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81 魔龍、その本性を現す




 シルクハットを外し、溶け折られた仕込杖も投げ捨てると、レイドルクの纏う雰囲気が一変する。

 全身から発する気配が、今まで遭遇してきたどの龍とも違う、得体のしれないものへと変わる。

 圧倒的な力の迸りに、対峙するリノの頬を一筋の汗が流れた。


「ね、ねえライナ。聞いてもいい? あんたさ、昔コイツの龍形態を見たんだよね」


『あぁ、見た。あん時は無我夢中だったねぇ、まったくどうして死なずに済んだのやら』


 苦笑交じりに答えるライナ。

 あの日、初めて自分のスキル【龍殺し】の効果を知った、そして故郷を失ったあの忌々しい夜。

 自分とエルザを、ヤツは殺さなかった。

 ひたすらにいたぶり、恐怖を煽り、心を折ったところで喰らうために。

 その慢心が命取りとなり、一瞬の隙を突いたおかげで、何とか逃げ延びることが出来たのだ。


「見たんならさ、いつもみたいに教えてよ。アイツの龍形態の名前と得意技、あと弱点」


『……悪い、いくら調べてもアイツの龍形態の詳細は分からなかったんだ。弱点も得意技も、さっぱりさ』


「なるほど、これは苦労しそう。……っていうか、このままここにいるのヤバい!」


 全身を膨張させ、変貌を始めたレイドルク。

 その体は見る見る膨れ上がり、リノは身を翻して走り出した。


「騎士団の皆さん、遠くに逃げて! うんと遠くに!!」


 遠巻きに見守っていた騎士団員に呼びかけながら、膨張する巨体から距離を取る。

 間近にいたままでは、膨らみ続けるその体に押し潰されてしまうだろう。

 龍と化していくレイドルクは、それほどまでに巨大で、そして強大。


「わ、わたくしたちも逃げますわよ!」


「ラン、箒に乗って。安全な距離まで離れる」


「は、はいっ!」


 王都中央の方角へと後退する騎士団の中、アリエスたちも共に撤退。

 ガブリエラとウリエがフィアーに肩を貸し、アリエスはランを箒に乗せて、いち早く安全圏へと送り届けた。


 敵から五百メートルほど離れた地点で騎士団は後退を停止。

 彼らに混ざって、ミカは不安げに背後を振り返る。


「リノさん……。わたくしたちとは逆方向に行ってしまいましたわ」


「きっと私たちが逃げる時間を稼ぐため。リノはそういう人。でも、私はリノを一人で戦わせたくない。ミカもそうでしょ?」


 騎士団にランを預けたアリエスが、再び箒を浮かせて飛び乗った。


「もちろんですわ」


 彼女の問いに、ミカは決然と頷く。


「……合格。ミカのこと認めてあげる。さ、早く後ろに乗って」


「あ、あのっ、アリエスさん! わたしも……」


 自分だけが何もしないなんて耐えられない。

 そんな想いからランも同行を申し出るが、ミカは軽く微笑み、姫君の頭を撫でる。


「お姫様が前線に出るものじゃありませんわ。ランさんはここに残ってくださいまし。そして、わたくしたちの勝利を願っていて」


「そう、耐えることも戦い。ランが応援してくれるなら、私たちは絶対負けない。一人も欠けることなく戻ってくるから」


「耐える……。そう、ですね。王族として戦うって、そういうことですよね」


 不安げな表情を引き締め、王族としての覚悟を持って告げる。


「お二人とも、ご武運を。どうかリノさんを、助けてあげてください」


「任された。可愛い妹の頼み、お姉ちゃんとして聞いてあげる」


「安心して任せてくださいまし」


 アリエスの後ろにミカが飛び乗ると、箒は急発進。

 ランは気丈な表情を崩さず、一切の涙も見せず、死地へと向かう二人を見送った。



 ▽▽



 騎士団とは反対の方向へ、リノは走る。

 レイドルクはずっとこちらに視線を合わせたまま。

 敵の注意がこちらに引いているならば、それを逆に利用し、みなが安全な場所まで逃げる時間を稼ぐ。

 十分に距離を取ったところで反転、曲刀を構え、巨大な敵と向かい合った。


「……ねえ、ちょっと笑えないんだけど」


『あぁ、こんなにデカかったかなー。なんせ二百年以上前だし、にしても半端ないね』


 変貌を終えたレイドルクの身長は、廃時計台とほぼ同じ。

 つまり、軽く六十メートル以上。

 全身を黒紫の甲殻が覆い、直立二足歩行の体付きは人間に近い。

 頭部には太くねじれた二本の角、赤い瞳が妖しい光を宿す。

 長い口吻は、龍というより獣のそれに思えた。


「驚きですかな? 私のこの姿、見せたのは久しぶりだ。前に変化した時はそう、戯れに小さな村を滅ぼした時でしたか。あれ以来厄介な龍殺しに付き纏われてしまって、縁起が悪いので封印していたのですが」


「……はっ。確かに縁起が悪いねぇ。なんせあんたは今から、その姿で死ぬことになる。このあたしと、リノの剣にかかってね」


 余りにも大きすぎる体躯、遥か高く頭部を見上げ、ライナは怯まず啖呵を切る。


「お前が滅ぼしたちっぽけな村の因果が、巡り巡ってお前を殺す。覚悟しな」


「私を殺すとは、また大きく出たものです。龍の神、『龍神』であるこの私に。クククっ」


 しかし彼は一笑に伏し、含み笑いを浮かべるのみ。


「あぁ? 龍の神ぃ? なぁに大言壮語吹いてんだ、ゴミクズの分際で」


「真実ですよ。私は全ての龍人の祖となった存在。神に遣わされ、神に反旗を翻した者。かつては悪魔などと呼ばれたこともありましたねぇ」


「悪魔……ねぇ」


「ええ、悪魔です。そして龍でもある。レイドルクとは仮の名前。この姿の、そして私の真の名。特別に聞かせて差し上げましょう」


 殺気が膨れ上がる。

 リノは曲刀に風を宿し、姿勢を低く取って構えた。


「我が名は『アドラメレク』。あなたを殺す者の名です、龍殺し!」


 大きく口を開き、喉奥に魔法陣を展開。

 龍族特有の、火炎ブレスの予備動作。

 発射と同時、すぐさま射線から逸れ、全速力で間合いを詰める。

 リノが走り抜けるその背後、火炎弾が地面に着弾。

 衝撃と共に凄まじい火柱が巻き起こり、炎は雲の高さまで届いた。


「うっそ、アリエスちゃんの大火送葬グランクリメイション並み……」


『よそ見すんな、次が来る!』


「次って、あの威力で連発!?」


 次々と発射される火炎弾。

 着弾する度に火柱を上げるその威力もさることながら、さらに脅威なのは速射性能。

 ミカのかけたクイックの強化は、未だ生きている。

 彼女は目にも留まらぬ速さでレイドルクに接近しているはずなのに。


「待って、速過ぎる……!」


 ジグザグに駆け抜け、火炎弾を回避しながら、とうとう敵の足下に到達。

 足を斬り倒すために、長く伸ばした風刃を振りかぶるが。


「むざむざと受けるわけがないでしょう」


 巨体に見合わぬ軽快なフットワークで背後に飛び退き、リノの斬撃は空振りに終わった。

 着地の衝撃的はまるで地震のように大地を揺らし、周辺の家屋が次々に倒壊する。


「コイツ、でかいのに速い!」


「見くびって貰っては困りますよ。さぁて、それではあなたの【回避】の弱点、遠慮なく突かせていただきます」




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