2-4 ミカンっぽい何か
2-4 ミカンっぽい何か
翌朝のチェックアウトを、10時ぎりぎりに済ませたよつ葉は、また都会の人ごみに放り出されることになった。
帰りの高速船はベルガモットを16時に出発し、カボス星には17時半に到着する予定で、よつ葉の現在地からターミナルまでは30分もかからない。
残念ながら6時間弱の時間をベルガモットで過ごさなくてはならず、それも高橋の計らいであったはずなのに、よつ葉にとってはもはや苦行でしかなかった。
ホテルから出たよつ葉は、人の流れの邪魔にならないよう、できるだけ道の端に寄ってスマートフォンを操作し続けていた。
昼食、カフェ、お土産、アロマ――。
何を検索したところで、どれだけ地図アプリを起動したところで、そこにワープできるわけでもなければ、人ごみが割れるわけでもない。仮に落ち着けて静かな場所があったところで、そこへの道のりが苦行なのだ。
よつ葉が「ターミナルに戻る」という結論に達するのは、必然であった。
「あっ。ハビタブル運輸……って、大手じゃないか」
ナビに従って地下鉄の入口を降りようとすると、七ツ星船が颯爽とよつ葉の横を通り過ぎていった。
どこへ行っても、七ツ星船を見つけるとつい目を奪われてしまうよつ葉のクセを、学生時代の友人たちはみな苦笑いして見ていた。
さらに実際に七ツ星船に乗ることになったと聞いて、いまでも付き合いのある友人たちは全員が大爆笑した、ということは、ついこのまえ環名と話していたのだった。
その環名にはお土産を買っていくとして、ほかはどうしよう――。
さて、昨晩からずっと同じことを考え続けていたよつ葉が、逃げこむように地下鉄のターミナル駅に到着した時間はまだ11時すぎ。
つまり、チェックアウトからの経過時間は1時間で、出発までは5時間。
環名のお土産、会社は所長と管理課員の3人と横宮さんと班長さんがたしか4人。星野も入れると10人だから、10個入ってるもの。
ご飯は混む時間に行きたくないから、お土産を買ってからにしよう。
なんとなく行動計画が定まったよつ葉は、またスマートフォンの画面を見ながらふらふらと歩き出す。
結局ベルガモット最大のターミナルの中を、出発時間ぎりぎりまで彷徨って悩みに悩んで買ったものは、アールグレイの茶葉を練りこんだ焼き菓子の10個セットと、人気ブランドの革製のキーホルダー、そしてあまりかわいくない「ミカンっぽい何か」のマスコットの3つだった。
その「ミカンっぽい何か」はベルガモットの実がモチーフらしいのだが、もはや何か分からず、まあかわいくない。
環名がどんな反応をするかと想像を膨らませながら、よつ葉は帰りの高速船に乗り込み、1時間半後には無事カボス星に到着。どうせならと、ターミナルからアパートへの鉄道駅に向かう前に、環名が働く洋菓子店に寄って行くことにしたのである。
その環名が働く洋菓子店には、よつ葉は1度だけ行ったことがあった。
ただそれは半年以上前の話で、よつ葉はまだ学生だったし、環名も就職してまだ半年のころだった。
しかも環名が休みの日に連れて行ってもらったので、よつ葉は環名が働いているところを見たことがなかった。
ターミナルから環名の働いている洋菓子店までは、最も近い出口から数分の位置にある。
真っ白な壁に大きな窓が特徴のその店は評判がよく、さすがに日曜の夕方ともなると客足は少し引いてきているようだったが、それでも店内にはまだ多くの客が残っていた。
環名を驚かせてやろうと思っていたよつ葉は、まず店の外からその大きな窓ごしに環名の姿を探す。確か今日は休みじゃなかったはず――。
よつ葉がしばらく店内を観察していると、白いコックコートを着た環名が厨房の扉から出てくるのが見えた。
その姿は凛としていて、初めて見る環名の姿に、よつ葉は心奪われることになる。
厨房の扉からホールのパイ生地のケーキを持って出てきた環名は、ケースの中にそのケーキを入れると、店内の客と何かのやり取りをし、今度はケースからショートケーキを取り出した。
そして金属製の細長い容器からケーキナイフを取り出し、ショートケーキを切り分け、素早くフィルムで包む。続いてベイクドチーズケーキ、そしてミルフィーユも全く崩さずに切り分ける。
その間ケーキナイフを数回取り換えてはまた容器に戻し、紙の箱を素早く組み立てると、切り分けたケーキを瞬く間に詰めていく。
離れて見ていても分かるくらい美しい環名の動きを見て、よつ葉はまた涙が出てきてしまった。
「今度にしようかな――」
そう呟いて振り返ろうとしたとき、環名がよつ葉に気づき、外に向かって手を振った。
よつ葉は笑顔で手を振り返し、駅の方向を指さして「今日は帰るね」と伝えたつもりだったのだが、環名はそれを見るなり両手を頭の上に立ててから、電話する、と合図し、また笑顔で手を振った。
よつ葉はそれに笑顔で手を振り返し、駅のほうへ歩いて行った。
「ニャオンで待ってて。電話するね」
だと思うけど。違っていたら、それはそのとき。
幼なじみの姿を見て、よつ葉は自分のことのように嬉しかった。




