第3話 剣聖の息子と女の鍛冶師
□■□■――リクト帰宅中――□■□■
【ヴィスナ大国 中央都市ヴロッチ】
リリスとのやり取りを終えたリクトは少しばかり気持ちの整理を付けたのか、学年順位表を見た時に比べてマシな表情を浮かべていた。いや、整理を付けたなんて言い方をしているが結果を自分の中で保留にする事が出来たと言うべきだろう。
そんな僕はヴィスナ学園から見慣れた通学路を帰宅している。通学路という一言で風景描写をカットすることも考えたが、暇つぶしということで長々しく面白くもない話を校長の雑談を聞くように我慢して欲しい。
王都と中央都市の境目にリクトの通っているヴィスナ学園は建てられていた。周囲は熱魔法で加工された石畳がぎっしりと敷き詰められており、ごちゃごちゃした芸術的なタイル張りの壁が建物を装飾している。
そんな大通りとも裏通りとも呼べない中途半端な通学路を越えると、広々とした円形広場のような場所に出る。周囲は建物に囲われており、日差しの入りは決して良いものとは言えない。中央にポツリと設置されいる噴水が帰宅の終わりを告げるポイントだ。
しかし噴水の周囲に設置されている木製椅子に、見知った顔の少女が腰を下ろしている。赤毛のショートヘアーは一定の距離間で設置されている街灯に照らされて淡く輝いていた。そして泥まみれの分厚いベージュ色エプロンとこれまた分厚い手甲冑のようなものを身に着けている。
しかし決して厚着をしている訳ではない。エプロンの下は薄手のシャツが一枚で、ズボンも色気とは無縁のダボっとした男勝りな衣服を着ている。職業柄仕方ないとはいえ、整った容姿にそぐわない恰好は男性から見たら勿体ないと感じてしまうだろう。
以上、風景描写の説明を終了。少女の存在を風景描写の一部として扱うのは失礼だったかもしれないが前回も似たような失礼を働いているので今更だろう。
「!」――少女はこちらを見ながら目を見開いている。
「?」――見知らぬ人を見る表情を浮かべた。
「リクトじゃねーか! 会いたかったぜ!!」
「?」――僕は出来れば会いたくなかった。
今日はとても異性に声をかけられる。なにか大きなイベントでもあったのだろうか? そう思えてならない。まぁ、僕の気分を最悪にしたイベントはフィナーレを迎えて掲示板に張り出されている諸悪の根源は教師によって処分されている事だろう。
ざまぁーみろ……悪役もビックリな負け惜しみだな。
「その表情を止めねぇーとぶっ飛ばすぞ?」
「殴られるのは勘弁。それで【アメリア】が何でこんな所に?」
「分かってんじゃねーか! 今日はリクトが落ち込む日だから私がリクトを慰めるために待ってたって訳さ。優しい年下の美少女に甲斐甲斐しくも励ましてもらえるなんて全世界の男が泣いて喜ぶシチュエーションだろ?」
意味が分からない。自分自身を優しいとか美少女とか口走る異性を僕は……(リリス)……知っているかもしれない。そうか、別に不自然な事じゃ無かった。
洗脳されてないよな。
「嘘でしょ?」
「嘘だぜ!」
何故だろう。分かっていたのに嘘でもいいから嘘を言ってほしかった。僕はどうやら異性からいじめを受けているらしい。リリスもそうだったが強みを最大限に発揮する女と言う生き物は僕たち子羊を攻撃する肉食獣なのかもしれない。
人類の半数を子羊と表現してしまったことに謝罪しつつ、数秒後には会話を再開していた。気になる事もあった……視線がアメリアの頬へと向く。
「アメリア。その左頬……どうしたの?」
アメリアは言いよどむ素振りも見せず、台本を無機質に読むような淡々とした口調で僕に教えてくれた。頬の傷とアメリアがここにいる理由に関連性があるような気がする。
「親父に殴られたんだよ。私が鍛冶師になりたいって言ったら『女になれるもんじゃねー』って言うから口喧嘩になって」
「それで殴られたの?」
なんて酷いお父さんだ。それで大切な娘を殴るなんて父親として失格なんじゃ?
