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82 少女と龍殺し、死力を尽くす




 回避の弱点を突く。

 そう宣言し、レイドルクは両手のひらをリノへと向けた。


『何か仕掛けてくる気だ、用心しろ』


「心配しないで。どんな速度の攻撃が来ても、絶対に回避しきってみせるから」


「くくくっ、果たしてそう上手くいきますかねぇ」


 相棒に言われるまでもなく、警戒は怠らない。

 かざした手から何が来るのか。

 いつでも動き出せるよう備えていた体が、なんの前触れもなく、何十倍、何百倍にも重さを増した。


「な、なにっ……、これ……!」


 地面に圧し付けられる圧迫感。

 脚が震え、立っていることすら困難になり、ついには膝をつく。


「アースプレッシャー。これが貴女の【回避】に対する回答です」


 リノだけではなく、周囲百メートルの道路が砕け、家屋が潰れ、地面が陥没していく。

 地面に両手をつき、もはや敵の顔を見上げることも叶わない。


「回避の弱点は範囲攻撃に弱いこと。さらに身動きも封じてしまえば、もう逃げられませんねぇ」


 とうとうリノは地面に倒れた。

 体がミシミシと悲鳴を上げ始め、地面と重圧に挟まれて呼吸すら困難になっていく。


「あぐっ、あああぁぁぁぁぁ……っ!!」


 絞り出すような悲鳴と共に、口から血反吐が飛び出した。

 ただ動きを封じるだけのグラビティバインドとは違う、殺すための攻撃。

 このままでは間違いなく圧死してしまう。

 打開策を講じようにも、あまりの重圧に指の先すら動かせない。


「このまま放っておいても死ぬでしょうが、それでは留飲が下がりません。じっくりと弱火で焼け死んでもらいましょうか」


 アドラメレクの口が開き、喉の奥に魔法陣を展開。

 炎が集束し、火炎弾となって放たれる。

 人を一人、じっくりと時間をかけて焼き殺すために火力を抑えた炎だが、今のリノにとっては致命の一撃となる。


「終わりです、龍殺し。器を殺した後は、今度こそ誰も立ち入らない秘境に封印して差しあげましょう」


 迫る火球を前に、リノはどうすることも出来ない。

 弱弱しく微笑みながら、相棒に呼びかけることしか。


「ご、ごめん、ライナ……。私、何も出来なかった……っ」


『諦めるな! まだ、まだ何か手は——』


「仇、討てなくって、ごめんね……」


 一筋の涙が頬を伝う。

 全てを諦め、静かに目を閉じたその時。


「アイスシールド」


 リノと火球の間に、氷の壁が出現した。

 火球は氷壁に激突し、お互いに消滅。


 防御壁を張ったのは、箒に乗った黒いローブに魔女帽の少女。

 箒の後ろには、白い法衣を着た金髪の少女も乗っている。


「な、なんとか間に合ったみたいですわ!」


「リノ、今助けるから」


「……やれやれ。うるさいコバエが二匹、やってきましたか」


 両手をリノにかざして重力波を放ち続けながら、魔龍の真紅の眼が闖入者ちんにゅうしゃを睨む。

 凄まじい殺気にも怯まず、アリエスの杖が敵へと向けられた。


「エクスプロージョン!」


 一瞬の閃光の後、アドラメレクの眼前で大爆発が巻き起こる。

 しかし、爆炎が晴れると敵は全くの無傷。


「うん、想定内。でも、なんとかあの重圧やめさせないとリノが死んじゃう」


「何か、考えはありますの?」


「無い。だから連発する」


 フレイムランス、アイスニードル、ブリザード。

 あらゆる魔法を、魔力を惜しまず次々とぶつけていくが、全ては徒労に終わる。

 ダメージどころか、怯ませることも、瞬き一つさせることすら敵わない。


「無駄無駄、無駄なのですよ! あなた達は大人しく、龍殺しが死ぬ様を見ていなさい」


「ダメ、なの……? リノが死にそうなのに、やっぱり何も出来ないの? 私……」


「……いえ、アリエスさんのお陰で、突破口が見えましたわ」


 背後に座るミカの言葉に、アリエスは目の色を変えて問いただす。


「突破口って何。教えて。勿体ぶらずに早く」


「わ、分かってますわよ。……ここまでレイドルク、ずっと反撃を仕掛けてきませんわ。アリエスさんの魔法を喰らうがまま」


「それは効かないからでしょ。避けるまでもない」


「それでも、反撃すらしないのは不自然ですわ。魔法を収納して打ち返すこともできるのに。思うにあの重力波、両手を揃って向けてないと使えないのでは?」


「えっと、つまり……?」


「わたくしたちに、妨害は飛んでこない。そういうことですわ」



 咳き込みながら口から血を吐き出し、体中の骨が軋み始める。

 このままでは全身の骨が砕かれ、命を落とすのも時間の問題。

 とうとう意識が遠のき始めたその時、リノの耳にミカの叫びが届く。


「リノさん、今すぐ助けますから!」


「ミカ……ちゃ……、げぽっ!!」


 ミカを乗せたアリエスが、箒をリノに向けて真っ直ぐに飛ばす。

 このままでは二人も重力波に捕まってしまう。

 来ちゃダメ、逃げて、叫ぼうとしても肺に空気が入らず、口から出るのは咳と血だけ。


「射程距離、本当にギリギリですから。見極めてくださいまし!」


「心得た。私は捕まらないし、リノは絶対死なせない」


 重力波の範囲は、リノの周囲百メートル。

 これからミカが放つ補助魔法の射程距離と、ほぼ同じだ。


「おやおや、何をしようとしているのでしょうか。何にせよ、早く潰れてしまいなさい!」


「うがっ……ぁぁっ……!!!」


 重力波がさらに強められた。

