第1話 最弱は剣聖の息子
【ヴィスナ大国 王都ヴィスナ学園】
第壱席――リリス・ドラゴニクス 400点
第弐席――レイナ・ヴィスナ 399点
第参席――アーサー・アレイン 398点
第肆席――ジャック・ローラン 397点
第伍席――ガイ・ファーベル 396点
第陸席――ゼロ・グラム 395点
第七位――アルマ・テリスティー 326点
廊下の掲示板にデカデカと張り出されている順位表を僕は遠目で眺めていた。悔しさや悲しさなんて感情は存在しない。互いに100点を取っていたとしても、その実力には必ず『差』が存在する。だから天秤にかけられてない差は誤差では無く、むしろ100点の方が誤差だと言えよう。
人間はそんな小さな括りに縛られるべきじゃない。いや、これは自分自身を慰めるための方便かな。そう思うと劣等感に似た何かが押し寄せてくる。
だから天才達の誤差にすら追いつけない僕は落ちこぼれなのだろう。いや、自分自身を卑下すことによって保身に走っている。自分は自分自身の考えを理解しているから逃げることも出来ない。
結局、自分は言い訳を自分自身に言い聞かせながら勝手に納得するだけなのだろう。そして複雑な言葉遊びを織り交ぜながら自分すら誤魔化そうとしている。シンプルに答えてしまえばテストの結果が思い通りにならなかった。
そんな学生らしい青春の一言で終わってしまうような些細な出来事でしかない。まぁ、そんな些細な出来事も環境と血筋で実数と虚数並みに意味が放物線を描くわけだが。
それは『学問・魔法・剣術・総合戦闘力』の結果を平均化した学年順位表だ。学年順位が一位から六位までの生徒には『席』と言う文字が刻まれており、六芒星をシンボルとしたヴィスナ大国らしい記載の仕方がなされている。なぜ六芒星の頂点が『席』で表されているのか僕にも分からない。
意味を求めるだけ無駄なのだろう。知ろうとすればそれだけで僕の人生が終わるほど長い歴史と共用が必要になるのだから。そんな下らない意味に文字数を使う必要はない。
周囲にはざわざわとした落ち着きのない声色が飛び交っており、皆が皆、自分の順位を期待していた。落胆する者・歓喜する者・平静な者・憤怒する者、そんな光景を白黒の冷たい視線で眺めていく。自分を追い込むこともせず、結果にバラつきが出る時点で本気でないことを認めているようなものだ。否定的な意見で自分自身の殻に閉じこもる。
そして自分の順位を確認して今まで通りの結果に瞳の色が失われていく。目で見える順位はとても分かりやすく僕に逃げ場を与えてくれない。誰にでも分かる事実を誰にでもわかる形で僕に見せつけてくる。
神様が第三者の視点で見透かしているような居心地の悪さを感じた。
第五十位――リクト・アレイン 200点
学年順位で見れば平均的な結果だ。しかしこの結果はリクトにとっての限界を意味している。言ってしまえばこれはリクトにとっての満点だ。両腕が無ければペンを握る事は出来ず、座学で点数を取ることは出来ない。それと同じように生まれつき持っていない者にはどうしようもない現実と言うものが存在する。
シンプルに言ってしまえばリクトには『魔力』が無い。
誰でも使える力が僕には使えない。それは思春期の少年が『自分は障害者である』っと周囲に認知されて迫害を受けている状況に近い。
さすがに大袈裟かな? 別に魔法が使えないのは僕だけじゃない。環境と血筋がその状況を許してくれないからそう感じるだけなのかもしれない。
『お前は剣聖の息子でありながら魔力が無い弱者だ』――そんな事を【エトリック】が僕に言ってきた。っと思い返す。
魔法が使えない。よって魔法の点数は0点。
そして魔法戦闘が主流のこの時代で魔法と剣術を自由に扱える『総合戦闘力』でいい点数を取れるはずもなく0点。つまり学年で最下位だ。そしてこの科目が最も自分の力を理解できるシンプルな測りになっていた。
他の点数がいくら悪かろうと実戦で強ければ言い訳などいくらでもできる。強い者こそ正義なんて台詞を悪人は口にするが、それはあながち的を射た意見なのかもしれない。
剣術と魔法――兵器としての汎用性が桁外れに違う。この世に魔法が存在していなければ人間は今頃、独自の言語を生み出して『言葉の壁』によって戦争を引き起こしていただろう。そして人間はこれほどの文明を発達させることは出来ていない。っと有名な学者が論文を書いていた。
言葉の違いで戦争が起きるなんて馬鹿げた話だ。後者については同意見だけど。
本題から脱線してしまった。
剣聖の息子が一流の教育を受けたうえで一番大切な『戦闘力』で学年最下位。将来の職業が『商人』や『研究者』ならともかく『次期剣聖』と有望視される者が最弱では話にならない。有望視なんて言ってしまったけれど、僕に期待する人間なんて母親と幼馴染ぐらいだ。
結果を出せない強者でも結果を出す弱者でもない。そう言った人間ならどれだけ良かったかと思えるほど何もない人間が僕だ。自虐的でもなければ被虐的な変態でもない。結果がそれを肯定している事を自分自身で受け止めているだけだ。
「そうか。やっぱり僕には……」
そう言いかけた時、リクトの肩が軽く叩かれる。視線を向けるとそこには金髪の女子生徒が立っていた。窓越しに日の光を浴びているせいか、鬱陶しいほどキラキラしている。
そして屈託のない笑みを浮かべて僕に話しをかけてきた。
「元気だしなって! 剣術と学問は満点なんだし! 魔力があれば……って思う気持ちも分かるけど、戦闘力なんて強さの一部でしかないでしょ?」
