89 ライバル関係のこれから
この国でただ一人のSSS級冒険者、リノ・ブルームウィンド。
彼女がギルドに足を踏み入れた途端、酒を呑みつつ騒いでいた血の気の多い冒険者たちが、一斉に静まり返る。
「あー……、まだ慣れないなぁ、こういう空気……」
「仕方ない。有名税というやつ。リノが有名で私も鼻が高い」
リノの後に続くSS級冒険者、アリエス・エアリーズ。
二人の所属するクラン『ブルーム』には当然、続々と入団希望者が——。
「でもさ、なんか怖がられてない?」
「つまり高根の花。私も鼻が高い」
入団希望者が、一人も来なかった。
ランが冒険者を引退して以来、ブルームは二人きりのクランのまま。
ギルドへの貢献ポイントも当然低くなり、『フォートレス』にランキング一位の座を追われてしまっていた。
「いやいや、誰も入ってくれないし! このままじゃフォートレスを抜き返せないし!」
「あそこは数の暴力。諦めた方がいい」
「でもさ、三位のミカちゃんとこにも抜かれそうじゃん!」
ランキングボードを指さし叫ぶリノ。
『ブルーム』とは対照的に、『クルセイド』は順調に新メンバーを増やし、今は七人にまで膨らんでいた。
「……確かに、それは気に入らない。よし、新メンバーのオーディションを大々的に開催しよう。まずは王宮に行って、王様に頼んでお触れを……」
「待って待って待って! どんだけ大ごとにする気なの!?」
今のナボリア王との関係ならば、頼めば本気で国を挙げての選抜が始まりかねない。
冗談が冗談じゃなくなる前に、ギルドを出ようとする恋人の体を必死に抱きとめる。
「……こんな場所で、リノってば大胆」
「ち、違うからっ! はぁ、もうなんか疲れた。早く依頼を見にいこう……」
まだ何もしていないはずなのに、疲労感たっぷりのリノ。
心なしか、二人のやり取りに向けられる視線が、畏怖とは違うもののように思えたが、気付かないふりをする。
入団希望者が出ない理由が、まさかそんな。
二人だけの空間を邪魔しないようにとか、そんな理由なはずがない。
多分、きっと。
いつも通り完璧な笑顔の受付嬢に、いつも通り依頼を紹介されるリノ。
今回の討伐対象はAランクモンスター、ギガントゴーレム。
東の渓谷に魔法力が蓄積し、自然発生してしまったらしい。
「Aランクか。私一人で十分だね」
「酷い、リノは私と一緒にいたくないんだ……」
「そういうワケじゃないよ。私だってアリエスちゃんとはずっと一緒にいたいから……」
「リノ……。結婚式はいつにする?」
「気が早いって、もう」
肩を寄せ合って甘いトークを繰り広げる二人。
受付嬢は依頼に対する返事を待ちながら、ひたすらに貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
「えっと、じゃあ受けようかな」
「ありがとうございます。こちら複数人推奨のクエストとなっておりますが、如何いたしましょう」
「複数人? 単独だと何か不安要素があるんですか?」
「何分大量発生しておりまして……。他のクランと共同で当たることをお勧めさせていただきます」
「うーん、ゴーレムの大量発生かぁ……」
ギガントゴーレムとは、二十メートル級の巨大ゴーレムの総称。
その大群となると、一人、二人だけでは確かに骨が折れそうだ。
「とは言え、そのクラスの魔物相手に並の冒険者では歯が立ちませんわ」
「うん、確かにね」
「ですから、今回は特別にわたくしが同行して差し上げましょう!」
「わぁ、助かるよミカちゃん。ところでなんで当然のようにいるの?」
いつの間にやら会話に参加していたミカ。
軽く威嚇するアリエスを宥めつつ、彼女との共同戦線が決定した。
▽▽
砂塵舞う渓谷の奥深く。
リノの前に立ちはだかるのは、全長二十メートルの岩石巨人、その数三体。
