表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/93

08 鉄仮面の少女




「た、た、助けてくださああぁぁぁぁあぁあぁい!」


 赤毛の大熊に追い回される、顔をすっぽりと覆う鉄仮面を被った多分女の子。

 あまりにも異様な光景に、リノは思わず足を止め、呆気に取られる。


『おぉい、リノ! 可愛い女の子のピンチだってのに、なにボサっとしてるのさ!』


「……はっ! いけない、あんまりにもあんまりな光景だったから、つい」


 すぐさま曲刀を抜き、少女とグリズリーの間に割って入る。


「助けにきたよ、もう大丈夫っ!」


「え、ええっ!? あ、あなたは……!?」


 逃げるのに夢中でリノの存在にも気がつかなかったらしく、鉄仮面の少女は戸惑いを見せる。


「いくよ、ライナ!」


『いや、だからあたしは戦わないって。どう見てもドラゴンじゃないじゃん』


「可愛い女の子のピンチだっつってたじゃん! そもそもあの子、可愛いの? 鉄仮面で顔見えないんだけど!」


 怒りの叫びを上げ、剛腕を振るう大熊。

 リノはツッコミを入れながらも、躍るような足さばきで軽やかに回避する。


『声可愛いじゃん! 顔も間違いなく可愛い、断言出来るね!!』


「根拠は無いんだ!?」


 ブオン、ブオンと丸太のような腕を振り回すブラッドグリズリー。

 【回避】によって攻撃は掠りもせず、逆にリノの反撃で大熊は次第に手傷を負う。

 基礎戦闘力があるだけで、【回避】がこうも優秀な戦闘用スキルに化けるとは。

 使用者であるリノ自身、驚いていた。


「あの人、凄い……」


 そして、リノ以上に驚き、目を奪われた少女。

 鉄仮面の奥で青い瞳を輝かせ、彼女は命の恩人の華麗な舞いを、特等席で眺めていた。

 全身に傷を負い、出血によって動きの鈍った大熊。

 腕を振り上げる際に生じた隙を逃さず、喉元に鋭い刺突を見舞う。


「ウガ、アァァァッ!!!」


 断末魔の叫びを上げながら、最後の力を振り絞って振るわれる巨腕。

 剣を手放したリノは、後方宙返りで距離を取る。

 最期の一撃も空振りに終わり、ブラッドグリズリーは仰向けにどう、と倒れた。


「どんなもんだい!」


『よくやった、リノ! 少女のピンチに颯爽と現れて命を救う、これはポイント高いよ!』


「なんのポイントなんだ……。っと、幽霊と無駄口叩いてる場合じゃない」


 リノは熊の絶命を確認すると、喉に刺さった曲刀を引き抜く。

 軽く振るって血を飛ばし、腰の鞘に納めると、遠巻きに観戦していた少女に振り向いた。

 立ちつくす小柄な少女の姿は、改めて異様の一言。


 身長は、リノの頭一つ分ほど低い。

 どういう訳か大きめのフルフェイス型鉄仮面を被っており、どんな顔をしているのかさっぱりわからない。

 身に纏っているのは薄汚れたボロきれ、足は裸足。

 小さなナイフとジャイアントバットの右翼を、大事そうに抱えている。


「キミ、大丈夫だった? 怪我とか無い?」


「あ……、はい、全然平気です」


「そっか、良かった。私はリノ、冒険者になるための試験の最中なんだ」


「えっ、あなたもなんですか? あんなに強いのに、まだ冒険者じゃないなんて……」


 あなたも、ということは。


「キミも冒険者試験を受けにきたんだ。でも、一階から下に降りるなんて危ないよ。さっきの熊みたいに、強い魔物も出るんだから」


「あの、ごめんなさい。コウモリすばしっこくて全然やっつけられなくって……。魔物の巣穴ならコウモリも寝てるから、いけるかなぁって」


「魔物の巣に突っ込んだの!?」


 あまりに思いきりの良すぎる行動に、リノは目を丸くした。


「そ、それで、寝ているコウモリに石を投げて、なんとか一匹やっつけられたんですけど、すぐ側で寝ていた熊さんに気付かれて追い回されて……」


