80 二人の龍殺し、宿敵を圧倒す
フィアーの告げたスキル、その馴染み深い名前に、彼女達に動揺が走った。
「収納……って? リノさんと同じ、あの収納ですか?」
「そうだ、あの方のスキルは収納。そして吸魂の首飾りは、【収納】のスキルを使うことで、魂を封じ、あるいは解き放つマジックアイテムだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! レイドルクは確かに、右手からフレイムランスを……」
「分かった」
アリエスの中で、全てに納得がいった。
王城前広場での襲撃の時、レイドルクが腕を振るっただけで消えたフレイムランス。
アレは力で掻き消した訳でも、魔力で中和したのでもなかった。
「あの時、私のフレイムランスは収納された。そしてさっき、フィアーに向けて取り出したんだ」
「そういえばあの時、わたしの鉄仮面もどこからともなく取り出して……」
裏付ける証拠も、確かに存在した。
レイドルクのユニークスキルは【収納】、もはや疑う余地はない。
「じゃあパッシブスキルの方は何なんだ。せっかくだしそっちも教えてくれよ」
「そうねぇ、この際だから丸裸にしちゃいましょ〜」
残るは常時発動型、パッシブスキル。
そちらも判明すれば、リノはかなり楽になるはずだ。
ウリエの問いに、フィアーは首を横に振る。
「……残念だが、パッシブスキルの方は知らないんだ。誰にも明かしていないし、今まで発動している様子も見たことがない」
「嘘は……、言ってないですね。信じます」
アリエスと暮らす間に、ランもリノ程ではないが、表情から感情を読み取る力を身に付けていた。
彼女の見立てでは、フィアーは真実を告げている。
「……分かりましたわ。ではわたくしが、リノさんに全て伝えてきます」
「ちょっ、正気かミカ姉! あの中に飛び込んでいくってのか!?」
「もちろんですわ。この情報はリノさんが知らなければ意味がない。それに、わたくしの魔法ならあの戦いの手助けができますから」
風の刺突をバックステップで回避するレイドルク。
距離を取った敵に対し、ライナは土の魔法剣を発動。
リーチを伸ばした岩の大剣で押し潰しにかかる。
「私にこのような攻撃、通用しません!」
敵が右手をかざした途端、剣が纏った岩は消失。
レクスのような無効化能力を持つスキルか、考えを巡らせる間もなく、敵が左手を突き出した。
手の平から発射される百本以上の投げナイフ。
リノの【回避】が発動し、弾幕の僅かな隙間を縫うようにして避ける。
「こいつ……っ!」
全弾を避け切ったところで、一気に間合いを詰め、曲刀を振りかぶる。
しかしレイドルクは仕込杖では受けず、無造作に右手のひらを刃の軌道にかざした。
『どういうつもりだ……? しかしチャンスだ、リノ! 腕ごと首を斬り飛ばせ!』
(おうっ!)
文字通り一心同体となっている二人の、思考の中での刹那の会話。
このまま勝負を決める。
渾身の力を込めて横薙ぎに振るった瞬間、レイドルクは確かに笑った。
「——っ!?」
まずい、何かがまずい。
リノは瞬時に【収納】を発動。
右手に握った魔鉄の曲刀は消失し、何も持っていない右腕が振り抜かれる。
「……ほう、良い勘をしていますねぇ。やはり受け身では駄目ですか」
丸腰の状態で敵の側にはいられない。
すぐさまバック転を打ち、距離を取って曲刀を取り出す。
「ライナ、ごめん。もしかしたらやれるかもだったのに」
『いや、今ヤツは間違いなく何かを狙っていた。アレで正解だよ』
未だ全貌の見えないレイドルクの力に、リノとライナは攻めあぐねる。
その一端、スキルの詳細さえ判明すれば。
その時、二人の耳にこちらへと駆け寄る足音が届く。
「リノさんっ!」
「えっ、ミカちゃん!?」
こちらへと駆け寄ってくるのはミカ。
巻き込まれる前に離れて、と言う前に、彼女の口から重大な情報がもたらされる。
「レイドルクのスキルは【収納】! リノさんと同じ、収納ですわっ!」
「おやおや、余計なことを——」
レイドルクは冷たい眼差しを向け、一瞬にしてミカの眼前へ。
その接近に彼女が気付く前に、手にした刃を振るう。
ガギィィッ!
