第10話 剣聖の息子と伝説の聖剣⑤
アルマはそれからしばらく僕に色々と喚き散らしていたが「ごめんなさい」と言う一言で和解に落ち着いた。それから時の止まった王都を少しだけ歩く。
「看板はエトリック君に持ってもらおうかな。ついでに落書きとかしちゃう?」
「さすがに遠慮しとくよ。後が怖い」
アルマは持っている『最後尾』と書かれた看板をエトリックの肩にバランスよく置いた。そして頷きながら僕に手招きする。その後ろを追いかけた。
「それにしてもリクト君? 奴隷にされそうになったのにエトリック君に随分とドライだね。てっきり、止まってるのをいいことに喚き散らしたり殴りかかったりするのかと思ってたよ。落書きを断るとは思わなかった」
「僕が弱いのがいけないんだよ。学園でクラス中から裏で言われてることは知ってた。いつかはこうなる。それよりアルマさん? はいいの? エトリックは貴族だよ」
「エトリック君の家系ってラブド公爵でしょ。あそこは私が経営しているテリスティーの大ファンなんだよ。衣服や化粧品を含めてほとんど買ってくれるから仲良しなの。『これからのリクト君の方が心配だよ』それに他人行儀は止めよう! 敬語とかいらないから」
そう言ってテレスティーの中に入っていく。それからしばらくして紙袋に包まれた白箱をリクトに渡した。ついでに衣服も変わっている。それはヴィスナ学園の制服だ。
「これは?」
何も書かれていないただの白い箱だ。てっきりテレスティーのロゴでも入っているものかと思ったけど、そういう訳でもないただの箱。
「ふっふっふ、私の試作品! レアチーズケーキっていうの!! 一番人気のチョコレートを超える可能性がある。リリスちゃんにずっと自慢したかったんだよぉ。リリスちゃん小さい頃からチーズ大好きだからね」
どうやら僕がわざわざ並んで購入する予定だった商品らしい。
試作品ってことは商品として売り出している訳じゃないのか? リリスの手のひらの上だったという事だろうか? 事前に準備されていたチーズケーキを僕は受け取る。
「そうなの? それに試作品なんだ。って言うか、ここではそんな盗みも出来ちゃうのかよ!? さっきと話が違うような?」
確か止まった世界では物事に干渉できない的なことを言っていた気がする。
そう言いながら僕は歩き出したアルマの後ろを付いていく。
「違うよぉ、一部の空間だけ魔法を解除したの。でも物質の一部だけ解除とか出来ない。まぁ面倒だから話は割愛するけどね。それに盗みとは人聞きが悪い。ここは私のお店で問題は問題にしない限り問題にならないんだよ」
「そんな青春ラブコメ的なひねくれ主人公が言いそうなセリフを言わないでほしい。行動力がない分、僕の方が何千倍も下だけどね」
「どっちがひねくれ者だよ! ってツッコミは我慢する」
それからしばらくして中央都市に建てられていた図書館に到着した。
そして図書館で大量の本を地面に落とす瞬間で止まった店員さんの横に向かう。アルマは膝を曲げながら開いているページに目を通していた。意味があるようには見えない。
「何でこんな所に?」
「目的を聞くなんて時間に縛られてない? 止まった世界なんだからゆっくり話そうよ! それに文章はいいよね。この世界はもしかしたら文字の世界かもしれないよ。きっと誰かの手によって生み出されたに違いない。だから運命を信じるかって言われたら信じるね!」
「そんなふざけた話があるか。それなら人間に意思なんて存在しないって言っているようなものじゃないか」
「存在しないかもよ!」
それからしばらくして高価な服屋に到着する。
可愛らしいガラスケースに入った衣服を見ながら「あぁこれ可愛いじゃん!!」と言いながら瞳をキラキラさせていた。動かない店員さんを見ながら静かな空間にため息が漏れる。
「僕は何をしているんだろうか?」
「何もしてないんだよ。普通に進めば今頃は伝説の聖剣を手に入れて激しい訓練編に入って、一度ボコボコにされた宿敵と戦う展開までは進んでてもいいはずなのに! ダラダラと三万文字を使うから。テンポが大切なんだよ!? テンポが!」
「意味が分からないんだけど。もう少し分かりやすく頼むよ」
本当に意味が分からなかった。
「もう逆にこれで進めちゃえば!? だから私と言う人間を知ってもらう為にさ!! キャラ紹介的な感じでもう少し会話した方がいいと思わない!? 意味が無い会話でも好きになってくれる人がいるかもしれないじゃん? 色々な場所でどうでもいい話をしたくなる時って無い?」
「無いよ」
「だってこのまま終わったら私の次の出――!?」
それから色々な場所を転々として自宅に帰宅する。アルマとは途中で別れて、しばらくすると世界は元に戻っていた。エトリックがどうなっているのかは分からないがヴィスナ学園で会いたくない。とだけ付け加えておこう。
そして急展開は何の前振りも無く唐突に始まる。
□■□■――それから――□■□■
どうやら僕は選択肢を間違えたらしい。
休み明けのヴィスナ学園に到着した僕は何故か複数の生徒から呼び出しを受けた。皆が皆、上流階級の貴族だ。不敵な笑みを浮かべながら取り囲むように校舎裏へと連れていかれる。
そこから先の展開は予想できた。だけど行かなければもっとひどい目に合うかもしれないから暗い表情でついていく。だけどもう少し考えて行動するべきだった。貴族はどうやら頭のネジが狂った化け物の集まりらしい。
僕はどこかで貴族と言う存在を甘く見ていた。
「エトリック様に逆らうクズが! 剣聖の息子とはいってもただの騎士。それに剣聖は行方不明――俺らが手出ししないと思ったか?」
「リリス様やレイナ様に好かれているから調子に乗ったか? てめぇーのような無能が関わっていいお方じゃねーんだよ」
「無能は黙って地面に這いつくばってろ……魔法も使えないザコが」
「うぅ……ぐは!」
