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第9話 剣聖の息子と伝説の聖剣④

 癖のある髪をクルクルと指先で弄りながらポワっとした大きな瞳でニッコリと笑っていた。その癖は長くも無ければ短くもない中途半端な髪の長さが原因だと思われる。手には『最後尾』と書かれた看板を持っていた。


 よく見ると先程までチラチラ視界に入っていた店員の格好をしている。フリルの付いた短めのスカートでオレンジ色をメインにしたメイド服と言うべきか? 王都に似つかわしくない衣服だが有名な店『テリスティー』だから許されると言うべきだろう。


「いやいや、別に能天気って訳じゃないんだよ!? そこで倒れてるリクト君? 朝早くから私のお店に並んでくれたお客さん何だよ! さすがに買い物ついでに奴隷落ちは可哀そうじゃない?」


 しかしエトリックは鼻で笑いながら「その程度の理由で公爵家に逆らう方が馬鹿だと言えるがな!」と口にする。そして左手を振り上げると同時に鋭利な氷の氷像が地面から出現してアルマに襲い掛かった。


「ちょっと! ――はぁ~『タイムイズマネー』」


 指先をエトリックに向けて「パチン!」っと指を弾く。すると不可思議な魔法陣がアルマの背後から翼のように出現した。


 規則性の無い文字で構成された『時計』のように見える。しかしその針は反対方向に回転しており、一周すると同時に巨大な鐘の音が周囲を包み込んだ。


 僕はその光景に戦慄する! ――世界の時が止まった。


 エトリックが放った氷魔法はアルマの目と鼻の先でピタリと止まり、エトリック自身も嫌な表情を浮かべながら動きを止めている。あり得ない魔法にリクトは息をするのも忘れて辺りを見渡していた。


 雨が空中で静止している。


 そして僕は彼女がヴィスナ学園第7位のアルマ・テリスティーだと気付く。あと少しで『席』を手に入れられた人だ。しかし英雄の子孫が『席』を独占しているため、それらを差し引けば彼女が最も優れた生徒だと言うことになる。


 僕はアルマと接点が無い。だから彼女がここまでの魔法を使える天才だとは知らなかった。


 そもそもこれは魔法なのか? この世界で英雄と呼ばれている人間がちっぽけに思えるほど大規模な魔法だ。アルマはこの魔法を『タイムイズマネー』っと名付けていた。無詠唱で放った魔法じゃないという事は極めている訳じゃないらしい。


 何かしらのリスクを背負っているはずだ。


 アルマは時の止まった世界で僕の方へと向き直った。そして両足を伸ばしながら90度以上前屈みになったポーズで話をかけてくる。ほっそりとした小柄な体型は衣服に合っておらずスカスカしていた。


 そして前屈みになっているから成長途中の小さな胸が襟元から丸見えになっている。色々と見えてはいけないものが見えるようだが、そんな事にツッコミを入れている余裕は今の僕にはなかった。


 しかし死にかけているにも関わらず、サイズが合わないフリルのピンク下着を凝視している。視界がぼやけているが下着の最深部にぷっくりと可愛らしい小さな何かが。最後の晩餐として悪くないのかもしれない。


 神様――ありがとうございます。


 ツッコミを入れる余裕は無いが最後の感謝ぐらいはしてもいいだろう。


「色々と散々だったね~リクト君! あれ、なんでそんな満足そうな顔してるのかな? もしかして死にかけてるから幻覚とか見えちゃってる!?」


「どっちもピンク……」


「えぇ!? ピンクのお花畑が見えるの!? 今死なれたらと困るよ。リリスちゃんが怒り狂って世界を滅ぼしちゃう。話があるんだからちょっと待って!」


 アルマは体勢を変えてアワアワとしながら「リターンレンダリングコピー&ペースト!!」っと大声で魔法を発動した。


 なんとなく寂しさを感じる。


 しかし次の瞬間――体中の傷が消えた。それは治癒魔法とかではない。自分が魔法をかけられたのは確かだが、それを認識できないほどの速度で傷が消えたのだ。


 だから魔法陣も見えなかったし、何が起きたのかも分からない。もしかすると今発動している時間を止める魔法よりも高度な魔法なのかもしれない。口にした文字数が多いという事はそういう事になる。


「なんだよ。これ……」


 こんなの何でもありじゃないか!? 下手をすればリリスやレイナを軽く超える化け物だ。こんなふざけた人間がいる事実を受け入れられなかった。上には上がいると言うが、こんなふざけたチート魔法をポンと使える人間が序盤に登場していいのだろうか?


