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74 龍人の長、高みから嗤う




 東区画の住宅街にそびえる高さ六十メートルの建築物、廃時計台。

 かつて王都のシンボルだったこの場所は、老朽化のため三年前に運用停止となった。

 新たな時計台が完成し、今は解体を待つばかりの廃墟と化している。


 そんな廃時計台の頂上近く。

 王城から進発して大通りを進む騎士団の姿を眺め、燕尾服の男はどこか他人事のように呟いた。


「おやおや、これは一大事。とうとうこの場所がばれてしまいました。ですが……」


 背後に控える青髪の少女へと、彼は向き直る。


「何も問題はありませんよねぇ。あなたが私を守ってくださるのでしょう、フィアーさん」


 廃墟と化した薄暗い時計台の中。

 片膝を立てて跪くフィアーの背後には、夥しい量の血痕と、千切れた手足が転がっている。


「……もちろんです、レイドルク様。私の全ては、あなた様の力となるためにあるのですから」


 感情の籠らない言葉を残し、彼女はその場から姿を消した。

 残された燕尾服の男、レイドルク。

 くっくっく、と喉の奥で押し殺すような笑いを漏らすと、彼は眼下に広がる東区画へと目を移す。

 廃時計台の周辺は、冒険者たちによって事前に避難が呼び掛けられ、人の気配は皆無。


「くくくっ、この場所が百人の龍人との決戦場になる。そう踏んでの行動でしょうが、私がそんな後手に回るとお思いなのですかねぇ……」


 意味深な含み笑いと共に、彼は指をパチンと鳴らし、彼ら(・・)に命令を下した。



 ▽▽



 王都各地の混乱は、未だ完全には収まっていない。

 だが王都中央区、ギルド周辺に限っては平時の落ち着きを取り戻しつつあった。

 ギルドのトップクランの一角『フォートレス』が睨みを利かせているのも、その理由の一つだろう。


「さ、みんな。張り切っていくわよぉ〜っ」


「野郎共……、覚悟は良いか」


「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」


 治安維持のため王都に散らばった全ての冒険者たちに、龍人討伐の指令が通達された。

 冒険者ギルド前にもギルドマスター・シャルロッテとオルゴが立ち並び、『フォートレス』総員に号令をかける。

 二人の猛者を先頭に、彼らは廃時計台へと進撃を開始。

 その先頭、マスターは隣を歩くオルゴに熱っぽい視線を向ける。


「ねぇぇん、オルゴちゃん。どう、これが終わったら、一杯」


「む、……付き合おう」


「ふふっ、嬉しいわぁん。酔った勢いで間違い、起こしてもいいのよぉ?」


「……むぅ。残念だが……、俺には妻がいる……」


「お固いわねぇ」


 がっかりする素振りは見せるが、無論マスターもオルゴが妻帯者だと知っている。

 緊張をほぐそうとしたのだろうが、彼には無用の心配だ。

 百戦錬磨のS級冒険者に、この戦いに抱く不安は微塵もない。


「ふっ、すまないな……。詫びと言っては何だが、良い店を知っている……。隠れた名店と、いうやつだ……」


「あらぁ、楽し——」


「うあああぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 突如として叫び声が響き渡った。

 中央区だけではない、街の各所から怒号や悲鳴が次々に上がる。


「な、なに? どうしたのかしら」


「……ぬぅ!」


 オルゴが視界に捉えたのは、市民を襲う半人半龍の怪物。

 背中に背負った斧をすぐさま握り、巨体に見合わぬ速度で龍人に肉薄。

 大斧を横薙ぎに振るい、一撃の下に叩き斬った。


「龍人……! それも、街の各所で……!?」


「ゲリラ戦仕掛けてきたっていうの!? みんな、廃時計台行きは一旦中止! 街に散らばる龍人たちを掃討するわよ!」



 ▽▽



「ふふっ、これで冒険者の皆さんは街中に潜む龍人の対処に追われることとなりました。もうこちらには来られませんねぇ」


 扇動ガスが停止した時点で、すでにレイドルクは配下の龍人たちを王都の各所に潜ませていた。

