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84 そして、勇者に見捨てられたパーティーの荷物持ちは最強のドラゴンスレイヤーとなる




 時間をかけてでも首飾りの外へ出られれば良いなどという楽観的な考えを、レイドルクはすぐに改めた。


「な、なんですか、こいつらは……っ!」


 背後から這い寄るその存在。

 気付いた時には既に、無数にある腕の一つがレイドルクの二の腕をしっかりと掴んでいた。


 それは、一言で形容するならば、顔と腕が大量に生えた青白い肉塊。

 まんべんなく全体に張り付いた顔は、みな苦痛に歪み、眼孔は黒く窪んで瞳が見当たらない。

 彼らは虚ろに開いた口から呪詛の籠った呻きを上げ、新たに招かれた罪人を自分たちの一部にしようと迫る。


「ま、まさかこれは、あの時の龍殺しの言葉の意味は……!」


 たっぷりと使い古された、怨念の籠った首飾り。

 大量に封じられた魂が、怨念の塊となって変質し、結合し、このような異形の姿となり果てていることを、彼は理解した。


 掴んだ腕を振りほどこうと抵抗を試みるが、魂の強さとは肉体ではなく思いの強さ。

 その思いがプラスにしろマイナスにしろ、強い方が勝つ。

 そしてこの怨念の塊は、負の感情の強さにおいて他の追随を許さない。


「離れない……っ、くそ、離しなさい! 私は、あなた達の仲間になど……」


 抵抗も空しく、無数の手がレイドルクの体中を掴み、凄まじい力で体内に引き摺りこんだ。


「あぁぁぁっ、う、うあああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!」


 初めて抱く後悔と、心からの恐怖の叫び。

 どす黒い怨念がレイドルクの魂を浸食し、別の存在として塗り替える。

 塗り潰して、上書きして、レイドルクという存在を消滅させていく。


「嫌だっ、私は、私は消えたくないっ! 死にたくないぃぃっ!!」


 必死にもがき、足掻き、肉塊から何とか顔だけを出して叫ぶ。


「助けてぇっ、誰か、誰かァァァァァッ!!」


 しかし、誰も助けない。

 助けるはずもない。

 彼の魂はすでに半分が上書きされ、自分という存在が消滅していく恐怖の中、レイドルクは絶叫した。


「嫌だぁ、私が、私が消えていくぅぅっ!! 私が、龍神であるこの私が、こんなぁぁぁぁっ! 嫌、嫌アァァァァァァァっ!!! あぁぁぁぁ……ぁぁ……」


 肉塊から飛び出していた彼の顔が、他の顔と同じ、虚ろなものへと変わっていく。

 怨念がレイドルクという存在を浸食し、塗りつぶし、上書きしていく。


 しかし、彼は消えなかった。

 魂の質が人間とは違ったからなのか、完全には混ざりきらず、ほんの一欠片だけレイドルクという存在は残った。

 消えたくないという望み通り、彼は消滅を免れたのだ。

 だが、それは果たして幸運だったのだろうか。


「いたい……、くるしい……、私は誰だった? わからない……、くるしい、くるしい……」


 怨念の塊の中でわずかな自我を保ち続け、永劫の苦痛にのたうち続けることと、どちらが幸せだったのだろうか。


 龍神を飲み込んだ怨念は、彼が来る前と変わらず、呪詛を吐き散らしながら首飾りの中を這いずり続ける。

 これからもずっと、永遠に。



 ▽▽



 収納を発動した瞬間、リノは確かに見た。

 レイドルクの魂が、首飾りに吸い込まれる瞬間を。

 彼の肉体は急速に腐敗を始め、骨も残らず風化していく。


「は、ははっ、ざまあみろ……っ」


 力なく笑いながら、青い首飾りを収納。

 その途端、蒼紅の光彩がブラウンに戻り、リノの体は糸が切れた人形のように倒れ込んだ。


「リノ……っ!」


「リノさん……!」


 駆け寄ったアリエスとミカが、彼女を助け起こす。


「だ、大丈夫、そんなに心配しないで……。ちょっと疲れた、だけだからさ……」


 泣きだしそうな顔の二人に心配をかけまいと笑いかけるも、体中を苛む激痛と疲労に耐えきれず、そのまま彼女は意識を手放した。




「ん、んんっ……?」


 目を覚ますと、そこは白い壁と天井の見知らぬ部屋。

 薬品棚や医学書が並んでいる、どうやら医務室らしい。

 そしてリノは、小さなベッドの上に横たわっている。


「リノさん! リノさん、目を覚ましたんですね!」


 ベッド脇、左側に腰掛けていた純白のドレスの姫君が、リノの手を取って涙ながらに叫ぶ。

 彼女の後ろからは、白い法衣を着た金髪ロールの少女がリノを覗きこみ、安堵のため息を吐いた。


「良かった……。リノさん、丸一日以上、眠っていたんですのよ?」


「ランちゃん、ミカちゃん……。私、そんなに長く寝てたの……?」


「そうですのよ。あの決戦から二日、今は朝の九時ですわ。……もう、このまま目が覚めないんじゃないかって、わたくし、わたくしっ」


「回復魔法をかけてもらっても、ずっと意識が戻らなかったんです。すっごくすっごく、心配したんですからね……?」


「……ごめんね、二人とも。いっぱい心配させちゃったね」


 目尻に涙を溜めたミカとラン。

 二人に謝るために体を起こすと、逆サイド、ベッドの右側から細身の少女が抱きついた。


「リノ……。終わったらご褒美くれるんじゃなかったの……? ばかっ」


「アリエスちゃん……。大丈夫だよ、私はいなくならないから。約束は絶対守るから。ね?」


「……うん。でも、しばらくこうしていたい。リノと離れたくない……」


 リノの胸に顔を埋めるアリエスは一見無表情に見えるが、目には涙の跡が痛々しく残っている。

 三人にはどれだけの心配をかけてしまったのか。

 自責の念に駆られると同時に、心に根付いた決意は更に大きくなった。

 ミカとランにも、想いを全て伝えよう。

 受け入れて貰えるかは、分からなくても。



 ▽▽



 街中で暴れていた龍人たちは、オルゴ率いるフォートレスを始めとした冒険者、実戦復帰したギルドマスター、そして助太刀に駆け付けたポートらの活躍により、一匹残らず駆逐された。

 ランの探知でも、王都に存在する龍人の数はフィアーただ一人だけ。


 龍人は倒されても、住民の不安は拭い去られてはいない。

 ランに対する不信感を抱いている者も、まだ大勢いる。

 いつローメリアのようになるかも分からない、非常に不安定な情勢だった。


 龍や龍人によって破壊された街並み、特にアドラメレクが暴れた東区画の被害は甚大。

 廃時計台周辺に至っては、無事な家屋を探すほうが困難な有様だった。

 そんな傷痕深い王都を、龍殺しの英雄は王城のベランダから眺めていた。

 景色を見回しつつ、首飾りの中の相棒と言葉をかわす。


「……なんかさ、終わったって気分じゃないよね。やることまだまだ山積みって感じ」


『まぁな。レイドルクの野郎は地獄に叩き込んだけど、それで龍人が絶滅したわけでもなし』


「でも、復讐——龍人への復讐に、ちゃんと区切りは付いた?」


『……村のみんな、エルザ、リズ、……あと、レクスも。他にも大勢の人々が奴に、レイドルクに奪われた。殺せば戻ってくるってわけじゃないけどさ、区切りは……。うん、区切りは付いたよ』


「……そっか。じゃあひとまず、お疲れ様だね」


『ああ、お疲れ。そして、これからも頼むよ、相棒』




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