃっとあった。ただ、それを手放すにはあまりにも早すぎた。


だから、今になって受ける事に、むず痒さと温かさが込み上げる。それは、もう忘れてしまっていた感情だ。


「ルチア、どうか自分自身を否定しないでくれ。私たちは、君がこれからも生きて、幸せであってくれればそれでいい」


そう言って伯爵はルチアの頭をゆっくり撫でた。


その反動で、ルチアの目から涙が零れた。別に心の中の喪失感は残っているけれど、少し、ほんの少しだけ寂しくなくなった。


大切なあの人はもう居ないけれど、ルチアの事を心底愛して、必要としてくれる人がまだこの世にいる。

彼らは生きる時間も、ルチアの本性すらも知らないのに、心底愛して、守ろうとしてくれている。


ああ、もしかしたら。私が残していったみんなもこんな気持ちだったのだろうか。


「受けたものはちゃんと返す!出ないと寝さ目が悪いだろ?だから、国民の全員に、私を愛して信じてくれた分の事を返さないと!世界はきっと、そうやって回っていくんだよ」


ふと、陽凛が言っていた言葉を思いだす。


ははっ、そうか。


ちゃんと返さないとまだ来るなって事なの?


本当に、

意地悪な人だ。


気付くと、ルチアは大粒の涙を流していた。それを見た夫人は勢いよくルチアの体を包み込んだ。


ただただ泣き続ける少女を、夫妻はきつく抱きしめ続けた。


◆ ◆ ◆


「お嬢様ー!どちらにおられるのですー?」


温かい日差しと共に風がさわさわとそよぎ、手元の本に一枚の若葉が落ちる。その若葉は綺麗な緑色になっており、温かな春の匂いがした。


少女は僅かに少し微笑むと、その若葉を本の間に差し込み、本を閉じる。その瞬間、見慣れた顔が横から飛び出す。


「またここに!お嬢様、生生がもうお見えなのですよ!」


「もうそんな時間なんだね」


「さ!行きますよ!」


「はいはい」


ぷりぷりと怒ってルチアを強引に引っ張るメルの姿は、もは恒例行事となっていた。


1年が過ぎ、ルチアは学園入学を来年に控え、来る準備のために教養の基礎を学び直していた。というのも、元々養子として迎えた当初は、慣れるまで様子見が多く、その後数年だけ基礎を学んでいただけで、淑女としての本格的な学びは疎かになっていた。


また、お茶会などには参加せず、ずっと籠りがちだったこともあり、世間の事に疎かった。


そのため、ルチア自信の希望もあり、教師を雇った。けれど、それはものの数日ほどで杞憂に終わった。


なぜなら、ルチアは地形学、帝王学や人類学、数式学まで完璧だった。どこで知ったのか薬草に関する知識や、東大陸の歴史まで何故か知っていた。本人は本で読んだの一点張りだが、あまりにも飲み込みが早かった。


しかし欠点もあった。この国の歴史や西大陸について、そして世間の常識が物凄く疎かった。また、芸術関連も反りが合わなかった。


淑女教育は、最初は体力がないために、筋力トレーニングから始まったが、直ぐに追いついて、もうすぐ完璧な淑女となれるとお墨付きを貰っている。


最近では、前髪を上げて生活しているが、学園ではそのままで入学するか眼鏡をかけた方がいいと言われた。


それもそのはず、ルチアは前髪を上げると輝かんばかりの美少女であり、数時間見つめ続けると失神してしまうと言われていた。


ルチアははて?と思った。

自分の顔がどうだろうとあまりに興味はなかったため、ルチアは最初不思議だった。


おかしいな。

あっちの国では、皆倒れたりしなかったのに。


ルチアは気付いていなかった。

あちらでは上の身分の者と目を合わせてはいけないことを。

そして陽蓮国において、王と龍が最も身分が上だという事を。


ルチアは、透き通るようなイエローダイヤモンドの瞳をしており、奥にあるやや赤色の瞳孔はほんの少し細く、まさに宝石眼と呼ぶに等しい美しさを放っていた。それは瞳だけではなく、すっと通った鼻筋と、日の焼けていない白い肌、切れ長の三白眼は見たら決して忘れられない容姿と言える。


白髪の長い髪も、光に照らされると銀色に輝いていた。その上、ほんの僅かではあるが、毛先が金色に戻っていた。


それすらも彼女の美しさを引き立たせる材料でしかない。背もようやく女性的なサイズまで伸び、出るべき部分も出てきていた。


ルチアが喜んだのは、身体がようやく成長した事だったが、それ以上に周囲からすれば破壊力が凄かった。


ルチアは昔から散々言われているため、自分の美しさに自覚がないわけではない。しかしひけらかそうとも思わない。どちらかと言うと、静かにゆったりと学園生活を送りたかった。


そのため、顔を晒せば注目の的だと言われた折には、相当嫌がった。


かくして、瞳の見えにくい眼鏡が献上された。


部屋に籠っていたのが嘘のように、今のルチアは晴れやかだった。決してこの身に残る喪失感がなくなったわけではない。けれど、日を追う事に沢山の愛を貰って、それをどう返そうか考えていると時間があっという間にすぎる。


ルチアは気付かないうちに、未来のことを考えるのが楽しくなった。


彼らとの時間は決して埋まらない。

一緒にいられる時間は限られている分、小さいながらも、細かく返せていけばと感じている。


以前よりも表情が乏しく、ドライな性格になったが、ルチアからはもう弱々しさは感じられなかった。


「いよいよ来年には入学か。早いものだね」


「ええ、本当に」


「先生が褒めていらしたわ!とても頭が良くて、淑女としてももう完璧だって」


嬉しそうにルチアのことを話す母に優しく薄っすら微笑み、ルチアは食事を取りながら学園のことを考えた。


友人を作ってみよう。

親友と呼べるものでなくていい。

ただ、沢山のことを、沢山の人と分かち合ってみたい。


「そうだ、確か皇太子殿下がルチアの一つ上だったかな」


「まぁ、そうですね。とても優秀で素晴らしい才覚をお持ちだと聞いているわ」


「大変だ!うちの娘が見初められてしまわないだろうか。こんなに可愛いのだからな。そうなってしまえば寂しいなぁ」


「何をおっしゃるの!殿下には立派な婚約者様がおられるのよ!」


「だがなぁ。それでもルチアが学園から彼氏を連れてきたら、お父さん泣きそうだよ」


「まぁまぁ、そんなの覚悟の上ですよ。ルチア、この人の言葉を真に受けては行けませんよ!」


なんとも言えない二人の会話に、ルチアはある疑問も持った。

「学び舎で恋愛するのですか?」


「…あらあらこの子ったら、学園は学びの場である前に、紳士淑女の未来の相手を探す絶好の機会でもあるのよ」


「そうなのですか。勉強不足でした」


「これは勉強で得る知識ではないわ、暗黙の了解のようなものよ。習慣の呼ぶのかしら」


学園は学びの場であり、結婚相手を見つける場所。ルチアは少々驚いてしまった。しかし、存外納得がいった。

貴族はどうやって恋人を見つけて、婚姻を交わすのか、ずっと疑問に感じていたからだ。


平民は街中でバッタリ出会うなど日常茶飯事だが、貴族は街を軽々しく歩いてはいない。


成程、そうやって貴族たちは恋人を作っていたのか。


キャッキャと両親が娘の恋愛話に盛り上がっている中、肝心のルチアは世間の事をひとつ学んだことに、人知れずちょっとした達成感を得ていた。

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