 ランが力を使えば、この策は筒抜けとなる。

 だが、彼女は騎士団に混ざってこちらへと向かって来ていた。

 龍人の潜む街には目もくれず、騎士団の全戦力を率いて。


 その様を視認したことで、彼は策が露呈していないと確信。

 配下の龍人にテレパシーで指示を出し、一斉蜂起させたのだ。

 尤も、露呈していた方が都合は良かった。

 ランは市民を救うために騎士団の戦力を分断し、こちらは更に有利になっただろう。


「さて、次はフィアーさん、お願いしますよ」


 後は龍殺しが来る前に、フィアーが騎士団を全滅させ、ランを亡き者とするだけだ。


「くくく……。リズさんのゾンビは龍殺しに対し、心理的に効果抜群。案の定、トドメを刺せずに……おや?」


 呟いた直後、リズの反応は消失。


「おやおや、案外冷酷なのですねぇ。いやはや、龍殺しが今どんな顔をしているのか、是非とも拝みたかった。想像するだけで、笑いがっ、くくっ、止まりませんよっ、あはっ、あはははははは!!」




 廃時計台はもう目前。

 避難の終わった東区画は、まるでゴーストタウンのように静まり返っている。

 リノたちの家は廃時計台からかなり離れているが、時計台近くの民家はこれから起こる戦いに巻き込まれてしまう。

 思い出の詰まった大切な家を壊させてしまうかもしれない、そう思うと、ランの心はチクリと痛む。

 彼女にとって、リノたちの家は大切な思い出が詰まったかけがえのない場所。

 きっとそれは、他の誰にとっても同じだりうから。


「……遅いですわね、冒険者の方たち。もう時計台に到着してしまいますわ」


「時間にルーズなんじゃねぇの? 冒険者ってそういうとこあるぜ」


「ウリエちゃんが言えたこと、なのかなぁ……」


 本来の予定では、冒険者たちとは東区画の入り口辺りで合流するはずだった。

 少々の遅刻は仕方ないにしても、これは遅すぎる。


「ラン、どうする? 一旦進むの止める?」


「そうですね……。皆さん、一旦止まってください! 中の気配を探ってみます」


 姫の号令によって騎士団は進軍を停止。

 敵の龍人の数は、ざっと百。

 入り組んだ街中で待ち伏せを仕掛けてくるかもしれない。


 ランは龍人の力を解放し、深く深く集中。

 王都中の龍人の場所を割り出す。


「……え? えっ!? こんな、こんなことって……!」


 集中状態にあったランが、青ざめ、焦りを露わにした。

 絶対にあり得ないはずの事態。

 出発前に再度の確認を怠った自分を、ランは強く責める。


「ど、どうしましたの、ランさん!」


「わ、わたしのせいで……っ! けほっ、ううん、今は悔やんでる場合じゃない……っ」


 しかし、すぐに気持ちを切り替える。

 今やるべきことは悔やむことじゃない、この事実を全員に知らせることだ。

 力を使った後の疲労感を押し隠し、ランはこの場の全員に叫んだ。


「皆さん、聞いてください! 今、この近くに龍人は二人しかいません!」


 王女の口から発せられた衝撃的な事実に、動揺が走る。


「確認を怠ったわたしのミスです、ごめんなさい」


「ランのせいじゃない。アレはかなり気力と体力を使うんでしょ。そう気軽に使えるものじゃないから」


「そうですわ。それにまだ遅くはない。すぐに王都へ引き返して——」


「いえ、冒険者の皆さんが王都中に散らばって、当たってくれているはず。……それに引き返したくても、させてくれないみたいですから」


 左斜め上方、民家の屋根の上を見やるラン。

 そこにいたのは、長い青髪を風になびかせた女戦士。


「フィアーさん……。やっぱり、戦うしかないんですか……?」


「……当然だ。私の全ては、レイドルク様のために」


 小さく口の中で呟くと、彼女の全身が赤い鱗に覆われ、肥大化を始める。


「う、うそ……! フィアーさん、龍化は出来ないって……、人間は、食べないって言ったのに!」


「レイドルク様が望むなら、そこに私の意思が介在する余地はない。ただそれだけのことだ」




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