大人になる
卒業したからと言って、急に大人になるわけじゃない。
家業を継ぐと決めた俺は、就職組にも進学組にも属さない無派閥に所属していた。
お陰様でプーと言われるアレになった。クマさんなんて可愛いもんじゃない。ご近所さんからは熊さんぐらいに思われているアレだ。
とりあえず、年に一回だという資格試験に向けて勉強してる感じだが、大学浪人ほどのハードルはない。程々でも受かるだろうという代物。
しかしなんにもしないというのも世間体が悪いので、バイトなんかを始めてみた。
学生の時分とは比べ物にならないぐらい自由になる時間にお金。
これが大人になるということなのだろうか?
日々のルーティーンとしては、朝起きる、バイト行く、偶に勉強する、寝るという学生時代の『学校に行く』サイクルとなんら変わりのない日々。
だからなのか精神的な変化は無い。どどど童貞ちゃうわ?!
しかしながらお金は貯まる。使える金額が大きくなったせいか、欲しいと思ったゲームやら漫画やらを大人買い。
俺も大人になったなぁ、なんて。
週5で働いているのだが、学生の時より時間が余っているように感じる。何故だろうか?
ふと積み上げたゲームやら漫画やらを見て、そういえば『あいつ』がいなくなったなぁ、なんて懐古主義。まだ卒業3ヶ月だというのに。五月病ってやつか?
わりかし悲しくない別れをした高校時代の友人は就職組で、卒業と同時に県外へと旅立って行った。
別に死別したわけでもなく、渡米したとかでもない。新幹線で3時間。住所とご当地グルメを送ってきた。
よくある学生生活を送っていたモブとしては、普通に趣味の合う友人が居たし、普通に家に集まって徹夜でゲームなんかもしていた。普通普通。
小遣いでやりくりしていた高校時代。ゲームはシェアで漫画は貸し借りが基本だった。逆も可。そのうち借りパクという代名詞に変化する。
ズブズブに金が無い俺達は、誰かの家で、徹夜でゲームして徹夜で麻雀して徹夜で漫画の推しを掛けて拳で語り合う、なんて普通な毎日を送っていた。
その中で、中高と6年間も友人付き合いをしていた『あいつ』は、まさに親友と呼べるそれだったと思う。クソ恥ずいしクソ寒いので言ったことないし言わないけど。
その『あいつ』を見なくなって3ヶ月。
わりかし寂しくはない。
毎日のように仕事の愚痴が送られてくるからだと思う。上司の人超逃げて。
別に『あいつ』に限らず、卒業してから見なくなった顔というのは他にもいる。俺、ハブられてる訳じゃないよね? ね? そう思う方がダメージデカいんですけどぉ!
それぞれの生活があるのだ。
そんなもの、大人じゃなくても分かる。
本当に寂しくないのだ。強がりじゃなく。
もしかして俺って非情だったの? なんて思うぐらい、卒業式の日に女子は泣いていた。男子で泣いている奴はいなかった。おけ、普通。
それぞれの生活……なんて言われても、地元に残っている奴とは連絡取ったり遊びに行ったり飲みに行ったりしてる。勿論、ソフトドリンクのことね! あとハブられてないって証明されたね!(必死)
卒業というのは、今までの生活環境からの卒業を言うんだと思う。持論ね?
だって中々『生活』そのものは変わったりしない。
相変わらず、朝はパンだし風呂は寝る前派だし、魚は好きに慣れないので未だに肉食で女子に対してだけは草生えるという事無かれ。健康志向の母親には怒られるという日々。
そんなこと言われても……。
学校に思い入れがあった奴なら、卒業という言葉を真摯に受け止めて前に進めるのだろうか?
疑問だ。
別に嫌いじゃなかったよ? 学校。
好き……でもなかったけども。
そこそこに充実してて、そこそこに嫌なこともあった。
卒業で得られたのは開放感だけで、何かが終わったという寂寥感はなかった。
そんなもんなんだろう、と。
現代っ子ってドライだし。
変わらない。
サイクルの一部を変更した同じような毎日を続けるだけ。
環境の変化、『生活』の場の移行、それが大人になるということなのか?
分かりゃしない。
それでも時間に余裕があったので、自動車の免許なんか取った。学生時代に『隠れて取るにはどうしたら……?!』なんて悩んでいたのがアホらしいほどアッサリ取れた。
しかしこれが油断というものなのだろう。
「お前、今度の廃品回収の時に車動かせ」
などと我が家の大黒柱が供述しており。
居候と決め込むプーさんとしては否応なしに頷くしかなかった。くっそ! 俺はなんでこんな紙切れ持ってんだ?! 神はいないのか!
