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移ろっていく世界で  作者: 五月
4/5

過日4

一カ月が経って、特に記憶にも残らない卒業式が終わった。僕は家を出る準備を進め、新しい生活の事を考えて、少しだけ期待を抱いていた。

この場所を出て何処かに行く事に別段不安なんてなかった。ずっと望んでいたことだ、拭い切れないものが足を引っ張るこの場所に未練はないし、記憶からも消えて欲しいとさえ思っていた。古き良きを地で行くこの街が気に食わなかった。邪魔なんだ伝統だとか風習、古いものはすべて足につけられた重りのように感じる。不思議なもので記憶だとか経験といったものは目に映る風景にも影響を与える。僕の場合、時が過ぎる程にこの街の景色がいやに歪んで、怒りをぶつける対象として写っていった。それは仕方のないことだ。この街を最後まで好きになることは出来なかった。父の様な無責任なクズが沢山いるこの街。

何処へ行ったって変わらない、自分の考えを持って生きていく。

 東京に行く前に札幌に住んでいる姉に会いに行った。その後に札幌にある空港で東京に向かう手はずになっていた。

姉は最近電話した時に塞ぎ込んでいるようだったので、こうして無事な姿を見れたことが僕は嬉しかった。付き添いで母も来ていたので家族が集まるのは久しぶりだった。札幌に行く道中で母とはほとんど話さなかったけれど、姉とはよく話す母を見て少し安心する自分がいた。その時、まだ大丈夫だと思えた。少し時間を置いてから、空港行きのバスの中でゆっくり母に感謝を伝えよう、そう思えた。

その日の夕方に空港行きのバスに乗ることにした僕は母とバス乗り場に居た。春が少し先に来ているとはいえ、まだ肌寒い季節だった。乗り場は風邪が突き抜ける構造だったし、その日の風は強かった。姉が仕事でいなくなってから、相変わらず母とは口を聞いていなかった。

もう直ぐバスが来る。十分前くらいになると十人くらいの列に僕は並んだ。早く暖房のきいた車体に入りたい。指先が冷え切っていた。それは母も同様の様であったがバスを待っている間、母はずっと目を瞑っていた。

やがてバスが排気ガスのうっすらと混ざった風を連れて到着した。

列が進み、僕は空いていた窓際の席に座った。次に車内に母が入り、僕は母が隣の席に来るだろうと少し窓の方に体を寄せた。

すると母は僕の方など見向きもせず、何処か離れた席に座った。


「え」


小さく声が出ていた。

やがてバスが動き出し、窓の外は札幌駅周辺のビル街から少しずつ、都会の様相が廃れていくようだった。止まることなくバスは進む。

僕は母の方を横目で窺った。母の姿は近くに居る中年の少し腹の出た男性と大差ない、他人に見えた。

何も変わらない。同じだ、あの街に居た時と。悲しいでも、腹立たしいでもない。

胸の奥に穴が開く空虚な感覚。

指先がまだ冷たくて、何かに温めてもらいたいと思ったけれど、そのままでいいような気がした。

僕は窓の外を向いてその時は何も考えないでいられた。不思議と、頭の奥が少し痛み出していて、少し先の未来に抱いた期待も白けていた。






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