潜入②
日が落ちてからしばらく賑やかな時間が過ぎた頃、冒険者ギルド併設の酒場の客もまばらになっていた。彼らは基本的に決まった休みは無く、体の調子に合わせて休んだりその時々で変わるのだ。そんな事もあって翌日に依頼を受けるつもりの無い冒険者達がちらほら飲んでいるくらいだった。
「じゃあ、先に上がるわね。」
「はーい、お疲れさま!」
朝から務めていたリューはチリンに先に上がると告げて酒場にやって来た。
「お疲れさま!あーお腹減った!ビーツさん、何か無い?」
リューはカウンターに身を乗り出し厨房の奥にいるビーツに声を掛けた。
「・・・煮込みとパンならあるが?」
「あ!それ下さい!ちなみに今日は何の煮込みですか?」
「・・・今日は山菜と川魚の煮込みだ。」
「やった!当たりですね!」
魚介類は鮮度の問題からなかなか入荷しない。川魚だと稀に入荷するがそれでも食堂となればそれなりの量が無ければ仕入れることはしない。
「・・・はずれ何てない。どれも美味い。」
ビーツは背を向けながらそう言った。
「そ、そういう意味じゃないですよ!ただ私が好きなんです!それに魚なんて珍しいじゃないですか。」
「・・・今日はたまたま多く採れたらしい。・・・出来たぞ。」
ビーツはそう言ってリューに食事を差し出す。
「わぁ!美味しそう!えっと、これは?」
リューの前にはは煮込みとパンの横にもう一つの小鉢が出されていた。
「・・・試作品だ。カルの実のコンポートだ。」
カルの実とは初夏に出来る潰れたパンの様な形の淡い桃色の果実だ。傷みやすく保存が効かないのが難点だがその分味は絶品で人気の果実である。
「へぇ!美味しそうですね!」
「・・・こうすると果実を長く保存できる。瓶詰にして持ち歩く事も出来るだろう。」
「なるほど、冒険者目線なのですね。とにかくもうお腹が減りましたので頂きますね!」
リューはそう言うとよほど腹が減っていたのか結構な勢いで食事をかきこんでいった。
「んん!美味しい!やっぱりビーツさんの料理は絶品ですね!」
「・・・まだまだ妹には適わない。」
「ん?何か言いました?」
「・・・いいや何でもない。それより何か冒険者達が騒がしい様だが何かあったか?」
「そうなんですよ!ちょっと聞いてくださいよ!ギルド長がとんでも無い事を始めたんです!」
「・・・どんな事だ?」
「それがですね、どうやら領主様と喧嘩するつもりらしいんですよ。」
「・・・ギルドがか?いったい何故だ?」
「何でもこの前うちに良く来ていたソーマ君絡みらしいんですけどね。どうやら領主様が何か無茶を言って来ているらしいんです。」
ビーツは原因を知ってはいたが、あえて知らないふりをして聞いてみた。
「・・・それで?」
「それでギルド長が怒って喧嘩だ!って言っているんですよ!しかも冒険者達にも協力を仰いでいるんですよ!」
「・・・どんな事を依頼したんだ?」
「それはですねぇ・・・っと、いけない!」
リューは慌てて口に手を当てた。
「流石に依頼内容まで話すのはマズいですよ。私はこれでもここで働いているんですよ?流石にギルド主体とはいえ内容はダメですよ。」
「・・・すまない。余計な事を聞いたな。」
「良いんですよ。私から話し出した事ですし。ビーツさんは聞き上手ですからついつい愚痴を言ってしまうんですよね。それにビーツさんは普段寡黙ですから誰にも話さないでしょうしね。あ!だからって言いませんよ?一応仕事の内容ですので。」
リューがそう言うとビーツはカウンターの足元にかがみそこから立ち上がると手には酒瓶を持っていた。
「・・・詫びだ。」
ビーツはそういうとリューの前にその酒瓶を置くと横に小さなグラスも置いた。
「こ、これは!」
リューが酒瓶のラベルをみて目を瞠る。
「・・・エルダーフラワーの15年モノだ。」
「ちょ、ちょっと!嘘でしょ!これはいくら何でも頂けませんよ!」
