事後処理
カツカツカツと地下室をこの場には似合わない執事服の男が歩いていた。燭台の蝋燭が揺らめく間を通りその音は突き当りの扉の前で止まる。止まった先にはリベットで装飾された分厚い扉があり、男はその扉を重々しく開けた。すると中から湿った空気と同時に濃い鉄の匂いと若干の鼻を突くような匂いが男の鼻を刺激した。男が部屋に入ると目に入ったのはおびただしい血の跡だったと思われるシミがそこら中に点在しており、長い時間の中で黒く変色しもはや洗っても落ちないだろう事は容易に想像できた。その部屋の奥の壁際に三人の男がいた。一人は短髪でそこそこ良い体格をした男だ。何かが滴る黒い棒状の物を手にしている。そしてその隣に好々爺の様なこの場所には似合わない老人が椅子に腰を掛けていた。もう一人の男は壁の高い位置より垂れ下がった鈍色の鎖により両手を頭上に拘束され足首も地面から生えた鎖に拘束されていた。も頭を垂れていた。男の足元には赤色を基本とした何かの液体が溜まっていた。恐らく棒についている液体も同じ物だろう。身体には真新しい傷が所狭しと付いていた。
「ご苦労様です。新しい仕事には慣れましたか?」
執事服の男がそういうと短髪の男が血走った眼で振り向き答えた。
「これはサバス様!わざわざこんな所までご足労頂きありがとうございます。」
男は口調こそまともだがその目には狂気が宿っていた。
「正直シーザー様にこの仕事を紹介された時は耳を疑いましたが、実に良い仕事です。左手を失い自暴自棄になっていた私にこの様な素晴らしい仕事を下さりとても感謝しきれませんよ!」
その男は左手首から先が欠損していた。
「それは良かった。あなたを推薦した甲斐がありましたよ。ガルバ君。」
「ご期待に添えれるよう努力致します。」
ガルバはサバスに頭を下げた。ガルバはニーナ捕縛の任務に就いた兵長だ。その任務の際に異世界勇者のソーマと遭遇し、その時の戦闘で手痛い反撃をくらい左手首から先を失っていた。命こそは失わなかったものの一線から退く事を余儀なくされたのだ。それで自暴自棄になり狂気を孕んだ彼がサバスの目に留まり、新しく拷問官という仕事に就いたのだった。
「頑張って下さいね。それで、ご機嫌はいかがですかソーマ君?」
サバスが拘束されたソーマに声を掛けるが当のソーマは反応しない。
「このッ!クソ野郎がぁ!」
ガルバはソーマのわき腹に鉄棍を叩きつけた。
「・・・!!」
「サバス様が聞いているんだ!顔くらい上げんか!」
打たれた痛みでソーマは悶絶する。おそらくは骨の何本かが折れ叫んだのだろうが声の代わりに空気の漏れる様な音がしていた。
「これ、もうちょっと優しくせんと死んでしまうじゃろうが。」
「すいません!ウィード様!」
今度は横に腰かけていたウィードに頭を下げる。
「まだまだ情報は欲しいので頼みますよ?」
サバスがそう言うとウィードはやれやれといった感じで横に置かれた樽の中の液体を柄杓で掬いまるで畑に水を撒くようにソーマに掛けた。
「流石は庭師ですね。良い手際です。ちなみに樽の中身は何なのですか?」
サバスはそう言いながら樽の中の液体を見た。中にはほんのり青みがかった液体が入っていた。
「これか?これは薄めたポーションじゃよ。」
「ほう?」
サバスが顎に手をやり眺める。するとガルバが答えた。
「これは拷問で死なないようにかけてやるんです。希釈の割合と掛ける塩梅が重要でして、自分はまだまだ勉強中です!」
「なるほど。やはりウィードさんを教育係にしたのは適任でしたね。流石、ゼットと言われるだけあってこちらも一流ですね。流石にキュアさんはここにはいない様ですが。」
サバスが辺りを見回す。
「キュアはもうこの手の仕事は習得済みじゃて。今は館でメイドの修行をしておるよ。」
ウィードはサラッと答えた。
「なんとも、まぁ。メイドの仕事を覚えるのが後とは色々やりすぎでは?何を育てる気なんでしょかうかね。」
「普通の孫じゃよ。それよりこやつを拘束しているモノはなんじゃ?妙な波動を感じるが?」
