91 そして、リノたちのこれから
王城前広場。
ナボリア王、貴族諸侯、そして城中の兵士・騎士たちが総出で彼女の出立を見送る。
二十人規模の騎士団一個小隊と、トップクラン『ブルーム』『クルセイド』の面々を従えた、金色の髪の小さな姫君。
その堂々とした立ち振る舞いに、かつての気弱な少女の面影は見られない。
「皆さん、見送り大義です。ギリア王国への表敬訪問、しかと務めを果たして参ります」
彼女は今日、隣国ギリアへと旅立つ。
社交会への招待に応じ、次期国王としての顔見せも兼ねた大切な外交。
それを娘に一任した王の決断を、勇気ある英断と称える者もいれば、娘への信頼にも度が過ぎると陰口を叩く者もいた。
しかし、ランの努力を間近で見てきた王は確信を持っている。
今の娘ならば間違いなく立派に務めを果たしてくれると、そう確信して送り出している。
「お父様、わたしが留守の間、龍人の件は……」
「うむ、分かっておる。彼女と『フォートレス』に任せれば、万事相違ないだろう」
ランが不在となり、その上リノまでが王都を出たとなれば、龍人たちがやってくるかもしれない。
その場合の備えが、『フォートレス』のオルゴと、牢獄に囚われたフィアー。
龍人同士の感覚はある程度繋がっているため、彼女ならばランと同じく侵入を察知出来る。
問題は協力してくれるか否かだが、彼女は恩義を何よりも優先する性格。
助命嘆願に尽力したランとの約束に反することはしないだろう。
「お願いします。それではお父様、行ってまいります」
「うむ、行って来い」
王がポンと肩を叩くと、ランは堂々と踵を返す。
騎士たちと冒険者に護られ、盛大なファンファーレに送り出されて、隣国への旅は始まった。
▽▽
抜けるような青空の下、ナボリアとギリアを繋ぐ街道を一行は行く。
ランを護衛する騎士団の小隊二十人。
その中には、バーンドに恩を受けた者も大勢いる。
彼の意志を継ぎ、姫君を命に代えても護る、そんな決意を胸に秘めた忠義者ばかりであった。
彼らに周囲を固められた大きな馬車の中には、ランと側仕えの従者が数名。
そして隊列の最後尾を『クルセイド』のミカを除く六人が、先頭を『ブルーム』の二人とミカが進む。
最後尾では、新入りの四人に対してウリエがあれこれと教えを授けている。
これまで末っ子だった彼女にとって、新メンバーの加入は誰より嬉しかったのだろう。
そして先頭でも、同じくクルセイドのミカが大きな歩幅で突き進んでいた。
「ずいぶん気合入ってるよね、ミカちゃん」
「当たり前ですの! 久しぶりの大きな依頼ですもの、気合が入らない訳ありませんわ!」
ランの護衛依頼で大きく名を上げた前例がある以上、今回の依頼を無事にこなせば名声は更に高まる。
やる気をみなぎらせるミカを尻目に、アリエスはいつも通りのローテンション。
「バカみたいに気合を入れなくても、何が襲ってくるわけでもない。それよりも、ギリアの街でリノとデートする方が楽しみ」
「あ、相変わらず辛辣ですのね、あなた。最初の頃のこと、まだ根に持ってますの?」
確かに知り合った頃は、アリエスをライバル視して徹底的に絡みにいったものだが。
「何度も謝ったでしょう。そろそろ水に流してくれてもいいのではなくて?」
「その件に関しては過ぎたこと。そこまで器は狭くない。ただ……」
無表情のまま口ごもるアリエス。
彼女の表情に何かを感じ取ったリノは、何も言わずただ微笑ましい目で見守る。
「ただ、なんですの?」
「ただ、今さら態度を変えるのも恥ずかしい。……そんだけっ」
言い終えると、両手で魔女帽をずらして目元を隠してしまった。
「アリエスさん、あなた……」
「……なに」
「可愛いですわね」
「うっさい、ミカに言われても嬉しくない」
リノが見抜いたアリエスの感情は、照れ。
彼女も本心では、とっくにミカのことを認めているのだ。
「あはは、アリエスちゃん可愛い」
「う、うぅっ、やめて。リノに言われるとホントに嬉しくなっちゃうからやめて……」
「照れてるお姉ちゃん、世界一可愛いですよ?」
「ランまで……、もう勘弁して。……え、ラン!?」
馬車の中にいるはずの少女の声。
驚きと共に目を向ければ、リノの隣を歩くランの姿があった。
「ランちゃん、出て来ちゃっていいの?」
「えへへ、ちゃんと許可取ってきてますから、平気です」
いたずらっぽく笑うお姫様。
リノの腕に抱き付くと、不意に彼女は憂いを帯びた表情を見せる。
「……なんだかこうして皆さんと一緒に歩いてると、『ブルーム』の一員だった頃を思い出します」
リノとアリエスと共に、色々な場所を巡った日々。
