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彼女が愛したルチアの記録  作者: 蜂屋弥都
第一章
3/7

03.一人ぼっちの龍

ルチアが目を覚ましたのは、その3日後のことだった。


頭を打ち、噴水の水に沈んでから3日間目を覚さなかったかと思えば目覚めた瞬間に大声で叫び始めたルチアを、夫妻や屋敷内の者たちはまるで夢かと目を回した。


医者の見立てでは身体に異常はないため、恐らく精神に異常をきたしていると診断を受けた。


当初、ルイに振られてしまったショックが精神によっぽど来ていたのだろうと皆が思った。だが目を覚ました瞬間、声が潰れるほど叫び続けて泣き崩れるルチアの姿は異常とも言えた。


まるで心が破裂してしまったように、壊れてしまったのではないかと錯覚するほどに。


夜間だったため、叫び声で目を覚ました一同は彼女のその姿に騒然とした。


虚な目をしたルチアは叫びながら暴れ回っていたのだ。訳もなく暴れるルチアを落ち着かせるべく取り押さえるも、凄まじい力で薙ぎ倒された。もはや誰も側によることができず、見ていることしかできなかった。


数時間経つと、ルチアはいきなり動きを止め、大声で泣き始めた。まるで幼子のように弱々しく泣き始め、夫妻はルチアが泣き疲れるまで抱き締めてあやしたことでようやく落ち着きを取り戻した。


そこから4日間目を覚さなかった。

屋敷のものたちは困惑しながら次の目覚めを待った。また目を覚まして暴れるのではないかと。泣いて収集がつかなくなるのではと恐れが混じっていた。


だがそれは杞憂に終わった、ルチアは静かな笑みと共に目を覚ました。


みな安堵した、ルチアが正気に戻ったのだと、これからみんなでルチアを慰めていこう。そう思っていた。数日後に、ルチアが頻繁に自害しようとし始めるまでは。


「キャアアアアア、おやめ下さいお嬢様!」


ルチアが果物ナイフで手首を切ろうとした瞬間メイドと従者たちが間一髪のところで取り押さえた。4人がかりで取り押さえ、彼女からナイフを奪い取ることに成功した。


これで、ルチアの自殺行為は12回目を迎える。


突発的に起き始めたルチアの自殺行為は、突然3階のベランダから身を投げ出した事で始まった。力の強いルチアを数人がかりでどうにか取り押さた。しかし次の日も、その次の日も飛び降りようとするため、いつの日か部屋の窓に格子が設置された。


だが今度はどこからか持ってきたナイフで手首を切り始めた。血だらけになった部屋に入ったメイドたちが運よくナイフを取り戻し、出血多量でルチアは倒れたものの、命に別状はなかった。


その日からルチアの部屋の前に男性の護衛が二人つくこととなった。


ある時はメッドに装飾された紐を使って首吊りをはかり、またある時は万年筆で首を刺そうとした。そしてまたある時は、抜け出して物置小屋に置いてある農薬を飲もうとまでした。


使用人らはルチアの行為に毎日頭を抱え、伯爵夫妻は悲しみのどん底にいた。皆ルチアが今日はまたどんな手を使って死のうとしてくるのかと神経を研ぎ澄ます毎日に疲労を感じていた。


そんな中、肝心のルチアは苛立ちを募らせていた。


どうして、死なせてくれないの!?


