過日3
学校の休日、友人のハルキの誘いで、湯の川に有るフードコートに来ていた。休日のマクドナルドは人で賑わっていて、暇を持て余している様な老人からジャージ姿の中高生、子連れの母親などが見えた。
ハルキが先に来て席を取っていてくれたので僕は待つことなく座ることが出来た。僕がフードコートに着いた時、ハルキの手元には既にチーズバーガーとチキンナゲットが二箱置いてあった。腹が減ったから先に食べていたとハルキは言った。
ハルキとは三年間マーチングバンド部で共に過ごした中で、何時も行動を共にするぐらいに仲が良かった。クラスが違ったため、部活を引退してから会う機会が減っていた。久しぶりということで、僕は晴れた様な心持になった。彼が居ない日々は特別に退屈だったから。
「ユキアツは函館出るんだっけ?」
ナゲットを口に運びながらハルキは聞いた。
「ああ、やっと離れられるよ。お前は函館の専門学校だったよな。」
「そうそう、自動車整備科があるとこ。」
「車、好きだったもんな。」
当たり前のことだけれど、ハルキとは目的も趣味も全く違うからこれからは本当に別々の場所に行くことになる。「違う」という事で他人との関係性に摩擦ばかり生まれることがあるが、ハルキは違った。趣味趣向がかけ離れていても摩擦の生まれない相手が友達と言えるのかもしれない。
「お前は東京の大学だっけ?」
「そう、さすがに……知り合いは一人もいないけど」
「大丈夫だろ、俺なんかお前初めて見た時やばい奴って思ってたし」
「はあ、まあそうだろうさ。これでも近寄りがたい雰囲気はましになった方だと思うんだけどな」
「打ち解けるまでに時間かかるだけだろ、気にすんなって」
「だから、打ち解けるまでに関係が終わるんだよ」
「はは、大丈夫だって。お前よりいい奴なんてそういないんだからさ」
「……」
そう思えないが、わざわざ否定するのもできなかった。そうするのがハルキが作る僕の像を否定しようとしている気がしたから。
「ほんと感謝しているって、俺が入院した時も、ほとんど毎日見舞いに来てくれたろ?部活もあったのにさ」
「……わかったよ」
「部活が有った時は毎日休みたいとか言っていたけど、終わってみるとえらく暇だな。」
僕はハルキの言葉に軽く頷いた。
「ほんと、無人島に放り出された気分だ。」
「それは……わからねえけど、今は自由極まりないっていうかさ」
「何に力を向けていいのかわからなくなる」
そう言うと静かな間ができた。フードコートのアナウンスが喧しく聞こえてくる。ざわついた景色の情報は頭に入ってこない。
「俺は別に後悔してないけどさ、やり直したいとも思わない。最後の最後だけ全国に行けなかったのは残念だったけど。」
僕は友人の前でだけ、一人称が俺に代わる、そうしているのが自然だった。
「まあ、あとは後輩たちが何とかしてくれるだろ」
部活の話はこれで終わり、とハルキは空の包みをクシャクシャに握りつぶした。
「そうだな……」
僕は自分自身が決定付けられた結果に目を背けようとしているのか、後輩達に期待しているのかどっちともわからなかった。後者であってほしい、いや、どちらともかもしれない。
どうしようもないことというのは投げだせば、楽ではある。でも、いつも目を背けることへの後ろ暗さが付きまとってくる。それに、逃げ出せないという事もあり得る。そして、僕の頭には何時も逃避のイメージが浮かんでいる。僕に初めて逃げるという事がどんなことなのかわからせた父の姿が。逃げれば、失うんだ。置いて行かれた人々は惨めで、泣き言を喚いてもどうにもならない。それが大切な人だったら、耐えられるか?だったらどうして逃げることができる、大切なものなど何もないからか?
「――さ、帰ろうぜ」
お互い食べ終わって呆けていた時にハルキが言った。フードコートの有る商業施設を出ると、雪が降っていた。もうすぐこの雪とも会わずに暮らしていけるのだろうか。僕の記憶には何時も雪が降っている。現実の雪を見れば記憶を思い出すし、記憶を思い出せば一緒に雪が浮かんでくる。だから、この街の冬は空を見上げると雪とともに振り払いたい思い出が降り注いでくるようだった。それは、全て「今まで」に作られていったものだ。僕は「これから」この記憶に代わるものを作っていけるのだろうか。