「えへへ、すごいでしょ! まぁ一日一回しか使えない制約付きのチート魔法だからリスクも結構あるんだけどね」


「いやいやいやいや!? あり得ないから!」


「そこまでビックリされると私がビックリしちゃうよ。それに実戦で戦えば私って学園じゃ結構弱いんだよ。私は商人だから戦うのとかはちょっと遠慮したいかな! お金と時間と情報と信用がこの世の全てだからね」


 そう言いながら初めて鋭い目つきを僕に見せた。しかし仁王立ちしているからだろうか? 次はスカートの中が色々と見えてる。やはり下着は上下セットになっているらしい。デザインが全く一緒だ。


 リリスとも似たような状況で会話していたがスカートの中は見えなかった。きっと魔法か何かで隠していたに違いない。アルマぐらいのサービス精神を見せてほしいものだ。


「でも、今なら簡単にエトリックに勝てるんじゃないの?」


 そして僕は状況を把握することを諦めた。考えるだけで頭がパンクしそうになるから、とりあえず今の状況を受け入れて率直な質問をする。僕はふらふらと立ち上がってアルマと向かい合う。


「いいや、攻撃しても攻撃したことにならないんだよ。時を止める魔法であることは事実だけど、こちらから現実世界に影響を及ぼすことは出来ない。影響を及ぼせるのは動いている私達だけなんだよ。だから時間が無い時の移動に使うの! 情報収集をしたり逃げたりするためにね」


 何というか、これだけの力があれば何でもできそうなものだが……商人らしい魔法の使い方に歯がゆさを感じる。しかし学年順位が7位という事は実戦でも相当の実力者と言う事だろう。


 リリスの名前が会話からチラホラと出てくるから、何かしら接点があるのかもしれない。リリスの知り合いと言うだけで警戒するには十分すぎた。


「その、なんで僕を助けてくれたの? それもこんな大規模な魔法まで使って」


「リリスちゃんに依頼されたからね。報酬はしっかりと貰ってるから安心していいよ!」


「リリスに?」


 それは可笑しい。僕が今日エトリックに襲われたのは偶然だ。そんなことを事前に分かっているはずがない。しかしそこで――そう言えばリリスに言われてここに来たんだ。っと思い出す。そう考えれば全て仕組まれていたことに気付く。


「そうそう。やっぱりリリスちゃんはいいねぇ……私とリリスちゃんが組めば絶対に大儲けできるのになかなか乗ってこないんだよ! ついでに私が受け取った報酬は『ラズベリーパイ』の幹部。私の商会を裏でコソコソ邪魔してたから正直ウザかったんだよぉ~」


 そう言いながらニッコリと笑うが、それは最初に見せた笑みとは少し違うように思える。それにリリスが知らないうちにそんな事をしていたなんて知らなかった。


「僕はリリスに騙されたってことでいいの?」


「違うでしょ。リクト君を少しでも強くするために私との接点を作ろうとしたんじゃない? 今なら分かるよ……リクト君は魔力がないね」


「っ」


「でも剣聖で魔力なしって運命的でいいと思うよ?」


「どういう事?」


 僕は視線を影に落として卑屈な表情を浮かべた。アルマがエトリックを前にして余裕な表情を浮かべていたのは強者だからだ。生まれた瞬間から僕とは持っているものが違う。そんな強者に何を言われたところで、自慢話にしか聞こえない。


 だからレイナやアーサーの言葉は僕には届かない。


 そしてそれを分かっているからリリスは僕に変な冗談しか言わないのかもしれない。アルマのように魔力の話を持ち出されると僕は下を向いてしまうから。


 だからアルマの一言は意外と衝撃を受けた。


「だって初代剣聖は魔力が無いのに世界最強だったんだから! その血筋が通っているリクトって、言ってしまえば初代剣聖の生まれ変わりみたいなものじゃん。それに初代剣聖が腰に据えていた二本のうちの一本は――『カテーナ・A・ジュワユーズ』はリクト君が持っているんでしょ?」


「どういう……こと?」


 初代剣聖は魔力が無かった? そんなはずない。そんな事は歴史の教科書にも文献にも記されていなかった。魔法の力を借りずに世界最強? 初代剣聖は歴代で最も強く、その戦闘力は勇者や賢者をも超えると言う。


 剣を振り下ろせば空が割れ、大地が消える。


「どういう事って……私が聞きたいよ! なんで強くなれるのに強くなるための努力をしないのさぁ? リリスちゃんが【剣聖育成計画】とか訳の分からない計画で遊ぶのは構わないけど、それで世界を混乱させるのはどうかと思うんだよ。結界の外で事件を起こして魔界と天界をぶつけて三大迷宮をリクト君の為に準備したりしてるんだよ!?」


 魔界と天界ってまずなんだよ? 結界の外はこの世界で誰も出たことが無い未知の世界だろ。いきなりファンタジーな話をされても困る。それはおとぎ話であって現実じゃない。そう言えば親父もふざけて手紙でそんな事を書いていた。


 確か『結界の外で天魔大戦争やってるからちょっと参加してくるわ。次に会う時はリリスちゃんに負けないぜ。って伝えとけ!』だったか? そう言えばなんで親父とリリスが知らないうちに戦ってるんだよ。


 僕の中で小さなピースが次々と生成されていく。


 だから僕は口を開いた。


「そ……そうなんだ……」


「ぅう!? 絶対に信じてない顔だぁ!! そりゃーそうだろうね! 親切で教えてあげたのにここじゃ中二病もビックリな発言に聞こえるよね!! 神々がとか言い出したら目も当てられない状況になっちゃうよね! もうリクト君なんて知らないんだから!!」


 僕は視線をそらしながら可哀想な人を見るような表情を浮かべていたかもしれない。アルマはピョンピョンと僕の周りを飛びながら顔を赤面させていた。


 しかし初代剣聖が魔力なしだったと言う話は事実であってほしい。


 もし本当にそうなら、僕も少しは強くなることが出来るかも。


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