表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/14

第8話 剣聖の息子と伝説の聖剣③

 エトリックは今なんていった?


 リリスが僕の為ならエトリックには逆らわない?


 それは何というか……あまりにも安直な考えとしか言えなかった。リリスが聞いたら嫌な笑みを浮かべながら自慢話を始めて「あとはリクトが頑張りたまえ」なんて無責任な台詞を残して放置しそうだ。


 僕はそんな事を考えながら次の台詞を言おうとするが、その前にエトリックが顔を近づけながら不敵な笑みを浮かべていた。そして気付いた時には僕の足元が凍り付いている。『カチカチ』と木の根のような形をした氷がリクトの足に纏わりつく。


 さすがの僕も冷や汗を流した。


 無詠唱で放たれた氷魔法は僕の足をガッチリと固定して放さない。そして全身が凍り付くような『不安』を僕に植え付ける。エトリックの周囲からは冷気のようなものが出ており、その雰囲気はどこまでも冷酷になれる貴族そのものだ。


「そうだ! ――あの女はお前の為ならきっと何でもする。俺の奴隷になれと言ったら喜んで誓約書にサインを押すだろう。そして俺のこのふざけた誤解を塗りつぶすような屈辱をリリスに味合わせてやるんだ」


「ここは、王都だ……っう! あぁああ!?」


 痛い――足の感覚が消えていく。両足を針で刺されているような激痛がリクトを襲った。耐え切れずにそのまま尻もちを付いて両手で必死に纏わりつく氷を剝がそうとするが剝がれない。


 僕は皮肉な考えに時間を弄することも出来ず、歯を食いしばりながら、叫び声を上げながら、涙目になりながら、目を見開きながら、周囲に助けを求めるような表情を浮かべながら、ただただ必死になっていた。


「おいおいおいおい!! 無様な叫び声を上げるなよ。ただの初級魔法だぞ? そこら辺の子供でも使える程度の遊びじゃないか。冗談も通じないのか?」


 氷魔法は水魔法の派生形じゃないか。そんな魔法を遊び半分で使う子供がこの世にいてたまるかよ。しかしその魔法が『拘束魔法』だと言う事実は変わらない。


 周囲の視線に浮かぶのは疑問だ。


 ルルが代弁するように心配そうな表情を浮かべてリクトに声をかけた。


「その、何で魔力障壁を使わないんでしょうか?」


『魔力障壁』――魔法戦闘で使われている最もポピュラーな防御魔法。故に戦闘を行う際は互いに魔力障壁を展開してから始まる。そして魔力障壁を破壊できなければ相手に攻撃を与えることは出来ず、戦いに勝利することは出来ない。


 魔法が使えない生身の僕に対して魔法が使えるエトリックはフルプレートの鉄を纏っているようなものだ。それに魔法は自らの肉体を強化することも出来て、飛び道具にもなる。


 フルプレートを纏った飛び道具持ちの化け物と生身で戦って勝てる人間なんていない。しかし焦りと言うのはそんな常識を吹き飛ばして衝動的な行動を取ってしまう。


 だから僕は激痛に慌ててエトリックを殴り飛ばそうとした。


「うぁぁっぁああああ!!」


「無様だな。剣聖の息子とは思えない――アーサーも絶望するわけだ」


 しかしその拳は魔力障壁によって弾かれてしまい、僕の両足はその勢いに押し出されて皮膚ごと引き千切れる。言葉にならないショッキングな状況に頭が真っ白になり、僕は両足を抑え込みながらジタバタと転がり回った。


 初級の拘束魔法で致命傷を受けるほど僕は弱い。


 そんな事は分かっていた。もしかしたら魔力が開花したばかりの子供にも僕は勝てないかもしれない。少なくとも数日後には僕より強くなっているだろう。


 そんな僕に幼馴染達は「早く強くなれ」と言ってくる。ニュアンスはそれぞれ違うが代弁すればどれも同じだ。


 どう考えても無理だろ? 僕が一生をかけて木剣で殴りかかって魔力障壁を破壊できるかどうかというレベルだ。僕の剣術を最大限に発揮したとしても魔力障壁を破壊することは出来ない。