分かっていない。戦闘力が強さの一部でしかない事は認める。けど自分の環境をあなたは知っているはずだ。最も肉体的な強さが必要な人間がその力を有していないのだから。
そしてカッコイイ台詞を恥ずかしげもなく言い放つと自らの胸に手を当てて「大切なのはここでしょ?」っと、最後までカッコいいな……この人は。
しかしこれは才能と努力が結果に反映された本物だから言える台詞だ。それに精神的な事しか言っていない。僕のことを励ますなら0点と言う結果をどうすれば抜け出せるか? そんな具体的な話を持ち出す方が正しいと言えよう。
まぁそんな話を君から持ち出されれば、僕はその日のうちに自殺を考えるかもしれないけど。面倒くさい人間だなんて思わないでほしい。人間なんて矛盾に矛盾を足し合わせた奇怪な生き物でしかないのだから。
そして矛盾に矛盾を足し合わせれば『矛盾の対義語』が生まれる。何故そうなる? っというツッコミに答えるつもりもない。僕は奇怪な生き物だから。そして答えは人それぞれ違うだろうが僕の答えは『道理』だ。道は進む者であり、理は収める者。矛と盾にそれぞれの意味をあてはめればギリギリ理解できなくもない屁理屈が完成する。
そんな道理を体現したような正しい人間が僕の目の前には立っている幼馴染だ。
あれ? 人間を矛盾と表現したのだから対義語と言っている時点で人間扱いしていないのか? まぁ、矛盾に矛盾を足し合わせたと言っているのだから矛盾は無いだろう。そして付け加えるなら金髪の女子生徒なんて表現をしてしまったが、それは『幼馴染』に対して失礼だったかもしれない。
以上で、僕と言う人間の説明を終わりにする。どうかな? 面倒くさくて捻くれで、普通の人間だと思われたくないけど普通の人間として収まってしまった『凡人』だと言う事だけ理解してもらえれば幸いだ。
だから僕の台詞は内心とは裏腹に酷く淡白になってしまう。
「レイナ姫には分からない。剣聖の息子として期待されて魔力が無いせいで誰よりも弱い僕の気持ちなんて。魔力が無いんじゃ、いくら剣術を磨いても意味なんて無い」
突き放すように幼馴染であるレイナから離れていく。一瞬、視線の先で捉えた校章バッチに対して卑屈な内心が顔を出すがその感情を押し殺して目を閉じた。
制服の襟には六芒星の校章バッジが付いている。しかし学年順位が六位までの生徒にはもう一つ特別なバッジが与えられていた。それは『剣術』・『学問』・『魔法』のシンボルマークを三方向から重ね合わせたような奇怪なマークをしたバッチだ。
それが今の自分とレイナの埋まらない結果を具現化させた物質に見えて仕方がない。持たざる者と持つべき者がしっかりと分別されるヴィスナ学園の象徴だ。
「ちょっと……待ってよ!」
反射的に足を止めてレイナに視線を移すが、隣にいる『金髪の少年』と目が合ってしまい視線を影に落としてその場で一礼した。レイナの隣に立つべき本物の剣聖が鋭い視線で僕を見ていたからだ。
認めるほかない母親違いの僕の弟――【アーサー・アレイン】
「学年二位と学年三位おめでとうございます。レイナ・ヴィスナ姫、それと騎士アーサー・アレイン。僕は君を誇りに思う」
「あぁリクトか。レイナ姫は俺に任せてくれ。いずれレイナ姫に認められて俺は彼女の騎士になるつもりだ。その役目を俺は誰にも譲らない」
鼻を鳴らしながら不敵な笑みを僕に向けている。そう見えるだけかもしれないし、本当にそうなのかもしれない。影に落とした視線はアーサーのことを見てはいないのだから。
「アーサー勝手に話を決めないでくれる? 私は自分でこの人だって思った人以外、騎士にするつもりは無いんだけど?」
「ヴォルツ国王陛下はその考えを良しとしない。そして皆がレイナ姫の騎士に相応しいのは俺だと思っている。レイナ姫もいい加減『騎士は必要ない』なんていう駄々をやめたらどうだ?」
「そうね。私に勝てたら考えてあげる」
「駄々っ子な姫様だ」
僕はレイナとアーサーの会話をほとんど聞き流していた。自分の殻に閉じこもって周囲と一線を引いていたからだ。だからどんな会話をしていたのかもよく分かっていない。しかしレイナはあまりいい表情を浮かべているようには思えなかった。
「僕はこれで失礼します」
踵を返して僕はレイナとアーサーから離れようとした。いや、正確には逃げたと言う方が正しいのかもしれない。幼馴染と弟、その関係は幼い頃に比べて冷え切っていた。魔力が僕にあればこんな関係にはなっていなかったかもしれない。
「待ってリクト! 私は」
「失礼します。僕はもう幼い頃の『約束』を果たすつもりはありません」
「――え?」
その言葉がレイナを傷つけると僕は知っていた。
幼馴染なのだから。
そしてリクトは歯を食いしばりながらその場を後にする。言葉の壁で戦争が起きるなんてあり得ないと否定したリクトだが、どうやらそんなことは無いらしい。言葉ほど人間の感情を動かす原動力は無いのだから。
むしろ言葉こそが戦争を引き起こす一番のきっかけになり得るのかもしれない。存外、論文を書くような天才は的を射た言葉遊びが上手なようだ。
まぁ今ほど互いの言語が違えば良かった。っと思う瞬間も無いわけだが。
読んでいただき本当にありがとうございます。
一年ぶりの投稿で緊張してますね。
「今後もまぁ~読んでやるかぁ……」
なんて優しい方がいましたら『ブックマーク』よろしくお願いします!!