 リノの命はもう数秒と持たない。

 このタイミングで、アリエスの箒が重力波の範囲ギリギリに到達。

 急旋回しながらミカに合図を送った。


「今っ!」


「了解ですわ! リノさん、受け取って!」


 全身から絞り出した魔力を凝縮し、光に変えて手のひらから放つ。


「ディバインアクセラー!!!」


 ミカの全魔力を込めた黄金の光が、真っ直ぐにリノへと飛ぶ。

 段々と減衰していく光は、消滅する寸前で彼女の体に吸い込まれた。


「や、やりましたわ……」


「おっと、ミカ、落ちないでね」


 魔法力を使い果たし、ぐったりとアリエスにもたれかかる。

 レイドルクから離れつつ、アリエスは小さく呟いた。


「……上出来。リノの側にいること、認めてあげる」



 ミカから放たれた光がリノに吸い込まれた次の瞬間、レイドルクは我が目を疑った。


「……なんですと?」


 何故ならば、瀕死の重傷を負っていたはずの、身じろぎすら出来ないはずのリノが両の足で立ち上がり、真っ直ぐにこちらを睨みつけたのだから。


「ありがとう、ミカちゃん、アリエスちゃん。もうコイツには、負ける気しない」


 ミカが放ったのは、使用者の全魔力と引き換えに対象の全能力を十倍以上にまで高める、最高位の補助魔法。

 圧死するほどの重圧をものともせず、リノは走り出す。


「これはこれは……、まさかあの小娘があのような魔法を。実に面白い」


 もはやアースプレッシャーを続けても無駄。

 そう判断した魔龍が重圧を解除した瞬間、リノの姿が消えた。


「……何?」


 刹那、アドラメレクの巨腕に深い切り傷が走る。

 超重力から解放された途端、彼女は風魔法の加速に乗って一瞬で腕へと到達。

 鋭利な風の刃と【龍殺し】の合わせ技で、敵の腕を深々と斬り付けた。


「アリエスちゃん、大火送葬グランクリメイションお願い!」


 攻撃後、リノは腕から落下しながらアリエスに呼びかける。


「え? でも効かないと思う」


「敵じゃなくて、私に撃って!」


「……分かった」


「ちょ、正気ですの、お二人とも!」


 アリエスは方向転換しつつ魔力をチャージ。

 密かに繰り返していた特訓のお陰で、発動までの時間は格段に短縮されている。


「正気。リノが言うんだから間違いない。私はリノを信じてるから」


「……はぁ。時々心配になりますわ」


 二人の間にある無条件の信頼。

 羨ましいと思いつつ、危なっかしくも思う。


 墜落するリノに対し、魔龍の巨腕が振るわれるが、彼女は風魔法の逆噴射によって落下速度を調整。

 薙ぎ払いは空振りし、逆にリノの反撃を受けて手首を斬り刻まれた。


「ぐっ、やりますねぇ!」


 クルクルと回りながら着地したリノ。

 アリエスは彼女に向けて杖を向け、自身の最強魔法を放つ。


「いくよ、リノ! 大火送葬グランクリメイション!」


 全てを焼き尽くす、凄まじい威力を秘めた火球。

 真っ直ぐに飛び来たったそれに、リノは左手をかざした。


「収納っ! よし……っ、ありがとう、アリエスちゃん」


 大火球は嘘のように消滅。

 レイドルクに魔法の収納が出来るのなら、自分にも出来るはず。

 彼女の読みは見事的中した。

 そして。


「ライナの【龍殺し】、頼みにしてるよ」


『おう、任せとけ。ここから先、剣の方はあたしがやるよ』


「うん。収納と回避は私が担当するから」


 風を纏って、敵の顔面を目がけ飛び上がる。

 真っ直ぐに向かってくるリノに対し、レイドルクは火球を連発。

 剣と魔法を担当するライナが曲刀をかざすと、分厚い氷塊が前方を覆った。

 恐るべき威力を持つ火炎弾でも、強化された魔力で作られた氷は溶かせない。

 勢いを弱めることなく、リノは真っ直ぐに突っ込んでいく。


「中々に硬い、ですがそう簡単には……」


 喉奥に展開した魔法陣が、緑へと変わる。

 口から吐き出されたのは暴風。

 逆巻く風がリノの体を吹き飛ばす。


「無駄無駄、あんたはもう詰んでるんだ」


 土の魔法剣を展開、ライナは足下に岩盤を次々創り出し、空中を駆け上がっていく。

 敵を見下ろす高度まで昇ったところで、リノが左手をかざした。


解放リリースっ!」


 収納でキープしていた大火送葬グランクリメイションが放たれ、アドラメレクの顔面目がけて突き進む。


「そちらこそ無駄です。そんな小娘の魔法、この私には——」


「あんた、何か勘違いしてるみたいだね。あたしの【龍殺し】について」


 効くわけがない、そんな慢心から、防ぐことなく無防備に受けるアドラメレク。

 その顔面が獄炎に包まれ、凄まじい炎が甲殻を焼き、魔龍は業火の中で絶叫する。


「な、何故ッ!? 私にこんなっ、効くはずがぁぁぁっ!!」


「【龍殺し】は剣だけに適用される訳じゃない。あたしの攻撃全てに効果が乗るんだ。一度【収納】で吸収した魔法も、どうやらあたしの攻撃として判定されるみたいだねぇ」


 地獄の炎に顔面を焼かれ、致命的な隙を晒したレイドルク。

 ライナは風の魔法剣で方向転換。

 勢いを付けて敵へと突っ込みながら、最後にフレイムエッジを発動。


『「こいつで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁッ!!』」


 刀身を白い炎が包み込み、魔龍の肩口に到達した瞬間、全身全霊の力を込めて斬り込んだ。




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