僕は風魔法に吹き飛ばされて校舎裏の外壁にぶっ飛んだ。自分の胸を激しく抑えながら地面に転がり落ちる。そして顔面を蹴り飛ばされて泥水に頭から突っ込んだ。
雨が降っていたから辺りの地面は随分と柔らかい。
持っていたバックなどは燃やされてしまい、制服もボロボロだ。僕はリリスに渡すはずだったチーズケーキだけは死守しようとしたがそれも叶わずに踏みつぶされる。
目を見開いて僕はそこで初めて怒りを覚えた。貴族の一人に何度も何度も殴りかかるが、まるで鉄でも殴っているようにビクともしない。貴族はその場を一歩も動くことなく「魔力障壁を張っていればてめぇーの攻撃なんて子供にも防げるぞ?」っと言いながら腹部を身体強化した体で殴られる。
血反吐を吐きながら崩れ落ちた。
そして遊びでも始めるようにチーズケーキの箱を何度も踏みつぶして屈託のない笑みを浮かべている。そして箱の隙間からクリームが出てきてしまった。
アルマとリリスに罪悪感を抱く。
「うわ! なんだ、この汚い食い物は……足が汚れたじゃないか?」
「おいおいリクト!! なんて酷いことを僕の友人にしてくれたんだ? 君が持っていたゴミのせいで足が汚れてしまったらしいぞ。なめて綺麗にしろよぉ」
そう言いながら片足を大きく振り上げてリクトの右腕に振り下ろす。右腕が逆方向に曲がっていく光景に青白い表情を浮かべながら僕はエトリックの権力に恐怖していた。全身がどうしようもないほど震えている。
抵抗することも出来ない。心が壊れ始めていた。
『バキ!』――助けて――「あぁっぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてリクトは大声を上げながら全力で泣き叫ぶ。開いた口に汚い革靴の味が広がった。そのまま土下座のような姿勢を取りながら「助けて下さい」「殺さないでください」「何でもします」そんなセリフを永遠と口にしていたかもしれない。
貴族たちが飽きてリクトから離れる頃には一時限目のチャイムが鳴っていた。
リクトは裸で倒れている。体中が傷だらけであらゆる部分から血が流れていた。そこに剣聖の息子としての威厳などなく――刃物で「ぼくはザコです」という文字が背中に刻み込まれている。
しかし情景描写をいくら並べたところでリクトの内心を表現することは出来ない。だから少しだけリクトの気持ちがわかるように言葉を並べる。
――これはあくまで、リクトの気持ちのほんの一部でしかない。
僕を殺してほしい。もう嫌だ! なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ! 何で僕は剣聖の息子なんかに生まれたんだよ。普通に生活して普通の学校生活を送りたかっただけなのに! なんで母さんと親父は結婚なんかして僕を生んだんだ! 僕は死にたい。こんな惨めな思いをしてまでレイナの騎士になりたいなんて思えるわけないじゃないか!! なんでみんなして僕をおいて強くなっちゃうんだよ。魔法なんて無ければ何も失わずに楽しく生活できるはず……だったのにどうして!! なぁどうしてなんだよ!! ――神様……もうやだよぉ……お願いジまず……誰でもいいから僕を殺してください。だずげで……うぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁ!! 痛い憎い怖い悪い弱い強い情けない痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないタ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないス痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないケ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないロ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないセ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないカ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けないイ痛い憎い怖い悪い弱い強い情けない。もうヤダ、みんな死んでほしい。強くならなくていい、弱いままでもいいから僕をこの世界から解放して欲しい。こんなふざけた世界で僕はどうやって剣聖の息子として生きていけばいいんだ?
だから。
「リクトなの?」
「――……ぁ――……ハハ」
レイナ・ヴィスナに声をかけられた僕はもう笑うしかない。目を見開いてあり得ない光景を絶望した表情で見ているレイナの姿を、僕は見たくなかった。幼馴染であり『あなたの騎士になる』と約束した彼女にこんな姿を死んでも見られたくなかった。
「なぁレイナ」
「ま、、、待ってリクト! えっと、その……すぐに先生を呼んでくるから!! お願いだから! 私は何も見てないから!!」
涙目になりながら綺麗な金髪を揺らしている姿は可愛かった。そして僕の為に必死になっている姿に感動する。だけど太陽に照らされるレイナの姿が、今のリクトにはあまりにキラキラして見えて、日陰で倒れている醜い僕はどうしようもないほどレイナから離れたかった。
「聞いてくださいお願いします。僕はエトリック様に何でもする奴隷のような存在ですのでレイナ様は二度と僕に期待しないでください。僕は剣聖の息子として生きるには弱すぎます。だから二度と声もかけないで、二度と心配しないで、もう僕の前から消えて下さい」
だから僕はそう言ってレイナに土下座した。
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