87 アリエスのこれまでとこれから
『見事に三人ともモノにしちゃったね。やるじゃん色女、このこの。さすがあたしの見込んだ女、ハーレム作れると信じてたよ』
「うっさいな」
晴れてミカとも恋人同士となったリノ。
全員公認の三股となってしまい、嬉しさ半分不安半分といった心情。
脳天気な相棒をあしらいつつ、彼女は久々の我が家へと戻ってきた。
「ただいまー」
先に帰っているはずのアリエスに帰宅の挨拶をしつつ玄関扉を開けると、懐かしくも安心する我が家の匂いが出迎える。
おかえり、の声は帰ってこず、アリエスはテーブルに体を預けて寝息を立てていた。
「……寝ちゃってる。そっとしといた方がいいよね」
『ヒュー、さすがの心遣い。モテる女は違うねぇ』
「あんた、収納するよ?」
起こさないよう、アリエスの隣の椅子をそっと引き、静かに腰を下ろす。
魔女帽を脇に置き、すやすやと眠るアリエス。
サラサラの白い髪を撫でながら、リノは彼女の寝顔を見守った。
▽▽
雪の積もった森の中を、二人の幼い少女が行く。
一人は赤茶髪の少女。
木の枝を片手に元気いっぱい突き進む。
もう一人は雪のように白い髪の儚げな少女。
赤茶髪の少女に手を引かれ、俯きながらトボトボと歩いていた。
「リノ、やっぱり帰ろう……。こんなとこに来るの、危ないよ……」
「へいきだよ、アリエスちゃん。この辺りには危ないまものはいないって、みんな言ってるもん。私もひとりで来たことあるんだよ」
「そ、そうなんだ。やっぱりリノ、凄いね」
アリエスに褒められ、リノは得意げに笑う。
「にひひ、でしょでしょ。だって私、すごい冒険者になるんだもん! スキルをさずかったら、王都に行ってギルドにはいるんだ!」
「もうそれいっぱい聞いた。でも、そうなったら私、リノに置いてかれちゃう……?」
「大丈夫! ずっと私が、こうしてひっぱってってあげるから! だから、ずっと一緒だよ!」
「……うん」
内気で引っ込み思案な少女にとって、幼馴染で親友のリノはまさに太陽だった。
彼女の笑顔に、アリエスはいつも勇気づけられる。
「とうっ、とうっ!」
アリエスの手を引きながら、リノは木の枝を振り回す。
雪の積もった草木にぺちぺち叩きつけ、パラパラと白い粒が舞った。
「リノ……、その木の枝、今日も剣のれんしゅう?」
「うんっ。強くなってドラゴンやっつけるの!」
「それもいっぱい聞いた。でもリノなら、きっとドラゴンもやっつけられる」
百年に一度出没するかどうかという魔物、ドラゴン。
その甲殻はミスリルよりも硬く、吐き出す火炎は最上級魔法に匹敵するという。
アリエスは知識として、そのことを知っていた。
知った上で、リノならやっつけられると本気で口にした。
「だって、リノは凄いもん」
「にへへ、あ、ほら、もうついたよ!」
木の枝を放り捨てて、進行方向を指さすリノ。
彼女に連れられるまま、森を抜けて開けた場所に出ると、アリエスは赤い瞳を輝かせた。
「わぁ……」
そこは、村を一望出来る崖の上。
村から森の中をぐるりと回り込んで辿りつける、リノが見つけた秘密の場所。
視界いっぱいに広がるのは、村の家々とそれを囲む平原中に降り積もった雪が織り成す、一面の銀世界。
雲の切れ間からは陽光が差し込み、連なる峰の白い斜面を照らして幻想的な輝きを放っていた。
「えへへ、どう? これを見せたかったの!」
「うん……、きれい。とってもきれい。ありがとう、リノ。私一人じゃ、ここまで来れなかった。来ようとも思わなかった」
絶景をプレゼントしてくれたリノの暖かな手を、ぎゅっと握る。
アリエスの胸に秘めたリノへの想いが、少しずつ大きさを増していく。
(いつも私を守ってくれて、一人ではいけない場所に連れていってくれて、知らない景色を見せてくれる。きっとリノなら、立派な冒険者になれる。だから私は、ずっとリノの側でリノを応援し続ける。ずっと、いつまでも——)
▽▽
「……ん」
夢を見ていた。
まだ幼い頃の、大切な思い出の夢。
思えばあの頃から、あれよりも前から、ずっとリノが好きだった。
「アリエスちゃん、起きた?」
「……リノ? そっか、もう帰ってたんだ」
突っ伏していた上半身を起こし、凝った体をほぐすために伸びをする。
隣に座るリノの笑顔は、あの頃と何も変わらない。
けれど、何も知らなかったあの頃から、随分と色々なことがあった。
「ねえ、リノ」
「うん?」
「好き。大好き。愛してる」
「な、何さ、突然。面と向かって言われると照れちゃうよ……」
「私はずっと昔からリノのことが好き。好き……っ」
彼女の胸の中に飛び込み、想いの丈を吐き出す。
本当は、リノのことを独り占めしたかった。
ランのことが大事だから、ミカのことも認めたから、そう思って受け入れたリノの三股。
「私がこの世で一番、リノのこと好きなの……! 誰にも負けないくらい、大好きなの……っ!」
リノは絶対に自分を捨てない。
頭では分かっていても、二人にリノを奪われるんじゃないかと思うと、心が掻き毟られる。
昔の夢を見たからだろうか、自信が持てない臆病な自分が顔を出してしまった。
「……ありがとう」
弱気になってしまったアリエスを、リノは優しく抱きしめる。
いつも飄々としているように見えるが、アリエスが今の性格になったのはスキルを授かってから。
きっとまだ、根は引っ込み思案のまま。
近くで支えていてあげないと折れてしまう、あの頃の気弱な少女のままなのだ。
「ずっとずっと、私のことを好きでいてくれてありがとう。冒険者になれなかった私を見捨てないでいてくれて、ずっと側にいてくれて」
それでも、折れそうになったリノを支えて、かつてのリノのように前を歩いて引っ張ってくれた。
リノがいつか冒険者になれると信じて、夢を叶えると信じて寄り添っていてくれた。
「いっぱいいっぱい感謝してる。ありがとう、これからもずっと一緒だよ」
顔を寄せて、唇を奪う。
彼女の気持ちが少しでも安らぐように。
いつも通りの彼女に戻る手助けが出来るように。
「んっ……ちゅっ。大好きだよ、アリエスちゃん」
「……ずるい。やっぱりリノはずるい」
ぽふん、と胸元に頭を寄せ、耳まで赤くなった顔を隠すように押し付ける。
「でも好き。いっぱい好き。こんなに私を好きにさせたのだから責任取るべき」
「責任って、結婚? もちろんするつもりだけど」
「……っ! 本当にずるい」
いつも無表情な少女が浮かべる、笑顔と泣き顔が複雑に入り混じった表情。
何を考えているのか筒抜けなこの顔を、リノだけには見られないよう、彼女はぐりぐりと頭を押しつけ続けた。
本日から四日間、ノクターンの方に番外編を投稿します
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