76 龍殺し、双蛇龍と相対す
「……ぬ。戦力を、集中してきたか……!」
孤軍奮闘するオルゴの周囲を、六人の龍人が取り囲む。
冒険者たちは、王都の各地で蜂起した龍人たちの撃破のため、分散しての戦闘を余儀なくされていた。
その中でもオルゴは、トップクラスの実力を遺憾なく発揮。
単騎で十人以上の龍人を倒したが、それ故に目を付けられてしまったらしい。
「悪く思うなよぉ。これも作戦だからなぁぁっ!!」
「数に任せれば勝てる……、そう踏んだのなら浅はかだな……」
だが龍にもなれない有象無象の龍人など、彼の足下にも及ばない。
四方から六人同時に襲い来る敵に対し、オルゴは結界を張って攻撃を受け止め、解除の衝撃で吹き飛ばす。
転倒した龍人のうち、前の二体の首を一薙ぎで刎ね、すぐさま方向転換。
起き上がろうとする一体の脳天から股間にかけてを、容易く両断した。
「ひっ、ひぃぃっ!! 何だコイツ、強すぎるぅ!」
怖気づいた龍人が一人、背中を向けて逃亡を企てる。
「俺たちじゃ時間稼ぎにもなんねぇ、逃げびゅっ」
が、背後から胴体を横薙ぎに叩き斬られ、あえなく絶命。
「あと二匹……、む……」
しかし、四体の龍人を倒す間に残りの二体の逃亡を許してしまった。
彼らの背中はすでに遠く、オルゴの素早さでは追いつけないほど離されている。
「しくじった、か……。……いや、アイツは……」
通りを駆けていく二人の龍人の前に、一人の男が立ちはだかった。
振り返りつつ走る龍人は、オルゴにばかり気を取られ、その存在に気付かぬまま。
「へ、へへっ、追ってこないぜ。何とか逃げ切れたみてえだな」
「あぁ、助かったぜ。あんな奴と戦ってたら命が幾つあってもたりゃばっ!!」
「う、うああぁぁっ!? な、何が——」
隣を走っていた龍人の頭が、黒い鈍器に殴られて弾け飛ぶ。
唐突に訪れた仲間の死に戸惑う暇もなく、
ゴシャァッ!!
彼もまた、頭を弾けさせて絶命した。
「詰めが甘いですよ、オルゴさん」
「すまない……。俺もまだまだ甘いようだ……。ポート、礼を言う……」
メイスに付いた血を払いながらこちらへやってくる、眼鏡をかけた法衣の男性。
心強い増援の到来に、オルゴの強面の顔がわずかに緩む。
「しかし驚いた……。冒険者を引退したお前が……、前に出て来るとはな……」
「こんな状況です。冒険者がどうのと言ってられないでしょう。マスターも向こうで戦ってましたし」
「確かに……、そうだな……。しかし騎士団の方は、大丈夫だろうか……」
「問題ありません。龍殺しの英雄がもの凄い勢いで向かって行きましたから。もう終わってるかもしれませんよ」
助けた少女が、回復した途端にお礼も告げず一目散に走り去った光景を思い出し、彼は苦笑する。
「そうか……、ならば安心だ……。俺たちは、街のゴミ掃除に専念するか……」
「ええ、綺麗に片付けてやりましょう」
▽▽
痛みに揺らぐ視界の中、目に映るのは最愛の少女。
アリエスは震える手で、彼女の頬にそっと触れる。
「リノ……、遅い。ご褒美……、倍増しでよろしく……」
「りょうかい。それと、遅くなっちゃってごめんね。あとは私に任せて休んでて」
微笑み返すリノ。
その言葉はアリエスの耳には届かなかったが、心には伝わった。
指を失ったアンフィスバエナが痛みに呻く間に、リノはミカの側へ行き、アリエスを横たえる。
そして収納を発動、ポーションを取り出し、蓋を開けてミカに渡した。
「んぐっんぐっんぐっ……、ぷはっ! リノさん、助かりましたわ」
ヒールと同等の回復効果により、聴力は無事に回復。
身体の傷も癒えたミカに、更にもう一本ポーションを託す。