エルダーフラワーとは百年に一度咲くと言われている空の様な青い花だ。花弁の外から中心に向かって青から白になっていくグラデーションがまるで空に浮かぶ雲の様なイメージを抱かせ、日の元では中心の雄しべの花粉が太陽の如き輝きを放ち、雌しべには蜜が凝固して反射してまるで太陽の様な煌めきを放つ見た目麗しき花だ。その滅多に咲かない花の蜜を惜しみなく使い熟成させたのがこの酒だ。まるで水のような、いや水よりも透明なその液体は何処までも澄んでおり、その中に一輪の花が入っていた。
「し、しかも花入りですって!?」
「・・・そうらしいな。」
どうやって瓶の細い注ぎ口から入れたのかも不思議だが、中の花が異常だった。その花はまるでついさっきまで咲いていたかの様な様子だったのだ。
「そうらしいって!・・・これは特殊な工程を得て初めて出来る保存方法で、確か製造元の秘伝の技法のはずですよ。それに中に入っている花の状態がとても素晴らしいわ!これは依頼での採取ではあり得ない!蔵元自ら採取した一級品ね!」
15年の月日が経過しているのにその花には一切の劣化が見られない。それどころか酒に一点の曇りも濁りも無いのだ。
「・・・詳しいな。」
「当たり前でしょ!これはほとんど流通しなくて有名なモノなのよ!それに花入りは初めてみたわ。こんなモノ王族への献上品クラスの一品よ!」
リューが興奮して瓶を手に取り眺める。
「・・・飲まないのか?」
「開けるの!?これを!?!?正気?これ一本でそこそこ大きな家が買えるのよ?というかなんでこんなモノがこんなギルドにあるのよ!」
「・・・これは俺が個人的に貰ったものだ。俺は酒は飲まないからな。・・・仕方ない。」
「そうね、とっても惜しいけれど流石にこれを開ける根性は私には無いわよ!って言うかビーツさん!一体誰から貰ったの?」
「・・・企業秘密だ。」
興奮するリューを無視してビーツはもう一本酒瓶を取り出した。
「・・・花無しの5年モノだ。これならいいか?」
するとリューは頭を抱えた。
「まさかもう一本あるなんて!花無とはいえっ!」
困惑するリューを後目にビーツは瓶の封を切った。
「あああぁぁぁぁ!!!」
リューの絶叫が酒場に響く。そして何人かの冒険者が何事かと見てくるがリューは身体で酒を隠し、愛想笑いを浮かべ誤魔化した。
「・・・俺は酒の味は分からない。それにこれは酒だ。飲んでやらないと可哀想だ。」
「そう言われるとそうですけど。でも!」
「・・・これは俺のモノだと言っただろう。だからどうしようと俺の勝手だ。」
ビーツはそういうとグラスに酒を注いだ。究極に透き通ったソレは光を一切反射せず、光さえも透過する。グラスに注いでいるのにまるで何も無いように見え、音だけがその存在を示している。
「こ、これがあのエルダー酒!」
ごくりと無意識に喉を鳴らしたリューがグラスを手に取り固まった。するとしばらく眺めたあとにそっと口にした。
「・・・・・」
リューは目を閉じ何度もその酒の味を咀嚼し堪能した。
「・・・・・」
「・・・・・」
2人の間には一切の音が無くなっていた。
「・・・旨いか?」
ビーツがそう言うとリューは静かに目を開き口を開いた。
「初めは甘い花の香り、それを口に含むと次は芳醇な果物を思わせるその存在感。見た目には存在を認識出来ないのに口に含むと一気に存在感が溢れてくる。決してくどく無く、後味はまるで清流の水の様な爽やかさ。そして喉元を過ぎたあたりから一気に鼻から抜けるほのかな森の香り。」
「・・・饒舌だな。いっそこっちに来るか?」
「いいえ!まだまだこんなモノじゃ言い表せない!どう表現していいか私の言葉では足りないのよ!」
「・・・そうか。」
ビーツはそう言って空いたグラスに酒を注ぐ。するとリューはまるで吸い込まれるようにその酒に口を持っていった。
「・・・その酒はキツイからほどほどにな。」
そう言われても飲むことを止められる訳も無く、しばらく無言で酒を堪能したリューはしっかりと出来上がり今までの無口が嘘の様に色々と話し始めたのだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。少し更新のペースが落ちて
しまいましたが、優しく見守って下さい(;^ω^)
さて、次はようやくキュアが活躍する予定ですので楽しみに待っていて下さい!