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星乃配送員  作者: 鞍月環状
1 新卒さん
12/23

1-12 私は死んだりしません!

1-12 私は死んだりしません!



 よつ葉はいかにもやりづらそうな顔をしながら、タブレットを打っていた。

 いつもはとっくにいなくなっている星野は、ずっとよつ葉の向かいで、店では絶対に見せることのない邪悪な顔をして座っていた。


 「ごめんごめん」


 高橋は小部屋に入ってくると、窓側に座っていた星野をつついて隣に移らせ、その空いた椅子に座った。

 「ちょっと村井さんと話しててさ」

 「村井って、村井センター長ですか?」

 星野は意外な顔をした。「いまどこのセンターでしたっけ」


 「ベルガモット――」


 一呼吸おき、高橋はよつ葉に尋ねた。「菅原さんはベルガモットに行ったことある?」

 「いえ、私はカボス星系から出たことがないので」

 顔の前で手を振るよつ葉は、少し困惑した表情を浮かべる。


 「菅原さんには来週1週間、ベルガモットへ免許合宿に行ってもらいます」

  

 しばらく固まっていたよつ葉は、高橋が首を傾げているのに気づき、口を開いた。

 「あ、すみません、いつからですか」

 「えっと、急で申し訳ないんですけど……」

 高橋はそう言いながら、パーテーションにかかっているカレンダーを指さした。

 「来週の月曜から、日曜までの1週間なんだけど……」


 高橋に渡された資料の余白に、よつ葉はメモを取っていった。

 ベルガモットまでは標準航路だと6時間、高速航路で1時間半、月曜日の朝イチに高速航路で向かう。

 合宿は月曜日の昼から土曜日の夕方まで。そのあと戻ってくると慌ただしいので、土曜日はホテルに宿泊し、日曜日の夕方の高速船でまた戻ってくる。

 たまたま別件で連絡していた村井が、グループのホテルを手配してくれたらしい。


 「いやー、天下の七ツ星ホールディングスは違いますなあ」

 上機嫌で笑う高橋の横で、星野がいつの間にか手を挙げていた。

 「所長、そうと決まればいいっすか」

 ん? と振り返った高橋の返事を待つこともなく、星野は口を開いた。


 「こいつ、もう基礎はほとんどできてます。あとは操縦ですけど、すでに3週経ってますし、帰ってくるの待ってたらまた3週ほどかかるんで、あとは班長に任せたいんですけど――」

 「どういうことですか」

 途中から明らかに顔色を変えたよつ葉は、強い口調で遮った。

 「えーっと、星野君? なにを言っているのかな」

 高橋が「黙れ、黙れ」と言わんばかりに目線を送っている。


 「いや、もうやめるんだけど」

 「やめるって、私まだ全然できてないのに――」

 「だから、基礎はできてるよ。それでいいじゃん。それ以上のことなんて、誰もやれとも言ってないし、求められてもいない。無駄なんだって」

 「おい、星野」

 高橋が星野の腕を掴む。

 「いや、帰ってきたらいなくなってるほうが、感じ悪くないっすか?」



 「ふざけないでください!」 


 よつ葉は両手を机に叩きつけて立ち上がり、星野を睨みつけ、まくし立てた。


 「なんなんですか。自分のやっていることを、こんな仕事だとか、余計なこととか言っておきながら、絶対に手を抜かないくせに、私がどれだけレベルが低くても何も言わないなんて、結局、自分だけいい顔したいだけじゃないですか! なにがあったのかなんて、よく分かりませんけど、どれだけのことをやれって言われたって、私はなんだってやってみせます! 私は、私は……、私は死んだりしません!」


 「はーっ、はーっ」

 肩で息をするよつ葉を見ていた星野はただ呆けているだけで、滲んだ視界に映るその姿を睨みつけていたよつ葉はついに全身の力が抜け、うなだれるしかなかった。


 「もういいです」


 走って出ていくよつ葉を目で追いながら、星野が口を開いた。

 「あいつ一体、なに言ってんすか」

 「うるさいバカ!」

 高橋が星野に叫んだとき、「うえっ」という声と、大きな音が営業所に響き渡った。

 「ああ!バカ!」

 高橋は立ち上がり、点呼台の前で足を抱えて倒れこんでいる新庄に駆け寄ると、後ろからついてきた星野を見て語気を荒げた。


 「謝ってこい!」

 「え、なんで」

 「うるさい! クビにするぞ!」


 一瞬星野は考える素振りを見せた。

 「なに考えてんだよ! 早く行け!」


 最終的に高橋から怒鳴りつけられた星野は、首を傾げながら営業所から走って出て行った。



 よつ葉は初めて星野の横乗りをした日と同じように、倉庫へ向かって行く七ツ星船を眺めていた。

 「あのさ」

 後ろから声をかけた星野に、よつ葉は振り向きもしなかった。

 「なんですか。もういいって――」


 「すみませんでした」


 思いがけない言葉に振り返ったよつ葉は、暗がりでも分かるほど腫らした目で、星野をまた睨みつけた。

 「なんで謝るんですか。いったい、何に対して謝ってるんですか。謝ってこいって言われたんですか」

 痛いところを突かれた星野は、思わず唇を噛んだ。


 「私はいずれは星野さんを超えるつもりだったので、何年かかっても自分でどうにかしますから。どうぞ、好きにしてください」

 「なんでそこまで――」

 いつもオドオドしていたはずのよつ葉に気圧され、星野は途中で口ごもった。


 「誰かを幸せにしたいからです。笑顔が見たいからです。いけませんか?」

 星野は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 「私はずっとあなたを見て、あなたに憧れてここまで来たのに。なのにそんなことも分からずに、どうして自分を大切にできないんですか。私はいつも笑顔になれたのに――」

 口を歪ませるよつ葉の赤く腫れた目から、もう逃げることができなかった。

 星野はとても長く感じられる間、よつ葉を見つめ続けた。


 「やめない――」

 星野は一瞬口を結び、息を飲んだ。「戻ってくるの、待ってる」

 「いいですって」

 かぶせるように言い放ったよつ葉は目の下を拭い、鼻で笑った。


 「別に私に構う必要なんて、もうないじゃないですか。それに待ってるって――」

 「最後まで見させてほしい」

 語気を強める星野に、よつ葉はまた鋭い視線を向けた。

 「伝えられることは、全部伝えたい。検定までに、できるだけのことをさせてほしい」


 星野が初めて見せた真剣な顔をじっと見つめていたよつ葉は、しばらくして下を向くと口元を歪ませて目を閉じ、首を横に振った。

 「なんで大人なのにこんな自分勝手なんですか」

 独り言のような問いかけに「さあ?」という顔をした星野を、よつ葉はまた睨むように見つめた。


 「なら、私がせめて誰かの心を動かせるような存在になるまで、やめないでください」

 それを聞いた星野は、よつ葉が見たことのない、困った表情をした。

 「検定までじゃなくて、それが条件です。私は死なないんで、安心してください」

 星野はほんの少しポカンとして、フフッと笑った。



 「いっぱしになるまで、どこにも行くなよ」

 「そっくりそのままお返しします」

 

 

 逆光で表情こそ2人からは見えなかったが、いつの間にか高橋が営業所の前に立って手を振っていた。

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