「いいや、私がムカついて鉄製のハンマーで親父をポカリしちゃってな。親父が慌てて抵抗した拍子に殴られた。謝ってたなぁ~絶対許さないけど!」
前言撤回――なんて親不孝な娘だ。
それに殴ったことを謝ったのか!? いいお父さんじゃないか。どんな育て方をすれば両親に殺人未遂を働くような娘が生まれるのか分からないけど。
「それはアメリアが悪いと思う」
「仕方ないだろ! 私だって真剣だったんだ。私は鍛冶師になりたくて『研ぎ師』になりたいわけじゃねぇーんだ! 親父はそれを分かってくれない。鍛冶師は男がなる職業だってことは分かってる。それでも諦めきれるわけないだろ……夢なんだ」
「ものすごい感動的な事を言ってるけど」
何故だろう? とても共感できない。脳裏で額から血を流しながら謝っているアメリアのお父さんが容易に想像できてしまえた。僕には目の前の少女が悪魔に見えてしょうがない。
「あれ? それっぽいこと言えばリクトも私の味方になってくれると思ったんだけど? でもな、鍛冶師になりたいっていうのは本当の話なんだぜ?」
悪魔に見えてしょうがない? 悪魔そのものではないか。
「その部分だけは信じるよ。っと言うかアメリアのお父さんは大丈夫なの? 今頃、と言うよりもすでに教会で埋葬式が執り行われている状況に陥っていないか心配になる」
「アッハッハ! リクトは冗談が上手いみたいだな。鉄製のハンマーで殴られた程度で死ぬような器のちいせぇー親父なら、私のような豪快な娘を錬成するような下半身は持ってねぇーと思うぜ?」
錬成ってなんだよ? そんな母親を生き返らせるために禁忌に触れた挙句、自らの右腕と左足を失い、大切な弟を取り戻す少年っぽいことを下ネタ交じりに言われても困ってしまう。
それに器が小さい訳では無いだろうが、慌てて自らの娘を殴ってしまう状況に陥っていたのだ。相当必死だったことがアメリアの発言から理解できる。
情状酌量の余地はない。と言うか、第三者的な立ち位置であるはずの僕の方がアメリアのお父さんを心配している。
「豪快ねぇ」――ならば僕はその対義的な存在なのだろう
「私の仕出かした『犯行』……いや『反抗』を丸裸に答えたんだ。リクトも答えてもらうぜ? 今日は随分と顔色が優れないな? 口数もいつもの半分以下だし結果はいつも通りか?」
「聞いてほしくない事を聞いてくるな。それになんで『犯行』って言い直した? 犯行は犯行で、それ以外の意味なんて無いと思うけど」
「ごまかす辺りはいつも通りかよ。それに『犯行』を『反抗』と言い直すことはよくある事だろ。言葉遊びみたいなもんさ。反抗期の美少女をいじめないでほしいぜ」
反抗期? 犯行と反抗か……やっと理解できた。この場合アメリアが言っているのは『犯行』のほうだろう。それに知らないうちに僕はアメリアをいじめていたらしい。
と言うよりも話の流れがとても僕の内心と似ているのは気のせいだろうか? いや、どちらかと言えば僕とリリスを半分で割ったような性格をしている。
「反省する。それに結果なんて言わなくても分かるだろ? 本当にいつも通りの点数に悔しいなんて感情も抱けなかった」
そんな乾いた笑みを浮かべるとアメリアは夕暮れ時の空に両手を伸ばして「うぅ~」っと深呼吸をするように背筋を伸ばした。そして「はぁ~」っと息を吐きながら悟ったような優しい笑みを浮かべる。どんなことを考えているのか想像できない。
「そっかぁーいつも通りか。ゆっくり待つけど、いつか誰よりも強くなってくれリクト。じゃないと私の夢が叶わないからさ」