窪んだ頭部に付いた黄色い一つ目を光らせて、巨大な拳を同時に振り上げる。
「こいつらで最後、軽くひねるよ、ライナ!」
『おうさ!』
曲刀に土の魔力を宿し、長さ五十メートルの大岩の剣を創り出す。
横薙ぎに叩きつけ、三体のゴーレムを纏めて薙ぎ払い、行動不能なレベルにまで破砕。
飛び散る岩の破片を前に油断なく構え、完全な機能停止を確信して魔力を解除。
鞘に曲刀を納め、ライナの魂を首飾りに戻す。
「……ふぅ、お疲れライナ」
『おう、今ので全部だな、お疲れ』
渓谷中に散らばる巨大ゴーレムの残骸。
合計で三十二体いたギガントゴーレムは、リノたちによって完全に駆逐された。
「でもさ、魔力の溜まり場をどうにかしないと、また発生しちゃうんじゃないかな」
『その心配はないさ。ギガントゴーレム一体生まれるだけでも相当の魔力が必要だからね。もうすっかり枯渇してるはずだ』
「そっか、なら良かった」
谷間から空を見上げれば、もう茜色に染まっている。
収納を発動して野営道具を取り出し、キャンプの準備を開始。
空を見上げた時に目に入った、箒の上で口げんかするアリエスとミカは意図的にスルーした。
ミルクで煮込んでチーズを乗せ、バジリース草を散りばめたスープパスタを完食した三人。
焚き火を囲んで、就寝前の穏やかな談笑の時間が訪れる、かと思いきや。
「ねえリノ、私のテントで一緒に寝るよね? だって恋人同士だもんね?」
「お待ちくださいまし、わたくしだってリノさんの恋人ですわ! 一緒に寝る権利はわたくしにこそあります!」
リノの奪い合いが発生してしまい、和やかなムードはどこへやら。
この危機的状況に、頼れるのは相棒のみ。
「ねえ、ライナ。ハーレムとか言ってアリエスちゃんそそのかしたのアンタでしょ? 責任とって収拾つけてよ」
『いやー、あたしが見た限り、ありゃぁ本気で喧嘩してるワケじゃなさそうだけどね』
「……んー、まあ確かに」
ゴーレムとの戦闘中も、二人の連携は息の合ったものだった。
魔力強化と速度強化の魔法、敵の動きを止める補助魔法のタイミング。
ミカが隙を作り、アリエスの魔法で一気に砕く。
とても仲が悪いとは思えない、絶妙のコンビネーション。
「喧嘩するほど仲が良い、ってヤツなのかな」
『リノが心配するようなことは何もないさ。二人まとめて受け止めてやんな』
「……そうだね。ありがと、ライナ」
『よせやい礼なんて、水臭い。それよりもさ、ちょっとあたしを着けたまま夜の』
「調子に乗んな」
人生の大先輩への相談が終わった頃、二人の口論にも決着がついた。
「決まりですわね」
「それが一番平和的な解決手段」
がっちりと握手を交わすと、二人は両側からリノの腕を掴んで立ち上がらせる。
「あれっ? ちょっと二人とも?」
「リノはこれから私たちと一緒のテントで寝る。有無は言わせない」
「三人一緒で眠るのが、誰も損をしない一番いい方法ですわ」
「あ、あはは……、今日は眠れるかなぁ……」
苦笑いしながらテントに連行されていくリノ。
彼女の発言にアリエスはほんのりと頬を赤らめ、ジト目を向ける。
「リノのえっち。さすがに今日はそういうことはしない」
「きょ、今日はって、いつもはしているんですの!?」
「証言を黙秘する」
「じゃあリノさん! 本当なのですの!?」
「えっと……」
食ってかかるミカにどう説明したものか。
困惑しつつテントに引きずり込まれたリノ。
二人に挟まれて、柔らかさと温もりに包まれた彼女は、中々寝付けなかったらしい。
最終回は14日、15日から新連載開始の予定です
本日もノクターンに番外編を投稿します
更新は9時頃を予定しています
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