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83 荷物持ちに取り憑いたドラゴンスレイヤー、宿敵を地獄に叩き込む




 顔面を業火に覆われ、迎撃もままならないアドラメレク。

 その肩口を目がけ、渾身の一刀が振り下ろされた。

 全体重と推進力、全身の全ての力を込めた炎の一太刀。

 左肩口から斜めに傷を刻み、胸板、鳩尾、右脇腹へと抜ける。


「ぐっ、ガアアアァァァァァァッ!!!」


 袈裟掛けに刻まれた傷から大量の血を雨のように噴き出し、レイドルクは絶叫を上げた。


「へへ、ざまあみろってんだ……」


 魔龍の腰付近、地上三十メートルの高さから落下しながら、ニヤリと口角を上げるライナ。

 リノの体にかかっていたディバインアクセラーの効果が消滅し、その全身を激痛が襲った。


「うっ、ぐぅぅ……っ!!」


 絶大な効果と引き換えに術者の魔力を吸い尽くして行動不能に陥らせ、対象となった者にも、効果終了後に肉体の限界を越えた代償が大きなダメージとなって降りかかる。

 本来ならば禁じ手とされている危険な魔法をミカが使ったのも、全てはリノの命を救うため。

 やむを得ず取った、最後の手段だった。


「さぁて、仇は討てそうだけど、げほっ、相討ちは笑えないねぇ……」


「……大丈夫だよ、ライナ。私は、ごほごほっ、……あの娘を、信じてるから」


 このままでは着地も受け身も出来ず、地面に叩きつけられて命を落とすだろう。

 だが、リノは信じている。

 信頼する幼馴染が、恋人が、必ず助けてくれると。


「リノっ!」


 箒に乗ったアリエスが、ぐったりとしたミカを後ろに乗せ、地表スレスレを猛然と突っ込んでいく。

 リノが地面に激突する寸前、アリエスは彼女と交錯し、その体を抱き留めた。

 二人乗りの箒は、そのまま重量オーバーで地上に不時着。

 三人の少女が投げ出され、地面をゴロゴロと転がる。


「けほけほ……、あ、アリエスさん、無茶しますわね……」


「リノのためなら、こほっ、このくらい、げほげほっ」


 体のあちこちを擦り剥いてしまったが、二人とも命に別条は無い。

 そしてリノも、震える足で立ち上がり、未だ息のある敵に向き直る。


「あ、ありがと、アリエスちゃん……。信じてたよ……」


「えっへん。あとでご褒美、いっぱい頂戴」


「うん。アイツを、地獄に叩き込んだ後で、ね」


 魔龍の巨体が急速に縮んでいき、燕尾服の男の姿へと戻った。

 顔面は炎で焼け爛れ、胴体を深々と斬り裂かれて血を垂れ流す。

 明らかに致命傷、もう長くはないだろう。


「ふ、ふふっ、まさかここまで手酷くやられるとは意外でした」


「意外だからなんだってんだ? 褒められても嬉しくないんだけど」


 リノもまた、満身創痍。

 曲刀を握りしめ、一歩一歩近付いていく。


「素直に驚いているのですよ。だからこそ惜しい。本当に惜しい。貴女が憎き仇を討てないことが、ねぇ」


「……どういう意味だ? この期に及んでまだ、あたしらを殺す手段があるってのか?」


 警戒を強めつつも、なお距離を詰める。


「いえいえ、とんでもない。もう私に残された手はございません。貴女達に殺される他に、道はありませんので」


「はぁ? さっきから何を言っているのかさっぱりだね、人間の言葉で話して貰おうか」


「簡単なことですよ。貴女は恨みを晴らせない。まず第一に、私は痛みを感じない。これほどの重傷、普通ならば痛みでショック死してもおかしくないでしょう? よって私をいたぶっても、まったくの無意味です」


