77 龍殺少女、心を叩き折る
「弱く……、なっただと……!?」
双頭の蛇龍の斬り刻まれた両腕が一瞬にして再生。
龍殺しの少女は生え代わった腕を駆け昇り、二つの首の間をすり抜ける。
すれ違いざまに左の首へと斬撃を浴びせ、そのままフィアーの背中側へと跳び降り、着地と同時に反転。
一拍遅れて左の首がずれ、ドサリと地に落ちた。
「うん、弱いよ。比べ物にならないくらい。だってさ、私が来た時、さっき、そして今。再生能力が無ければ、あんたもう三回死んでるもん」
しかし、斬り落とされた首でさえ瞬時に再生。
脅威的な再生能力に、ミカは不安な表情で戦局を見守る。
その傍ら、ポーションを飲まされたガブリエラが意識を取り戻し、苦しげに目を開けた。
「う、うん……、ミカちゃぁん……? 私、どうしたのかしらぁ……」
「お姉さま? 良かった、意識が戻りましたのね」
「あれは、リノちゃん……。そう、来てくれたのねぇ」
「ええ、あっちはきっと、もう大丈夫ですわ。それよりも早くウリエの治療を!」
「そ、そうねぇ……。急がないと」
横たわったままうめき声を上げるウリエに、ガブリエラが駆け寄った。
ただ一人で双蛇龍と相対するリノ。
彼女の戦いに対し、不安を抱く自分をミカは強く戒める。
毒龍討伐に向かったリノの勝利を、アリエスは一欠片も疑っていなかった。
リノを想う気持ちの強さで、彼女には負けたくない。
今の自分に出来るのは、リノを心から信じることだけ。
「信じていますわ、リノさん……」
「もう、三回も死んでいる……? 能力頼りだと、そう言いたいのか」
「当たらずも遠からず、かな。そんなに致命傷ばっかり喰らってるってさ、つまり隙だらけってことだよ。前に戦った時は、隙を突くために収納を使った奇襲までしなきゃいけなかったのに、そんな必要ないくらい弱くなってる。心が揺らいでる今のあんたに、私は絶対倒せない」
「……抜かせッ! この再生能力があれば、如何な貴様とてこの私は殺せまい! そしてッ!!」
ユニークスキル【オーラ】を発動、龍の手に光の槍が握られた。
まるで年月を重ねた巨木のような大きさ、太さ。
圧倒的な質量を誇る気の槍で、突きの乱打を繰り出す。
パッシブスキル【槍術】の効果で、拳のラッシュよりも攻撃速度は大幅に上回る。
圧倒的な速さから、残像はまるで壁のように隙間なく、避けるスペースが見当たらないほど。
「これをかわせるほど、貴様のスピードは——な、なにっ!?」
にも関わらず、連撃の真っ只中にいるリノは、かすり傷の一つすら負うことはない。
「こんな、バカな……!」
「驚いた? ちょっと私のこと舐め過ぎだよ。それとも、相手の力量も見誤るほど心がまいってる?」
「ぐ……、ならば……!」
全身全霊の速度で繰り出すラッシュすら避けられるならば、残る手段は範囲攻撃。
二つの口を大きく開き、喉奥を振動させて破壊音波を発動。
双頭から同時に発せられる二つの音波は共鳴し、その破壊力を何倍にも高める。
「「ガアアアァァァァァァァァアアアァアァアアァァァッ!!!!」」
射程範囲外、五十メートルほど離れていても、耳を押さえなければ気を失いそうな程の轟音。
ミカとアリエスは両手で耳を塞ぎ、回復したばかりの聴力を襲う破壊音波に耐える。
「ぐぅっ、なんて音、ですの……!」
「これだけ離れてても、耳が、頭の奥が揺れる……」
家屋が倒壊し、射程外の窓ガラスが粉々に弾け飛ぶ。
破壊音波を撒き散らしたフィアーは、今度こそ勝利を確信した。
「……はぁッ! どうだ、至近距離でこれを食らえば、もはや跡形も……」
確かにこの破壊音波共鳴は、アンフィスバエナの最大の武器であり、最強の攻撃だ。