「アメリアの夢は鍛冶師だろ? 僕とは関係無いように思うけど?」
「私の夢は世界最高の剣を打って、そして世界最強の騎士がその剣を持つことだ。夢だけど剣の名前だけは幼い頃から決まってるんだぜ? リクトに助けられた日からな」
フラッシュバックするように幼い頃の記憶を思い返す。アメリアは平民というよりは、言ってしまえば奴隷のような恰好をしていた。今のようにコロコロと表情が変わるような可愛らしさも感じられないほど酷い出会いだ。
その話をアメリアは僕に振ってくるが、僕はその話だけは掘り返さない。
「その剣の名前ってなに?」
「ん? あぁ【エクスカリバー】――私が幼い頃から夢見る最強の剣だ」
「――……ほぉ……――」
笑ってはいけない。絶対にそういう場面では無い。しかしだ! あまりにも子供らしい夢の詰まった名前にどうしても視線を落して笑みが見え隠れする。エクスってエックスってことか? カリバーってなんだよ……意味があるのか?
リクトは苦笑いを浮かべながら屈み込む。しかし遠い歴史においてこんな冗談みたいな名前が世界最高の聖剣として扱われるのだから、この時のリクトは馬鹿だったということになるのだろう。
歴史の恐ろしさを今のリクトが知る由は無い訳だが。
「あぁ!! 今絶対に私のネーミングセンス笑っただろ!?」
「笑って……ない……よ」
「っ!! ――ぶっ殺す!」
どこからともなく取り出した鉄製のハンマーが僕の後頭部をポカリとした。もしかすると僕の物語はここで終了のお知らせを告げるかもしれない。そうなれば次の主人公はきっと僕の弟のアーサー辺りが引き継ぐのだろう。
アーサーがエクスカリバーを扱う英雄譚――名作になるかもしれない。
少なくとも僕が持つよりはまともな物語になるだろう。
□■□■――リクト昏睡状態――□■□■
それから目覚めたのは次の日の朝だ。と言っても太陽が顔を出す前だから早朝と言うべきなのだろう。人によっては深夜と答える人間もいるかもしれない。そして辺りを見渡すと自室のベッドで寝ていたことに気付き、周囲を見渡すと僕の部屋だ。
「あれ? 昨日は確か」
靄がかかったように記憶が混乱していた。リリスと話してヴィスナ学園から帰宅するまではしっかりと覚えている。それから確か……むにゅ……「?」
何故だろう? ナゼダロウ? 布団の柔らかさとは一線を画するような感触が僕の手に伝わった。視線を向ける事がこれほどまでに憚られる状況も珍しい。そしてそんな状況を不敵な笑みを浮かべながら受け入れている少女が一人。見覚えのある赤髪だ。
「エッチな奴。少女の美乳を朝から鷲掴みにするなんて鬼畜な趣味を持ってる。私が本当に寝ていたら庇いきれない犯罪になっていたぜ? すでにグレーラインだ!」
「アメリア!? なんでここに!」
エプロンも甲冑らしきものも身に着けていない今のアメリアはとても無防備で少女にしては肉好きの良いむっちりとした体型をしている。小柄な体格とは相まってパツパツのシャツは下着を付けていないのだと僕に教えてくれた。
視線がきょろきょろと動いてしまう。
「そりゃ、出会って数文字程度の関係じゃ世間様は納得しないだろうと言う神の配慮だ。タイトル的に今回のメインは私だし」
「意味が分からないんだけど!? 数文字程度ってなんだよ。ここは絵本の世界じゃ無いだろう!? タイトルも無ければそんなもんを読む暇人もいない!」
「あぁぁ~コメント欄が私を最高の美少女だと褒めちぎる夢を見てたのにリクトが激しくするから目覚めちまった」
とても柔らかい。美乳と言うだけのことはある。指先を微かに動かし、魔法で固定されたように胸から手が離れない。仕方ないのでそのまま会話を続けた。