 魔力を剣に付与して初めて剣術は成り立つ。


 行列を並んでいた商人や貴族令嬢達は僕を「馬鹿なの?」っという表情で見ていた。助けようとか心配とかそういう気持ちを沸かせるほどの展開じゃない。冗談半分の魔法にガチで痛がっている変人ぐらいにしか思っていないのだろう。


 さすがのルルも絶句しており、エトリックは僕の胸を踏みつけながら徐々に胸を凍らせていく。痛みが消えて眠気が僕を襲った。


「確かリクトは貴族階級だと騎士の部類だったなぁ。ならば、たとえ殺したとしても問題にはならないが、助けてほしいか?」


「タ……助け……デ」


 ここで初めて周囲がざわざわとし始める。地面に倒れているリクトが本当に死にかけているじゃないかと気づき始めたからだ。「おい、あれ本当に大丈夫か?」「さすがにまずいんじゃ?」「なんで魔法を使わないの?」「もしかすると魔法が使えないんじゃないのか?」「だとしたらやべぇーぞ!?」などと慌て始める。


 しかし六芒星のトレンドマークが入った制服はヴィスナ学園の生徒だと一目瞭然。だから周囲の人々はエリートが通う学園に魔法が使えない奴がいるなんて考えていなかった。そのため、この状況になってもどこか不審な目で僕を見てくる奴もいる。


「いや、さすがに弱すぎるだろ。何かのドッキリじゃないのか?」


「案外、テリスティーの新しい宣伝だったりしてな」


「あ、それあり得る!」


 そんな気楽な会話を楽しむ奴もいる。


 そんな周囲のざわめきにエトリックが口を吊り上げながら「これからこの生徒を僕の奴隷にする」っと宣言した。それは貴族の間じゃ珍しくもない悪趣味な見世物だ。周囲の人々も納得したように「なんだ、奴隷契約の見世物か」などと頷く者が大半をしめた。


 こんな出来事は貴族の間じゃ日常茶飯事。


 そしてここは最も貴族が集まる場所――王都だ。


「リクト――救ってほしければこの誓約書にサインしろ」


 消え入りそうな歪んだ曇り空を見ながら涙が零れる。周囲の貴族令嬢は家畜のように汚い笑みを浮かべているようにしか見えず、ルルもどこか絶望したように冷たい表情で僕を蔑んでいた。笑い声と共に僕を通り過ぎてテリスティーへと向かう貴族令嬢や商人たち。


 僕にはこの世界の人々が腐って見えた。


 そして行列の最後尾が徐々に遠のいていき、その周囲には僕とエトリックとルルが残る。曇り空は「ポツポツ」と小さな雨と共に次第に強くなっていく。僕は泥と混ざり合った汚い雨漏りに背中を受けながら絶望した表情を浮かべる。


 貴族がちょっとその気になれば僕は奴隷になってしまう。もしかすると剣聖の息子としてレイナが僕を助けてくれるかもしれないが、そうなれば僕はもう二度とレイナに合わせる顔が無い。今以上の亀裂を生んで僕はレイナの前から姿を消して自殺するだろう。


 ――騎士になりたかった。


「わ……かっ」――もうどうでもいいや。


 そう思いながら了承しようとした時――「さすがにエトリック君。冗談がすぎるんじゃないかな?」――僕の視界からエトリックが消えた。そしてクリーム色のクルクルとした癖毛が特徴的な少女が僕の前に立つ。後ろ姿しか見えないが、その姿にどこか見覚えがあった。


 エトリックは顔面を斜めに蹴り飛ばされて数メートルほど吹き飛んだ。そして勢いよく空中をグルっと回りながら猫のように膝を付いて着地する。いきなり蹴り飛ばされたことに動揺しつつも、その少女の顔を見て眉間にしわを寄せた。


 苦虫を嚙み潰したような黒い表情を浮かべて怒声を上げる。


「アルマ・テリスティー。商人の分際で随分と貴族にふざけた真似をするじゃないか? あぁ!? リリスと同じで自分の立場が理解できない猿か!」


「えへへ、なんか嫌な事でもあった? エトリック君がめちゃくちゃ怒ってるんだけど! そんな怒ってるとリリスちゃんから嫌われちゃうよ?」


「相変わらず能天気な奴だ!」


 そこに立っていたのは学年順位7位――【アルマ・テリスティー】だ。


読んでいただきありがとうございます。

良かったら■◇ブックマーク◇■をよろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