自身の周囲十五メートルが有効射程距離。
全力で放った場合、その範囲内にいる人間は原形も残らず、たとえ離れていても鼓膜を破壊して行動不能に陥らせ、魔力を介さない故に溜めもなく瞬時に発動可能。
だが、もしも至近距離でこれを放ち、その相手が生き残った場合。
攻撃を耐えられる防御力、もしくは音よりも早く射程距離外に逃れる素早さを持っていた場合。
「あと、かたも……、あ、あぁぁっ……!」
それはつまり、その敵に対する有効打がもう存在しないことを、勝ちの目が消えたことを意味する。
「そんな、バカな……っ!」
「なんだっけ、射程距離十五メートル? 全然狭いね」
三十メートル離れた地点で、涼しい顔で佇むリノ。
フィアーの心に、ヒビが入った。
信念を曲げてまで手に入れた力が、倒すべき敵に欠片も通用しない。
足下にも、及ばない。
「今の私の射程距離、大体百メートルくらいかな」
両手で掲げた曲刀に土の魔力を結集させる。
魔力で生み出された岩石が刀身に集まり、周囲の砕かれた石畳、瓦礫をも巻き込んで、長く太い岩の刃が生み出された。
一見して無骨な岩塊でありながら、触れただけで裂けるほどに鋭利な刃。
長さ三十メートルほどの巨塔を横倒しにし、腰を溜めて構える。
「そんな長さ、今は必要ないみたいだけど」
そして、まるで木の枝でも振るうかのように軽々と、横薙ぎに払った。
ブオォォォォン!!
空気を押し退ける轟音と共に、アンフィスバエナの二本の首が叩き斬られ、宙を舞う。
『お、おい、リノ! 何勝手に軌道変えてんだ! アンフィスバエナの核は二本の首の間、そこ以外を斬っても意味は——』
「ライナは力だけ貸して。さっきのわがまま聞いたお返しだよ」
『……はぁ、仕方ない。借りを作っちまったからね。その代わり、終わったら宝石の部分にちゅってしてくれよ』
「ありがと、あと嫌だ」
二本の首はすぐに再生するも、復活した視界に映ったのは、既に懐に飛び込んでいたリノの姿。
彼女の振るった風の刃が、生えたての首を纏めて刎ね飛ばす。
すぐに再生、また刎ね飛ばす。
「このっ」
ザンッ!
刎ね飛ばす。
「どういう」
ズバッ!
刎ね飛ばす。
「つもりだっ」
ヒュパッ!
刎ね飛ばす。
「何人食べたの? その数だけ続けるから」
刎ね飛ばす。
刎ね飛ばす。
刎ね飛ばす。
蛇龍の足下に、切断された首が堆積していく。
首が切断されるたび、襲い来る耐え難い激痛。
それ以上に耐え難い、圧倒的な力の差。
「やめろ……っ、もうやめてくれっ!」
再生した瞬間、フィアーが叫ぶ。
刃が一旦止まり、リノは静かに問い掛けた。
「なんで? もう数足りた?」
双蛇龍の体が縮小し、元の青髪の少女の姿に。
完全に心を折られた彼女は、両のひざをついてうなだれる。
「思い知らされた……。自分の信念を曲げた代償、多くの命を喰らってまで得た力が、こんな薄っぺらい付け焼刃だったってことを……」
「で? だからどうするっての? 思い知ったからって、あんたに喰われた人たちは生き返らないよ?」
「この首を差し出せば済むのなら、そうしてくれて構わない。いや、むしろそうしてくれ。これ以上生き恥を晒すくらいなら、死んだほうがマシだ」
リノの双色の光彩を見つめ、懇願するフィアー。
彼女の表情を目の当たりにし、リノは曲刀を腰に納めた。
「そっか、分かった。じゃあ殺さない」
「な、何を言っている……? 敵が首を差し出しているのに、斬らないとは……」
「だってさ、あんた殺されるの望んでるじゃん。死んだほうがマシだって。そんな奴を殺しても罰にならないし、楽な方への逃げも私は許さない。だから、これからずっと生き恥晒してもらうことにした」