「アメリアのどうでもいい妄想は聞き飽きた。そんなことにならないよう僕が全力で食い止める。それになんでアメリアが僕の部屋にいるのかも聞いていない!」
「はぁ~朝からリクトがうるさい。昨日話しただろ? 親父と喧嘩して家を飛び出したんだって。だからリクトの家に勝手に泊まっただけじゃんか。てか私のおっぱい触りすぎだろ」
「そんなこと一言も!?」
僕は胸から手を離さない。そこには確かな決意があった。しかしそんなことを堂々と宣言できるほど真っ直ぐな人間じゃないので言い訳も述べておく。
触りたくて触っている訳じゃない。僕の手が僕の意思に反しているだけだ。そういうことにしておこう。しかし後頭部に違和感を抱いた。
ぷっくりと『黒髪』の間から膨れて上がっているたん瘤にアメリアから距離を取るべきだと警戒音が鳴り響く。そしてカラカラと昨日の場面展開が行われて僕は全てを思い出した。
何かを察したアメリアが申し訳なさそうに視線をそらす。
「悪い……うっかり気絶させちまった。魔法使ったからリクトじゃ耐えきれなかったみたいだ」
「アメリアのお父さんは偉大だと僕は思う。今ほど君をぶっ飛ばしたいと思う瞬間は無いのだから」
ベッドの上でアメリアを締め上げようと互いに暴れ回っていた。色々な体勢になりながら体中を押し付け合っている。しかしその激しい音に、眉間にしわを寄せながら勢いよくドアを開けて母さんが入って来た。
互いに視線をピッタリと重ねて部屋には物音ひとつ無い。
空気がとても冷たい。と言うよりもヤバい!
「うるさい!」――本当にうるさかったらしい。
「「あ」」――しかしタイミングが悪すぎる。
「え?」――これでは誤解が生まれてしまう。
なぁー母さん。僕の姿を見て勘違いするのは無理もないのかもしれない。確かに今の僕はアメリアを押し倒して両手を抑え込んで馬乗りになっているが、決してよこしまな目的があった訳じゃないんだよ。だからそんな絶句したような表情を浮かべないでほしい。
「ぁん……きゃ! 優しく……して」
そしてアメリア。なんで(空気読んでみたぜ!)みたいな可愛いらしい声を出した? 母さんの表情を見て見ろよ。下手をすると今日で僕の家庭環境は終焉を迎えるかもしれない。それにそんな女の子らしい喘ぎ声も出せたんだな。
「リクト……――あんた何やってんの?」
死んだ魚のような。まるで旦那の浮気相手に勢いよく突っ込んでいって論破された主婦のような表情を。って、このイメージ何だよ!? まさか事実じゃないよね?
「待ってくれ母さん。これはそんなシリアスな雰囲気にする場面じゃない!」
リクトは滅茶苦茶リアルフェイスだ。そしてシリアスな表情と声色で母親に訴えかけた。下手をすると僕の方が空気に飲まれてシリアスな展開を作っている。
「ちょっと待ってなさい。リクトにも秘密にしてたお父さんの愛剣を持ってくるから。もしかするとヴィスナ大国を滅ぼすかもしれないけど、強姦するような鬼畜なら国ごと滅びなさい」
とんでもないことを口走っているがこの母親なら出来ない事もない。何故なら剣聖の父親に引けを取らない最強の平民なのだから。世界中を絶句させた事件――『農作業道具で魔人を追い払う鬼嫁』張本人なのだから。
「なにそれ!? この小さな家にそんなものを隠せるような場所は無いだろ?」
「……――地下室よ」
読んでいただきありがとうございます。
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