あの頃は、こんな時間がずっと続くと思っていた。
「なんだかもう、遠い昔のことみたいです」
「……違うよ、ランちゃん」
彼女の発言には一つだけ、絶対に訂正しなければならない部分がある。
アリエスと顔を見合わせて頷くと、ランの青い瞳を見つめて微笑んだ。
「今もランちゃんは、ブルームの一員だよ。たとえ冒険者じゃなくなっても、私たちは三人でブルーム。そうだよね、アリエスちゃん」
「その通り。だからブルームだった頃、なんて言って欲しくない」
「リノさん、アリエスさん……」
二人の顔を見上げ、ランは少しだけ涙ぐむ。
その涙はすぐに拭い、またとびっきりの笑顔で二人に笑いかけた。
「えへへ、そうですよね。三人分の意味が、込められてるんですから!」
ランに笑い返すリノと、分かりにくい笑顔を向けるアリエス。
三人の様子に、ミカは少しだけ眉を下げて微笑む。
「なんだか羨ましいですわね。わたくし、ちょっとだけ仲間外れな気分ですわ」
「何言ってんの!」
「わひゃっ!」
リノがミカの隣へ行き、彼女を思いっきり抱きしめる。
「ミカちゃんだって、もうブルームの一員みたいなもんじゃん。依頼だって最近ずっと一緒だしさ。いっそのことブルームに来ちゃいなよっ」
「なっ、い、嫌ですわ! わたくし、クルセイドのエースであることに誇りを持っているのですから! で、でも、その……、ありがとうございます……」
頬を赤らめつつ、最後の言葉は小さく聞こえないように呟く。
しかしリノには聞こえていたらしい。
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女の様子に、ミカの頬は更に赤みを増した。
「〜〜〜〜〜っ! も、もう、なんですのその顔!」
「あはは、なんでもないよ。ただ、ミカちゃんが可愛いなぁって」
「ばかっ、ばかばかっ!」
まったく力の入っていないパンチを、ぽかぽかとリノにぶつける。
笑いながらミカから離れたリノの手を、アリエスがぎゅっと握った。
「ん? どうかした?」
「……なんでもない。別に一切全然これっぽっちも妬いてないから」
「ふふっ、そっかそっか」
全てを理解し、魔女帽を取って頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細める幼馴染に、自然とリノの表情も緩んだ。
『まったく、見事にハーレム維持しちゃってんねー。やり手だわ、さすが我が相棒』
「あんまり褒められてる気はしないなー。ライナもさ、今回の旅喜んでたよね」
『あぁ、勿論。ギリアの王都にも龍人はたんまり居るだろうし、そいつらを皆殺しに出来ると思うとゾクゾクしてくる』
「うん、一気に血生臭くなったね。でもま、それでこそライナ、かな」
首飾りに宿った幽霊、ライナ。
彼女と出会ってから、リノの人生は一変した。
冴えない荷物持ちの少女が、念願の冒険者になり、クラン対抗戦で優勝して、龍殺しの英雄となった。
そして、可愛い恋人が何故か三人も出来た。
「思えば出来過ぎだね。こんなに幸せでいいのかなってくらい。……もちろん、辛いこともいっぱいあったけどさ」
『おっと、これで満足すんじゃないよー? これからもリノには、沢山働いてもらうからね!』
「あはは、お手柔らかに。これからもよろしくね、ライナ」
首から下げた赤い宝石を一撫でし、ランを、ミカを、そしてアリエスの顔を順に見る。
たとえ身の丈に合わない英雄だとしても、彼女たちと一緒なら、そして心強い相棒と一緒なら、この先もやっていける気がする。
これは荷物持ちの少女が、龍殺しの英雄と呼ばれるまでの物語。
英雄となったのちの、彼女の長い長い英雄譚は、また別の物語だ。
ダンジョンの奥地で勇者に見捨てられたパーティーの荷物持ち、最強のドラゴンスレイヤー(享年24)に取り憑かれる、これにて完結です。
ここまで読んでくださった皆様方、本当に本当にありがとうございます!
最後まで書ききれたのも、支えてくださった、応援してくださった皆様のおかげです。
リノたちとのお別れ、作者自身少し寂しいです。
また彼女たちの物語を紡げたらいいなぁ、と名残惜しさを感じたりもしています。
明日の夜8時から10時の間に、新作の第一話を投稿予定です。
どうかこちらの方も、引き続きよろしくお願いします!
最後に重ねて、本当にありがとうございました!
追記:
『小さなメダルを5000万枚手に入れたので、神話級装備と大量交換して学院無双します』連載開始しました。
↓のリンクから飛べますので、もしよろしければご一読ください。