「これはガブリエラさんに。あの人が復活したら、全員に回復魔法をかけてもらって」
「承りましたわ!」
「リノ、私にも、口移しで……」
「してあげたいけど、もう時間切れみたい」
こんな状況でも変わらない幼馴染に苦笑しつつ、三つめのポーションを渡す。
不服そうに両手でビンを抱えて飲み干すアリエス。
小動物みたいな恋人を前にリノの表情は自然と緩んだ。
その顔を再び引き締めると、彼女達から距離を取り、蒼紅の光彩を双頭の龍に向けて睨み据える。
「……あんた、フィアーだよね。なんで龍になれちゃってるのさ」
「知れたこと。レイドルク様が望まれたからだ」
「望んだからって、言われたからって、信念捨てて何十人も人を喰ったの?」
「喰ったのは廃棄奴隷だ。あのような者ども家畜と同じ。喰ったところで誰も悲しむまい」
「……そっか。分かった、もういい」
顔を伏せたリノが、静かに答えた。
同時に風の魔力を結集させ、鋭い真空の刃を刀身に纏う。
「あんたが心の底から人喰いの怪物になったってんなら、私はもう容赦しないから」
「一度私に勝ったからと、調子に乗るな!」
フィアーの拳が握られ、剛腕が振るわれた。
回避が発動し、紙一重で回避。
すれ違いざま手首に一撃を入れる。
「ぐっ……!」
鋭利な切断面を残して手首を斬り落とされ、苦痛の呻きが上がる。
ところが、攻め込む絶好の機会にも関わらず、リノは敵から飛び離れて間合いを取った。
「……どうした。かかってこないのか」
「とぼけないで。今斬り落とした右手、指が五本付いてる。さっき全部すっ飛ばしたはずなのにね。自分の特性、やっと気付いたんでしょ。油断して距離を詰めたところに復活した拳で奇襲をかける、狙いはそんなとこかな」
「そうか、龍殺しの方の知識か。きっと私自身よりも、この身体について知っているのだろうな」
納得したように呟くと、斬り落とされた腕に力を込める。
途端に切り口から右手が生え、瞬時に再生を果たした。
『アンフィスバエナの最強の矛、それが破壊音波。そして最強の盾がこれ、超再生能力さ』
「……あらかじめ聞いてたけどさ、実際見ると驚きだよね」
『破壊音波の方にも気を付けろ。あれは範囲攻撃、【回避】でも避け切れない』
「相性はそこそこ悪いってとこだね。でもまあ、どうにでもなるか」
「……どうにでも、なる、だと?」
不敵に言い放ったリノの言葉に、フィアーの声色が変わった。
二つの首を敵に向け、瞳に怒りの色が宿る。
「一度勝ったからとて、図に乗るな。今の私は、昨夜の私とはレベルが違うッ!!」
叫びと共に突進、次の瞬間にはリノの眼前へ。
巨体に見合わぬ素早さで、巨大な拳を次々と突き出す。
残像が見えるほどの速さで打ち出される、拳の乱打。
舗装された道が砕け、背後の民家を拳圧が破砕していく。
「な、なんですの、あれ。わたくしたちと戦り合っていた時は、まるで本気じゃなかったとでも……」
遠く離れたミカは、ガブリエラにポーションを飲ませつつ、フィアーの本気を目の当たりにして背筋を凍らせる。
もしもあのラッシュが自分に向けられれば、数秒と持たず原形を留めない肉塊となり果てるだろう。
「リノさんは、リノさんは無事なんですの……?」
いくらリノの【回避】でも、あの攻撃を捌き切れるのか。
ミカの懸念はしかし、杞憂に終わった。
フィアーが拳をピタリと止め、次の瞬間。
「ぐ、ぐううぅぅぅぅぅっ!!」
両の腕が肩口まで、スライスされたトマトのように輪切りとなって落ちていく。
「……やっぱりさ。絶対に捨てちゃいけないものって、あると思うんだ」
土煙が晴れ、姿を見せたリノは全くの無傷。
「あんた、昨夜より弱くなってるよ」