ウィードはソーマの両手両足に装着されている拘束具を指さし言った。ソーマを拘束している手枷と足枷にはよく見ると何かが刻まれており鍵穴が二つ付いていた。
「万が一があってはならないですからね。右手には魔封じを、左手には魔力放出、更に右足には無力化の装置と左足には致死性の毒針を仕込んであります。」
「安全を見込んどるのは分かるが、まぁ仕方ないのかのう?」
ウィードは何とも反応に困るのだった。
「この状態でも勇者ですので十分に気を付けて下さいね。それと・・・」
「あぁ、分かっておる。コレじゃろ。」
ウィードは机の上から数枚の羊皮紙を手に取りサバスに渡した。それを受け取ったサバスはサッと目を通し言った。
「流石ですね。では私はこれからシーザー様に報告にしに行って参ります。くれぐれもご安全に。」
「あぁ、頼んだぞ。」
「お疲れさまでした!」
ウィード達はサバスを見送り引き続き業務へ戻るのだった。
シーザーは執務室で書類に目を通していた。
「なるほどな。」
シーザーは羊皮紙を机に置き目頭を押さえる。
「以上が勇者から読み取った情報になります。」
ソーマは喉を焼かれ声を失っていた。その為、サバスはウィードに例のイヤーカフを渡していた。勿論ソーマにも装着する事によってソーマの声を聴くことが可能となった。
「つまりこいつは元の世界で死んだ所、気が付いたらこの世界に居たと言う訳か。」
「そうですね。」
「それで向こうの世界には無いはずの『魔力』や『スキル』利用してここまで成り上がったと。」
「その通りです。」
「ふむ、納得いったが納得いかん。」
「どこがでしょうか?」
「何故こいつは故郷に無いはずの力の使い方を知っているんだ?」
「それは前のアダマンタイトの時に言ったと思いますが?」
「そうじゃない。無い物を認識出来ないだろうが。俺はこいつの世界の『化学』というモノが全く分からんぞ。『電気』は似たような魔法があるが、何故それで鉄の塊が動くのかわからんぞ?」
シーザーが腕を組み思案に耽る。
「それは私にもわかりませんよ?ただ、彼の世界にはどうやら帰還した者がいたようですね。」
「何だと?」
シーザーが目を瞠る。
「と言ってもかなり昔のようでその話が面白おかしく伝わっている様です。ほとんど神話の話らしく出所も分かっていない様ですね。」
「・・・こちらから向こうには行けない、か。」
「・・・そうですね。行きたいのですか?」
「いや、少し興味があるだけだ。それよりあの女、シェリーと言ったか?あいつはどうした?」
「あぁ、彼女ですか。彼女はしばらく勇者と同じく拘束していましたが、特に有益な情報が無かったので開放しましたよ。」
「何!それはマズいだろう!」
ソーマは椅子から立ち上がりサバスに詰め寄る。
「大丈夫ですよ。勇者様はとかニーナさんはとか騒いでいたので勇者の所に連れて行くと大人しくなりました。その後は本人のご希望通りにニーナ嬢の元へ行かせましたので。」
シーザーはため息をつくとソファに腰を沈め天を仰ぐ。
「そうか、ニーナの所へな。なんか言っていたか?」
ソーマは首だけ向けてサバスに問う。
「えぇ、これからも末永くお願いしますと。」
「気に入られたもんだな。」
「まぁ、今のところは良き隣人って所ですね。」
「ったく、まぁいい。それよりライズの件は済んだのか?」
シーザーは頭を切り替え仕事に移る。
「滞り無く済みました。国王様より承認の返事も頂いております。」
サバスは懐より手記を手に取りながら答える。
「そうか、なら全て済んだな。」
「えぇ。」
「よし!」
シーザーは気を取り直すと立ち上がり窓を開けて外の空気を入れた。
「今夜、関係者を招集しろ。反省会だ。」
「承知しました。・・・そういう所は真面目なんですね。」
サバスは最後にポツリと呟いたがシーザーには聞こえていなかったようだ。
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長い梅雨が続いておりますが少しでも気晴らしになれば幸いです。