 ハッタリか否か、リノの下した判断は、真実。

 残念ながらレイドルクは本当のことを言っている。


「第二に、これが最大の理由です。私を殺しても、なんの意味も無いのですよ。私のパッシブスキル【リィンカーネイション】の効果によってね」


「リィンカーネイション? 聞いたことないスキルだな……」


「このスキルの効果は、私が命を落とした際に発動されます。記憶を保持し、レイドルクという存在のままで生まれ変わる。何度も、何度でも。そうやって私は永劫の時を生きてきたのです。もうお分かりでしょう? 私を殺すことは、事実上不可能なのですよ!」


 勝ち誇り、高笑いを上げるレイドルク。

 黙って殺されても良かったところをわざわざ教えたのは、龍殺しに敗北感を植え付けるため。


 永遠に輪廻を繰り返し、記憶を保持し続け、またレイドルクとして蘇り、殺戮と悦楽の限りを尽くす。

 それが超越者たる彼に与えられた特権。

 かつて神から授けられた、龍神アドラメレクの最大の武器だった。


「悔しいですか? さぞ悔しいでしょう!」


 歯噛みして悔しがっているだろう龍殺しの顔色を、愉悦に浸りながら見やる。


「……だってさ、リノ」


「ふぅん、まあ関係ないよね。どのみち、コイツは殺すだけで済ますつもりなかったし」


「まったく、こんなところで決め手になってくれるとは。分かんないもんだねぇ」


 しかし、彼女たちの表情は変わらない。

 不倶戴天の仇敵を葬れる、地獄の苦しみの中に叩きこめる悦びに満ちている。


「……なんのつもりです。全ては無駄だと、今分かったでしょう」


「そっか、分かんないよね。だったら教えてあげる。今度はそっちが絶望する番だって」


 リノが収納を発動。

 二度と取り出すつもりはなかった、呪われた青い首飾りをレイドルクに突き付ける。


「そ、れは、吸魂の首飾り……!」


「ご名答。しかもコイツはあたしのみたいに新品じゃない。たっぷりと使い古された、怨念たっぷりの代物さ」


「理解したみたい。見てよライナ、アイツの顔引きつってる」


 レイドルクは全てを理解した。

 理解してしまった。

 もはや自分に、転生という逃げ道は残されていないということを。


「あっ、あぁぁっ……」


「やっと余裕が剥がれたねぇ。見たかったのはその顔さぁ」


 首筋に曲刀を突き付け、ライナは愉悦に顔を歪める。


「た、頼みます、封印だけは……! 封印されてしまえば、私は——」


「分かったよ、痛みを感じないんだもんな。だからサクっと殺してやるよ」


 痛みを感じるのなら、拷問してから殺すところだったが。

 無駄だと分かった以上は、一刻も早くコイツを死すら生ぬるい場所に叩き落とすだけだ。


「地獄に堕ちろ、このクソ野郎ッ!」


 スパァッ!


 切っ先を振るい、首を斬り落とす。

 頭部と胴体が分かたれ、絶命した肉体から魂が抜け出すその瞬間、左手に握った首飾りを突き出して収納を発動。


『う、うああああああぁぁぁぁぁあひぃぃぃぃぃぃッ!!?』


 レイドルクの魂は、青い宝玉の中へと吸い込まれていった。



 暗い暗い暗黒の空間に、レイドルクの魂は放り出された。

 右も左も、上も下も分からない。

 唯一分かるのは、ここが吸魂の首飾りの内部だということだけ。


「わ、私が封印されてしまうとは……。ですが、まだチャンスはあります。宝石が破壊されれば囚われた魂は解放される」


 魂だけになったとしても、龍人へのテレパシーは使用可能。

 外にいる龍人たちに呼びかけて、首飾りを破壊させればいい。


「いくらでも時間はあるのです。再び出られるその時を、気長に待ちましょう。もっとも、悠久を生きた私にとっては短い時間でしょうがねぇ」


 この期に及んでも余裕を崩さず、脱出の算段を整えるレイドルク。

 彼は未だ気付いていない。

 背後から忍び寄る無数の手の存在に。

 そして、自分が自分でいられる時間が、残りわずかだということに。




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