だが仕込杖の刀身は、割り込んだリノの曲刀が受け止めた。
その数瞬後、ミカはようやくレイドルクの攻撃に気付く。
「なっ……! わ、わたくし、危うく殺されるところだった……?」
「ミカちゃん、伝えてくれてありがとう。でも危ないから、ここからは私たちに任せて離れてて」
「ええ、でもその前に……!」
あらかじめ準備していた、筋力強化魔法と敏捷強化魔法。
二つの補助魔法を手早くリノにかける。
「わたくしに出来る手助けは、ここまでですわ。リノさん、どうかご武運を!」
これ以上側にいても足手まといになるだけ。
すぐさまランたちの方へと駆けていくミカだが、
「おめおめと逃がすとでも?」
その背中に向けてレイドルクが手をかざし、数百本の投げナイフの弾幕が発射される。
「させない! もう誰ひとり……っ、」
その飛翔速度よりも速く駆け、射線上に入り込んだリノ。
彼女の素早さを前に、レイドルクはわずかに驚きの表情を見せた。
「お前に、奪われてたまるかッ!!」
飛来する投げナイフを、神速の剣舞で全て撃墜、その間にミカは安全圏まで退避する。
「ふぅ……、なるほどね、収納。全部納得がいった。仕込み杖はスペアを次々取り替えて、さっきのは私の曲刀を収納しようとしてた訳だ」
『あたしとリノが同調出来るのも、あたしが【収納】で封印された魂だから、か。呪いの首飾りがリノに寄ってきたのも、魂を解放して欲しかったのかもな』
レイドルクのスキルが収納ならば、これまでの全てに納得がいく。
そして、打倒する道も見えた。
瞬時に間合いを詰め、風の刃を振るう。
疾風の靴で上昇した素早さに、ミカのクイックが上乗せされ、リノの速度はこの時レイドルクを凌駕していた。
「こ、これは……!」
更に筋力も、レイドルクを上回る。
風刃を受け止めた仕込杖は、いとも容易く砕かれた。
形成不利と見た彼は、すかさず手を伸ばして掴みかかり、リノの曲刀の収納を狙うが、
「させるか!」
指先に手が触れる前に、リノ自身が曲刀を収納。
左手で取り出しつつ持ち替え、深く身を沈めて斬り上げる。
収納の弱点、それは手で触れなければ物を収納出来ないこと。
手の動きにさえ注意していれば。
「もう私には、通用しない!」
バック転で斬り上げを回避したレイドルク。
更なるバック転で距離を取りながら、リノに手のひらを向けて投げナイフを発射。
が、射線上に彼女はいない。
着地した彼の背後に既に回り込み、曲刀を振りかぶっていた。
「この速さ、やはり堪えますねぇ!」
振り向きながら仕込杖で受けにいくが、彼女の曲刀は蒼い炎に包まれている。
鍔迫り合いとなった瞬間に、仕込杖の薄刃は溶解。
首へと迫る斬撃を、体を仰け反らせて回避し、バックステップを踏みながら投げナイフを大量に解放。
「だから、もう私には通用しないんだって」
曲刀を収納し、両腕を自由にする。
迫り来る弾幕に対して無造作に両手のひらを突き出し、
「収納」
両腕を振るうと、全てのナイフを一瞬で収納した。
「あんたの手品、もう私たちには通用しないよ。そろそろ観念して負けを認めたら?」
「はははっ、大したものだ、この私がここまで追い詰められるとは。良いでしょう」
リノとライナの健闘を称える拍手が、戦場に響く。
この期に及んで、彼の余裕は些かも崩れない。
それもそのはず、龍人にはもう一段階上の力があるのだから。
「見せてあげますよ、私の本気をね。ふふっ、この姿になるのは、本当に久しぶりだ」




