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90 ライナのこれから




 その日、リノは極秘裏の呼び出しを受けて城へと赴いた。

 謁見の間に赴き、姫君の御前に(かしづ)いた英雄に勅命が下る。

 王都に潜り込んだ侵入者を抹殺せよ、と。



 ▽▽



 王都ナボリスは、ナボリア王国で最も栄えた人口密集地帯。

 人口が多いということは、それだけ行方不明者が明るみに出にくい。

 人の群れに隠れ潜むにもうってつけな、龍人たちにとっては絶好の餌場である。


「美味そうなエサがより取り見取りじゃねえか……。ひひっ、こいつぁ……」


 この場所が空白地帯となった。

 そんな噂を聞き付けた龍人が一人、王都の雑踏に紛れて得物を物色する。


 彼の名はドザ。

 王都の東に位置する山奥で、人を攫っては喰らう生活を過ごしていた。

 そんな彼にとって、ここはまさに宝の山。

 食べ放題のバイキングといったところだ。


「さぁて、どいつにしようかねぇ。……おっ、ありゃぁ中々の上玉、ひひっ……」


 雑踏の中を歩きながら品定めをする彼の目に止まったのは、十代後半の少女。

 持ち物はホットパンツに下げた小さなポーチのみで、武器も持っていない。

 にも関わらず、不用心にもたった一人で人気ひとけのない路地裏へと入っていく。


「決ぃめた。王都で初めての御馳走は、あの女に決定だぁ」


 下卑た笑みを浮かべ、少女の尾行を開始。

 彼女が迷いのない足取りで、人の気配がしない方へと歩いているとも気付かずに。


 あるいは、彼が勘のいい男であれば異変に気が付いたのかもしれない。

 もっと頭の回る男ならば、何故王都から龍人が消えたのか疑問を抱いたかもしれない。

 いずれにせよ、彼は浅はかで欲に目が眩む男だった。

 如何に目の前の少女を蹂躙し、その柔らかな肉に牙を立てるのか、それだけしか見えていなかったのだ。


 やがて少女は薄暗い袋小路で足を止めると、まんまと誘い出されたドザに対し、冷たい視線を向けた。


「とうとう観念したかぁ? じゃあ大人しく俺に喰われ」


「はぁ、とんだ小物だったね、ライナ」


『あぁ、サクッと殺しちまおう』


「なぁ?」


 少女の姿がぶれた。

 次の瞬間には目の前に。

 何故か手に剣を持っている。

 断片的な情報を処理しきれないまま、視界が横にずれ、地面の高さになり、くるくると回って唐突に途切れた。


「あっさり片付いたね。まさかこんな露骨な撒き餌に引っ掛かるとは」


『あたしらのことも知らなかったみたいだしね。ただ、あんなでも一般市民には脅威でしかない。きっちり殺しとかないと』


 急速に腐敗し、塵と化していく龍人。

 リノは曲刀を鞘に納めて【収納】。

 手ぶらに戻って大通りへと歩き出す。


「私たちのことが龍人に知れ渡れば、王都に来ようなんて考えるバカもいなくなるんだけどなー」


『お姫様の定期的な探知で、こうして龍人の侵入を察知出来る。あの娘には頭が上がらないね』


 二日に一度、ランは力を発動させて王都全体のスキャンをする。

 このペースが体に負担のかからない最短の周期とのことだ。

 万一フィアー以外の龍人の存在を探知した場合、こうしてリノに連絡が行く仕組みとなっている。


「でもさ、ライナの目的は龍人の全滅なワケじゃん。私の冒険者稼業に付き合って、王都から離れないままでいいの?」


『まぁな。確かに各地を旅して龍人を殺し回りたい気持ちはある。けど、リノにはでっかい借りが出来ちゃったから。あのクソッたれ野郎を地獄に叩き込む手伝いをしてくれたっていう借りがさ。だから、しばらくはこのまま付き合うよ』