学生という身分を卒業したのに、未だに義務だと働かされるというのだから……社会ってやつは!
渋々と朝も早から起き出して軽トラを動かす。小中高とやっていたので、どこに廃品が集まっているかはお察しだ。
もう二度と戻ることは無いなんて思っていたのに……私は帰ってきてしまった!
「あ! テツ兄!」
「テツ兄いる! テツ兄!」
「テツ兄、車動かしてる! なんで?!」
意気揚々と群がる餓鬼共を千切っては投げ千切っては投げの武者働き。俺の仕事は廃品の回収であって子供の運搬ではないんだが? うん? ズルい? あー、わーった、わーった。ほら高い高ーい!(やけくそ)
地元とあって知り合いの子供がわらわら。具体的には小学生がわらわら、中学生以降が笑笑。よし、お前らもこっちゃ来い。投げ飛ばしてやるから遠慮すんな。
早い者勝ちだとばかりに体を登ってくるワンパクどもに、好きにしてくれとばかりに地蔵立ちになったのは、体力にも限界というものが存在するからだ。疲れたよ。俺も廃品回収に参加すりゃ良かった。
流石に廃品回収中なら躍りかかって来ないしな。
高校も卒業したというのに子供にナメられる俺ってどうなんだろうか? 大人? 大人ってことでいい?
『あいつ』なら……。
ふと、在りし日の光景が蘇る。
『コウタ、ビンはオレが抱えるから、お前は新聞紙の束持ってこい』
『わかった!』
落としたら危なそうな物を率先して持つ奴だった
一緒にバカをやるけれど、普段は面倒見が良くて細かいことに気が付く奴で……
『その上には乗るな。落ちたら危ない』
『はぁい!』
『……あぶなくないもん』
『わかったから』
『わーい!』
構って欲しそうな子にも嫌そうな顔は見せなかった
あいつが子供を持ち上げて運ぶもんだから、結局はそれに俺も巻き込まれて……
『テツ、お前もやれよ』
『わーったよ』
当然ながら、そこにいつもの光景は無い。
今には今の纏め役となる高校生が居て、率先して重い物なんかを運んでいる。
子供を持ち上げて遊んでやることも無ければ、細かい指図をすることも無い。
それでいて『普通』の、廃品回収の光景…………。
友達とこの後の予定を話し、朝からの面倒を愚痴る。
どことなく楽しそうに。
ああ、そうか。わかった。
「てつに、なーてる?」
「ドライアイだからな」
現代っ子だからな。
――――イベント前の、早朝の冷たい空気だったり。
学校までが遠い通学路。
不良が溜まってた体育館裏。
購買までの渡り廊下。
買い食いをする帰り道にあるマック。
告白してる奴を囃し立てた窓際。
一年しか使ってない教室――――
全部あるさ。
全部残ってる。
でも二度とない。
…………ああ、そうか。
別に辛いとか辛くないとかじゃなく、誰それと別れるのが悲しいとかじゃなく、もう終わってしまったと、ハッキリと教えてくれていたのかもしれないな……。
卒業ってやつは。
卒式を仰々しいなんて思わずに、感情を表に出すのなんてカッコ悪いとか思わずに。
思いっきり泣けば良かったのかもしれない。
ちょっと…………勿体無いことしたな。
きっとスッキリしたと思う。
今みたいに――
もうこれ以上は載せれないというほど荷物を載せて軽トラを出す。助手席には女の子。推定3歳。誘拐ちゃう。誘導してくれる前の車にはご両親が乗っている。
こっちがいいとダダをこねられて推し負けただけ。俺は『あいつ』には成れない。荷台に乗るというのを阻止出来ただけ褒めて欲しい。
軽トラなんてクッション性皆無だし、寒々しいし、揺れも酷い。
なのにこの娘が楽しそうなのは、初めて経験することだからなのだろう。
「とばせ、とばしぇ」
たぶん。
俺はどうだったかな……。初めて軽トラに乗った時、なんて思ったかな?
よく思い出せない。
そういえば、廃品を持っていく先なんて初めて行くよな? 免許なんて持ってなかったし、大人がやることだったから。
意外と知らないもんだなぁ、なんて考えながら運転していたら、隣りの女の子から声が掛かった。
「てつに」
「んー?」
「きょ、なーする?」
さあ、なにを始めよう――――