4.偽善者
結局午後の授業には間に合わず、一ノ瀬千鶴と二人で教師に向かってペコペコと顔を下げた。
そして席に着き、何気なく授業を受けていたのだが、だいぶ離れた前の席の方で、平然としたように座ってる幸が目に入り、なぜだか腹が立った。
「あれ風太くん、ちづと仲良かったっけ?」
授業中にも関わらず、隣の席の戸蒔綾が耳打ちをしてきた。ちづと言うからに、二人は仲が良いのだろう。
「いや。ただ落とした財布を届けてもらっただけ」
「本当?」
「まぁ、あとは与太話みたいな感じ」
「仲良くなってんじゃん」
なぜだか頬を膨らませてる彼女を見ると頬が緩む。
「俺さ、はっきりしようと思ってる」
「……ん?」
唐突な話題変換に首を傾げる彼女へ続けて俺は口を開く。
「聞いてみようと思う。幸に直接」
「……さすがだね。でもなんて?」
「どうして俺と急に別れて、あの田神晴樹って人の所に行ったのか」
理由はほぼ分かっているような物だ。でもはっきりさせたかった。スッキリしたかった。答えを出してもらって、ハッキリと受け止めたい。
俺は馬鹿だった。なぜあの時、二人が歩いてる所へ行かなかったんだ。俺はずっと逃げている。
「……ん? 別れた? 晴樹?」
疑問で帰ってくるとは思わなかった。なぜこの二つの単語に疑問を持ったんだ? 知っているんじゃないのか?
「うん、そうだけど」
「……どういうこと?」
ん? 話しが噛み合わない。
「だから、幸は──」
「そこ二人、私語は慎め」
「「すいませんでした」」
ヒソヒソと話しているつもりだったが、教師にバレてしまった。
彼女は、俺の元カノだった幸が田神晴樹にとられたことに同情してくれていたのだろう?
晴樹、と呼び慣れたように呼び捨てするので、知人なのだろう。彼女ほどの美少女なら彼と知り合いでもおかしくないだろう。
授業の合間合間に、先程の噛み合わなかった話を戸蒔綾としようと思ったのだが、九条銀が来て、話はできなかった。
放課後こそはと、彼女と話す機会を横目で伺うと、既に彼女の視線はこちらを向いており、俺がこのまま彼女の方へ視線を送れば確実に合うのだが、その視線は彼女と合う事はなく、後方に見えた颯爽と教室を出て行く彼女の後ろ姿だった。
聞かなければ、ちゃんと話し合わなきゃ。
「ごめん! 行ってくるわ」
「あっ、ちょっと!」
咄嗟に教室を出る。
すぐ追いついたはいいものの、話しかける事が出来なかった。そうこうしているうちに彼女は、1組から出てきた神でも宿しているかのようなオーラを放つ田神晴樹と合流した。
校門を出る所まで着いて行ってしまい、まるでストーカーだった。
人気もなくなり、静かになった時だった。
「おい、付いて来てんの分かってるぞ。目障りなんだよ風太」
突然立ち止まった田神晴樹は振り返り様に、彼にしては驚愕の一言を放った。彼ほどの有名人に名前を知られていた事に光栄なんて思う余地などなかった。
遅れて幸も振り返り、目を見開いていた。
「なんだよお前。こいつが目当てか?」
そう言って、彼は幸の肩へ乱暴に腕を乗せた。
こうして堂々と目の前でこんな光景を見せられると、耐えられないほど胸にくるものがあった。
「残念だが、こいつは俺の彼女だ。お前には指一本も触れさせねぇからな」
やはり二人は付き合っていた。
「大体おめぇみてぇな地味な顔面で協調性のねぇ野郎にこいつとは釣り合えねぇんだよ。だから振られたんだろ?」
「……っ」
……正論だ。俺は2年前、母を亡くした。父も俺と妹の二人を残し、どこかへ行ってしまった。
それからどこか投げやりで生きてきた。
答えをはっきりせずにネチネチと引きずり、挙げ句の果てには逃げる事を選ぶ。
彼女は社交的で、いつも笑っていて、正反対の俺と彼女が釣り合う訳がなかった。
彼は俺が幸に振られた事を知っていた。
それにしてもその言い方は酷くないか?……幸はなんでこんな奴といるんだ?
「……そうなのか? 幸」
怯えてるようにも見えた幸は少し時間を置き、小さく頷いた。
……そうか。そうだよな。
彼女は本当に優しかったのだ。2年間、彼女はこんな魅力もない俺と一緒にいてくれたのだ。
辛かっただろうな。
……俺も辛い。
答えは分かった。ハッキリした。だからもういいだろう……逃げても。逃げさせてくれよ。今日を機にもう絶対に逃げないから。
「クソがっ!」
二人の耳にハッキリ残そうと、思いっきりそう言い残し、その場を走り去った。
俺が悪いんだ。俺に魅力がないから……。
不思議と悲しみはなかった。変わりにあったのは怒りだった。
結局幸は我慢していたのだ。言ってくれれば良かった、全然分からなかった。もう信じられない。
もう何もかもがどうでもよく見えた。
魅力がない奴に優しさを与えてくれる人間なんていない。いるとすればそれはただの偽善者だ。
もう何も信じられない。俺はボッチでいいんだ。
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