「……そっか。ならいいんだけどさ、遠慮だけはしないでね。あんたに気を使われるとか気持ち悪いし、私だってあんたには借りがあるんだから」


『はぁ、やめやめ。こんなの背中がむずむずしてくるっつーの』


 自分たちに気を使いあう空気は似合わないとでもいいたげな、おどけた口調のライナ。

 リノも頬を緩め、軽口をたたき返す。


「今のあんた、背中あんの? 魂だけのくせしてさ」


『何をこの。だったら今すぐ体代わってよ、リノのいろんなとこ触るから』


「やめろこの変態悪霊! ……それと、ありがとね」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げる、お礼の言葉。

 ライナに受けた借りは、一生かかっても返しきれない代物だ。

 彼女がいなければ、自分はまだどこかのパーティーで荷物持ちをしていて、遠ざかっていくアリエスの背中に必死に食らいつこうとしていただろう。

 もしかしたら、全てを諦めて折れてしまっていたかもしれない。

 それ以前に邪龍の洞窟から、アリエスたち共々生きて戻れなかったはずだ。


『今なんつった? よく聞こえなかったんだけど』


「なんでもない。それよりさ、ちょっと寄り道していかない?」


 龍人討伐を報告しなければならないが、少しぐらい遅れても構わないだろう。

 右手に見える廃時計台に視線を送り、相棒に問い掛ける。


『……ん、リノがそうしたいなら、好きにしな』


「へへ、じゃあ好きにする」



 住宅街の屋根を飛び渡り、廃時計台のふもとへ。

 そこから飛び跳ねると、軽々と頂上まで到達し、軽やかに着地。

 王都中の景色を一望出来る絶景を眺めながら、リノは腰を下ろした。


「……やっぱりまだ、元通りにはなってないね」


 レイドルクとの戦いの、巻き添えで破壊された街並み。

 その傷跡は深く、元に戻るにはまだ少しだけ時間が必要だった。


『で、なんだってこんな場所に?』


「せっかくだし、邪魔の入らないところで話がしたいと思って。ここなら絶対誰も来ないでしょ?」


『違いない。こんな場所に来るやつぁ、余程の物好きかバカだけだね」


「悪かったなコノヤロウ」


 ジト目を向けた後、リノは首飾りの紅い宝石を指で撫でる。

 ずっと心に抱いていた想いを、彼女は意を決して口にした。


「……ライナは、さ。解放、されたいって思わないの? 私の【収納】なら、ライナの魂をそこから——」


『思わないね』


 が、即答で返されてしまう。

 予想外の答えに口をパクパクさせる。


『あたしがあの世に逝っちまったら、リノがへなちょこになっちまうだろ』


「そ、そんなことないよ! 回避も収納もしっかり鍛えたから、身体能力の上昇幅だってかなりのものだし! ……それに、気を使うのは無しだってば」


『気を使うだぁ? あたしがいつ、誰に? なんか勘違いしてるみたいだが、あたしはただ単純に、今が楽しいからここにいたい、それだけさ。まだまだ龍人も殺し足りないしな』


「……そっか」


 実体がないライナの表情を見ることは出来ない。

 果たして本音を言っているのか気を使っているのか、声色だけでリノに判断は下せなかった。

 けれど、きっとどっちでもいいのだ。

 負い目を感じ合い、貸し借りを気にするなんて自分達らしくない。


「このまま居てくれるんなら、これからも利用しつくしてあげる」


『おうさ。あたしも引き続き、龍人撲滅のためにあんたを利用させてもらうよ』


 いつも通りの軽口を叩き合うと、小さな感謝のしるしとして、紅い宝石に軽い口づけをした。




最終回は次回、明後日15日から新連載開始の予定です

新連載の方も引き続き応援して頂ければ幸いです


本日がノクターン番外編の最後となります

更新は9時頃を予定しています

18歳以上の方のみ、↓のリンクからどうぞ

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