こんなにも様子のおかしいやつを、どうして必死に守ろうとするのか。到底理解が出来なかった。


私など、捨ておけばいいものを


彼女の心は壊れかけていた。


自らの記憶を思い出したルチアは、自身が長い間大切な存在と己が背負うべき罪を忘れていたことが許せなかった。もともと彼女はあの崖の上から転落して死んだはずだった。

だが不幸にも生き残ってしまった。



幸運なのか、はたまた天帝(神)の悪戯か、彼女は生かされ、いつの間にかこの屋敷の夫妻の元に辿り着いた。

それも記憶をなくしてだ。


こっちはいい迷惑である。

彼女が求めた先は、大切な存在が居る死の淵、あの世である。ルチア、もといユエは、間違いなくあの時死のうをしたのだ。


けれど幸か不幸か、ルチアの自死は尽く失敗に終わっている。こうなれば運命すら恨めし。


「何故なんだ!私は…、わたしは、何を目的に生きていけばいいんだ」


彼女の正体は、神に最も近い神獣と呼ばれる幻獣の一種”龍人”であった________。



古より、戦の耐えない地上の世界を見かねた天の主「天帝」が、人が支配する地上の世界に4つ獣を放った。


神に使え、人を助け導く「神獣」


大地の調和と、均等を保つ「聖獣」


混沌と大地の均衡を狂わす「妖獣」


災厄と恐れを生み、苦しみを与える「魔獣」


それぞれに多様な生物がおり、役割を持って人の世に放たれたその生き物たちは、世界の恐れの対象であり、信仰の対象でもあった。


こうしてこの4つの獣の存在により、人の支配する世は終わりを告げた。


この中で最も神に近いとされる"神獣"の一柱が「龍」と呼ばれる生き物。


多種の生物が混じった大きな体と、天候を操り空を飛ぶその姿は、他の神獣の中で最も天に近い存在だと言われている。


だが正直、これは大陸によってまちまちだ。


その地域によって、聖獣や妖獣を信仰する地域もある。それは与えられた獣との縁と運命によるもの。


西の大陸では、広く聖獣が信仰を集めていた。だが、"聖獣が"というよりは、"女神と共に"が正しい言い回しだ。


かつて西の大陸を収めていた王が女神と盟約を交わし、国を収めた。その女神が聖獣を傍につき従えていた事から、女神と聖獣が信仰の対象となった。


まぁよくある話である。


反対に、東の大陸ではとある国の王が龍と血の誓いを交わした。


それは血と血で交わす契約で、龍は王を主と定め、その傍で国の導き手となった。


非常に栄えたその大陸を、龍の一族は大変気に入り、その地に住み着きお互いに盟約を交わした。それからは、時折龍と契約を交わし、名君と呼ばれる王が誕生していた。


ある時期までは。


ユエにも、数年前まで大切に守護していた主人がいた。彼女の名は陽凛、東の国陽蓮国の若き女王だった人だ。


後に彼女は世界の大陸に名を轟かす名君と称された。


長く争い、厄災が続いた国に龍人を付き従えて現れ、悪を滅し、民を導きて国を豊かにした英雄と呼ばれた。数年も経たずして国を大国にまでの仕上げた女王を、国民の誰もが愛した。


同じくユエも彼女を心の底から愛し、守り抜くことを誓った一人だ。

彼女のために、全ての英智と奇跡を差し出した。


国がこれまでにないほどの栄華を極めたのもつかの間。その僅か数年後、女王は亡くなった。


普通ならありえないことだ。神の加護があるため、普通なら死なないはずだったが、それは強烈な魔の呪いによるものだった。


女王の突然の急死は国を騒然させた。それもそのはず、名君と称えられた彼女のことを誰もが慕っていた。彼女がいなくなってからは彼女の夫が王を務め、ユエは彼女の穴を埋めるように政務を行なった。


けれど主人を失ったユエの心の穴は広がり続け、いつしか弱々しく衰弱していった。


やがて彼女は姿を消した。


女王の遺品である剣を抱えて、海に身を投げたが、まんまと生き残ってしまった。


ユエはもうどうして良いか分からなくなってしまった。


死ぬことさえままならない今の現状に、たまらなく虚しさを感じた。


「私にどうしろと言うんだ…」


弱々しく放った言葉は、誰もいない部屋に静かにこだました。


ひとりぼっちになってしまった龍の弱々しい呟きは、誰にも届くことはなかった。


その月にさえも。



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