1-3 俺たちでフォローしようか
1-3 俺たちでフォローしようか
「お先に失礼します」
「あ、横宮さん、お疲れ様です」
三納に続き、野代もお疲れ様、と声をかけた。
「もう17時か」
柱の時計をちらっと見て高橋が呟いた。「菅原さん、座学はここまでにしますので、明日も今日と同じ時間に来てもらえますか」
「あ、はい、明日は……?」
「明日からは指導員と同行してもらいます。初日は見学になると思いますけどね」
途中から緊張がほぐれたのか、やや口数が少ない印象はあるものの、若々しく明朗な受け答えをしていたよつ葉に、高橋は最後に質問をぶつけた。
「うちの星野のこと、もしかしてご存知でした?」
少し驚いた顔をしたよつ葉だったが、実は……、と笑みを浮かべながら高橋にいきさつを話し始めた。
「お疲れさま、気を付けてね」
「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
高橋に頭を下げたよつ葉が営業所を後にし、扉が閉まったのを確認して野代が声をかけた。
「星野の件、何て言ってました?」
細長いテーブルを2つ並べただけの簡単なオフィスには、いつの間にか2便の積込を終えた矢作が座っていて、手を挙げている。
「いや、そもそも星野を指導員にした理由から」
「矢作さんにも説明してないんですか」
呆れた顔で言い放つ三納に、まあまあ、と言いながら高橋は苦笑いし、自分の席に座った。
「どこから話すかな」
腕組みをしながら上に向けていた視線を正面に戻し、高橋はゆっくりと話し始めた。「1週間前に星野が退職届を持ってきたんだよね」
矢作がうん、と頷く。
「周囲との仕事に対する考え方の違いがどうこう言ってたけど、まあ半分はあいつに原因があるとして、そのことに気づいてもらいたくてね」
「あいつよく受けたな」
矢作が苦笑いしながらいった。「退職したかったら指導員して絶対に検定上げろって言ったんだよ。例のアレがどうやら、新人って女子やん、とか言い出したけどさ」
例のアレ――。5年前に起こった不幸な事故。星野はそれ以来、かたくなに指導員になることを固辞し続けてきた。
それなのに、という疑問の答えは簡単だった。要は退職と引き換えに無理やり押し付けただけということだ。
「で、星野も8年前に現場に行ってるんだけど、どうやらそれで覚えてるわけじゃないらしくて、店でよく見てたんだってさ」
「店で……?」
矢作は思わず顔をあげた。「見に来てたってことですか」
「家の近所の店がちょうど夕方納品だったらしくて、いつも見に行ってたらしくてさ」
「筋金入りだな……」
「そこで星野を見つけて、憧れてしまったってね」
4人の間に微妙な空気が流れた。
「たしかに外づらは滅法いいですからね。クレームを受けたこともないし、追尾で問題行動を発見されたこともない」
三納のいうとおり、星野は営業所の中では1、2を争うほど優秀な配送員だ。誤配、破損や延着などするはずがなく、ひとつひとつの動きに無駄がない。そして何より荷姿が美しい。まるで相手の意を汲んでいるかのような納品によって、店側の負担を大きく軽減させるのである。
「店のことには頭が回るのにな」
矢作の一言がすべてを物語っていた。
星野はたしかに優秀な配送員なのだが、求められている以上のこと、しかも他人がまねのできないことをやってしまう。そしてそれを、絶対に崩さない。それだけならまだしも、周囲を見下す傾向が「極めて」強かった。
「やめるなんて話にはならないと思うけど、憧れる相手を間違えたな」
矢作の言葉を神妙な顔で聞く高橋に対し、三納が強い口調で迫った。
「そもそも決め方がいい加減すぎませんか。適任ってあるでしょう」
「だって星野にやめてもらいたくなかったんだもん」
口を尖らせて反論する高橋の姿に、3人はただ呆れるしかなかった。
「俺たちでフォローしようか」
しかたなく切り出した野代に高橋が反応する。「指導員の指導は我々の仕事だからね」
悪気のない笑顔に、3人はそれぞれ乾いた声で笑うしかなかった。