「それは……、冒険だったね……」


 果たしてこの少女に、冒険者としての才能はあるのだろうか。

 出会ったばかりのリノですら、心配になってしまった。


「でも、コウモリの羽を手に入れましたから、これで晴れて冒険者ですねっ! これで、これでわたし、やっと解放される……」


「解放って……? もしかして、その鉄仮面と何か関係あったりする?」


「あっ……、聞こえちゃってましたか……」


 鉄仮面を被っているために少々くぐもった、しかし鈴のような声。

 ライナの言う通り本当に美少女なら、どうしてこんな鉄仮面を。


「私、あの……」


「言いにくいならいいよ、言わなくって」


「……いえ、言わせてください。実はわたし、奴隷なんです。逃げてきたんです」


「え——」


 想像以上の重い言葉が飛び出し、リノは言葉を失った。


「冒険者を目指したのも生きるためで。ライセンスさえあれば、ギルドが身分を保証してくれて、追手に連れ戻されずに済むから……」


「そっか……。その鉄仮面も、奴隷の時に負った傷を隠すため、なんだね」


「こ、これは、あの……、そんなところです……」


 命がけで逃げ出すくらいだ、きっと辛い目に沢山遭ったのだろう。

 本人が黙っている以上、深い追及はやめておく。

 それに、まだ重要なことを聞いていない。


「じゃあ最後に。キミ、名前は?」


「ラン、です……。売られる前は……、はい、そう呼ばれてました」


「ランちゃん、か。良い名前だね」


 ポン、と肩を叩いて、ニコリと微笑むリノ。

 鉄仮面の下で、少女の頬がほんのりと紅潮した。


「さぁて、それじゃあこの熊、持ち帰ろうか!」


『……え? 全部持ち帰るの? これ』


「あったりまえじゃん、せっかくやっつけたんだし! どのくらいのボーナスが付くか楽しみ!」


『ドン引きされやしないか、あたしゃ心配だよ』


 体長三メートルを越える、赤毛の大熊の死骸。

 リノはその巨体を、丸ごと【収納】。

 スキルは通常、使用するごとに効果が強力になり、身体能力の上昇量も増加する。

 鍛え続けたリノの収納は、命を持たないモノなら何でも持ち運べるまでになっていた。


「よし、これで完璧。じゃあランちゃん、一緒に王都まで帰ろう?」


 ごく自然に、ランの薄汚れた小さな手を取る。

 握った手から伝わるリノの温もり。

 それはまるで、遠い日の母の温もりにも似て。


 ぐうぅぅぅぅぅぅ……。


「へ? 今の音……」


「あ、あわわわわ……。ごめんなさい、私です……」


 張り詰めた気持ちが緩んでしまったからか。

 ランの腹の虫が、盛大に声を上げた。


「お腹空いてるんだ」


「それはあの、わたし三日間も彷徨ってて……。その間になけなしの食糧も底を尽き……」


「み、三日!? 三日も飲まず食わずで洞窟に!?」


「慣れてますから」


 そんな状況に慣れているだなんて。

 リノは思わず涙ぐむ。


「ランちゃん、いいんだよ! 洞窟を出たら腕によりをかけて、いっぱい美味しいもの作ってあげるから! 遠慮なんてしなくていいからね!」


「で、でも悪いですよ……。助けてもらってばかりで、わたし……」


「いいからいいから。よし、そうと決まったら早く出よう」


「は、はいっ……」


 リノに手を引かれて、登り階段を上がっていく。

 そんなランの表情は鉄仮面に隠れて見えないが、ライナは一つの確信を持っていた。


『……さすがはリノ、ありゃあ落ちたね』



 二日後、二人は王都へと戻り、そこでリノはアリエスから衝撃的な報せを耳にする。


 バルトが、行方不明になったと。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