79 魔法少女、スキルの謎に迫る
「レイドルクの魔力が、アリエスさんの魔力と同じ? それって一体……」
フレイムランスは確かにレイドルクの右手から放たれた。
一見すると、アレはレイドルクの使用した魔法。
だが、アリエスには一つの確信があった。
「さっきのはアイツの魔法じゃない。間違いなく、あの日私がヤツに放ったフレイムランス」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。何を言っているのか、さっぱり分かりませんわ。あのフレイムランスは、確かにレイドルクの手から……」
「うん、だから確証は持てないけど、もしかしたら」
もしかしたら、レイドルクのスキルは——。
その仮説を証明するため、アリエスは死闘を繰り広げるリノを見守りながら、じっと目を凝らし続ける。
燃え盛る炎の刃が、敵の仕込杖を溶解しにかかる。
当然敵は、鍔迫り合いに応じない。
横薙ぎ、逆袈裟、打ち下ろしと、リノが次々繰り出す攻撃を、ひらりひらりと躍るようなステップでかわしていく。
「ほらほら、どうしたのですか? その程度の攻撃で私を殺せるとでも?」
「抜かせッ!」
炎の武器破壊に見切りを付け、氷の魔力に変更。
渦巻く冷気を刀身に纏って回転、リノの周囲数メートルに猛吹雪が吹き荒れる。
だが、敵は咄嗟の垂直跳躍で上空高く範囲外へと逃れた。
リノは怯まず風の魔力を発動。
剣を振るって上昇気流を発生させ、敵を追って天高く飛び上がる。
レイドルクの頭上を取った瞬間、くるりと一回転しながら、地面に曲刀を向けて土の魔法剣を発動。
魔力で生み出した土塊に瓦礫を上乗せし、空中で身動きの取れない敵を目がけ、重量に任せて振り下ろす。
ドガアアアァァァァッ!!
脳天に超重量の一撃を叩き込まれ、レイドルクは真っ逆さまに墜落。
土魔法を解除しつつ着地し、もうもうと立ち込める土煙を睨むリノ。
敵の気配と殺気は、いささかも衰えを見せていない。
「ふっ、ふふっ、今のは効きました。ちょっとだけ痛かったですよ」
土煙の中から姿を見せたレイドルク。
外見から判断した彼のダメージは、少々のかすり傷が付いた程度。
予想通りの結果に、ライナが軽く舌打ちをした。
「相変わらずだねぇ、そのしぶとさ。ゴキブリ並だよ、ホント」
「お褒めにあずかり光栄です」
圧倒的な二人の戦い。
レイドルクのスキルを確かめようにも、アリエスの実力では細かい動きにまで目が追い付かない。
「このまま見てるだけなんて……。ミカ、何か良いアイデアない?」
「アイデアですか。正直なところ見当も……、ん……?」
考えを巡らせながら周囲を観察する中で、ミカは奇妙なものを目にした。
「どうした、何か閃いたの? 聞いてあげるから言ってみて」
「閃いたわけじゃないのですけれど……、あれ、ご覧になってくださいまし」
彼女が指さした先にあるのは、首から上を失ったフィアーの胴体。
首からは絶え間なく血が流れ、凄惨な有様となっている。
「……フィアーの死体があるけど。あれがどうかした?」
「死体がある、それ自体がおかしいんですの。龍人が死ねばすぐに腐敗が始まって、あっという間に風化するはず」
「そっか。つまり……、アンフィスバエナの再生能力が、核を潰さない限り死なない特性が、人間形態でもわずかに機能している?」
「とにかく、彼女はきっと生きてますの。回復させれば、レイドルクのスキルについても聞き出せるかもしれませんわ」
回復魔法を使えるガブリエラは、ランの警護のために遠く離れている。
まずはミカが、自分にブーストとクイックを発動。
筋力と素早さを上げ、フィアーの体へと駆け出した。
「レイドルクは……、リノさんが押さえてくれてますわね」
ミカの目からは、何かが高速で動いている様子が何とか判別できる程度。
敵がこちらの動きを察知しているか定かではないが、妨害の恐れはなさそうだ。
フィアーの胴体を担ぎあげると、やはり鼓動と温もりを感じた。
「……奇妙な感じですが、やっぱり生きてますわね」
予想は的中。
強化された力と素早さで、すぐさまガブリエラの元へと走り抜ける。
「お姉さま、回復魔法をお願いしますわ!」
「ひゃっ! な、なんで死体なんて担いで……」
「いいから、この方に早く回復を!」
風を巻き起こすと同時、魔法剣を炎に変更。
炎が風に乗り、火炎旋風となってレイドルクを襲う。
「やれやれ、無駄だと言っているのに——」
敵の姿がぶれ、次の瞬間にはリノの背後に。
首筋を狙って振るわれる仕込杖の刃。
すぐさま反転し、火炎の刀身で攻撃を受ける。
仕込杖の薄い刃は溶解、敵は武器を失ったかに思えたが。
「まだ分からないのですかねぇ」
溶けたはずの刃が元通りに。
先ほどから、ずっとこの繰り返し。
いくら武器を破壊しても、どういう訳かすぐに修復されてしまう。
「ライナ、コイツのスキルって一体なに!?」
『分かんないんだよ、それが。コイツとはずっと戦ってたけど、巧妙に隠してやがる』
「くくっ、ではそろそろ攻勢に転じますか。あっさりとやられないでくださいね」
ガブリエラの回復魔法によって、フィアーの頭部は見る見る再生していく。
完全に復元すると、彼女は意識を取り戻し、緑色の瞳をゆっくりと開いた。
「うっ……、私は……、生きているのか……?」
「良かった、意識を取り戻しましたのね」
「……そう、か。どうやら死に損なったみたいだな……」
倒れた自分を見下ろすクルセイドの三人とアリエス、そしてラン。
百メートルほど先には、神速の打ち合いを続ける主とリノの姿。
状況を把握した彼女は、自嘲交じりのため息をついた。
「浸ってないで教えて。レイドルクのスキル、アレは一体なに」
「アリエスさん、容赦ありませんのね……」
「……言えん。知っているが、教える訳にはいかない。たとえ殺されかけたとしても、あの方への恩義は——」
「その恩義、真っ赤なニセモノです」
彼女の言葉をランが遮る。
あの時彼女は頭部を破壊されて、あの男が言い放った真実を聞いていない。
伝えるのは自分の役目だ。
それが一歩を踏み出すきっかけをくれた、彼女に対する恩義。
「あなたを襲った山賊は、レイドルクが仕向けたもの。あなたを龍人にするための、あの人の謀略だったんです」
「な、んだと……? そんな話、信じられる訳がないだろう!」
当然、フィアーは反発する。
そんなものはデタラメだ、口から出任せに決まっている、と。
だが、ランの表情は嘘を言っているように思えない。
周囲の人々も、みな。
「……嘘、ではないのだな」
「はい。あなたを殺したあと、はっきりとそう言いました。とんだ失敗作だって」
「いくら性根が腐っていても、あの時の恩義だけは本物。そう信じて従ってきたのだが、そうか。全部……、全部嘘だったんだな」
彼女は全てを悟る。
長い長い時間をレイドルクの側に仕えてきたゆえに、あの主は平然とそれをやる、そう確信してしまう。
「……分かった、教えよう。我が主、レイドルクのユニークスキル。それは——【収納】だ」