71 王都西区画、戦場となる
煙を吐き出し続ける屍毒龍・ドラゴンゾンビ。
静かに佇む龍の周囲には、自我を抜き取られた浮浪者たちがまるでゾンビのように彷徨い、守りを固めている。
「……ライナ、どう攻める?」
『さぁて、どうしようか。なんせゾンビだからね、首を切っても心臓を潰してもお構いなし、その上再生能力持ちだから正攻法でやっても殺せない。効果的なのは炎で焼き尽くすか、聖なる力で浄化するかだ』
「聖なる力なんて使えないし、炎で決まりだね。で、問題はもう一つ。戦いになったら間違いなく、あの人たちを巻き込んじゃう」
操られた浮浪者たちをどうやって遠ざけるのか。
彼らに犠牲を出してしまうのは、可能な限り避けたいところ。
『ガスの濃度が弱まりさえすれば、洗脳も——リノ、後ろだ!』
ライナの声と同時、影が差した。
すぐさま背後を振り向けば、男たちが周囲を取り囲み、角材や斧を振りかぶっている。
逃げ場は前方、屍龍の目の前しか残されていない。
「もう、まだ作戦も立ててないのに……っ!」
屋上から飛び下り、龍の眼前へ着地する。
ぼんやりとガスを出し続けていたドラゴンゾンビが、敵対者の姿を目にして咆哮を上げ、臨戦態勢を取った。
『アキ゜ョオオォォォォォッ!!』
「くさっ! うるさっ! なんか飛んだし!」
『文句言ってんな! 来るよ!』
ドラゴンゾンビに操られるまま、彷徨っていた浮浪者たちが一斉にこちらを向く。
よろよろと走り寄る彼ら。
その隙間を縫うように駆け、リノは瞬時にドラゴンゾンビの眼前へ。
「ライナ、交代!」
『おうさ!』
すぐに人格を入れ替え、ライナが炎の魔法剣を発動。
その瞬間、火花が散り——。
ドガアアアァァァァァァァン!!
大爆発が巻き起った。
「うああぁぁあぁぁっ!!?」
爆風に煽られたリノの体は吹き飛ばされ、建物の壁に背中から叩きつけられる。
飛散した瓦礫が飛び来るが、リノがチェンジしたことで回避が発動。
全ての破片をかわしきった。
『迂闊だった……! 奴ぁあらかじめ、可燃性のガスまで散布してやがったんだ! ゾンビなんかに、そんな知能があるなんて……!』
「げほ、げほっ! わ、私は背中打っただけで済んだけど、でも……っ!」
爆炎の中から姿を見せた屍龍。
吹き飛んだ頭部が再生し、元通りの腐り果てた無傷の状態へと戻る。
だが、浮浪者たちはそうはいかない。
爆風の直撃を受けた一部の者はバラバラの肉片となり、原形すら残っていない。
残る者たちも程度の差はあれ傷を負い、しかし痛覚など感じていないかのように立ち上がり、リノへと向き直る。
「犠牲、出しちゃった……! くそっ!」
『しかもこうなっちまったら、もうフレイムエッジも使えない……』
同時にドラゴンゾンビも濁った眼をこちらに向け、濃い緑色のガスを口から吐き出す。
「まずい……っ!」
危険な気配を感じたリノは、すぐさま屋内へ退避。
手ぬぐいの上から更に手で口元を抑えつつ、階段を駆け上る。
「毒ガス、だよね……、明らかに」
『教える前に見切るとは、さすが相棒』
「さっき、しどくりゅーって言ってたし。想像はつくよ」
大勢の浮浪者が彼女を追って屋内へ駆け込んだ。
振り返りつつ、その様子に安堵するリノ。
自分を追って屋上まで来れば、毒ガスの餌食にはならないはず。
屋上に飛び出したリノは、まず屍毒龍の様子を確認する。
敵は首を左右に振りながら、緑色の毒ガスを撒き散らし続けていた。
屋外の空気が緑色に変わり、通りに残った数人の浮浪者が次々と首元を抑え、目と口を開ききった凄まじい形相で死んでいく。
「まずい、アイツ周りの被害もお構いなしだ! これ以上犠牲が出る前になんとかしなきゃ……。ライナ、アレやるよ!」
『おう、……と言いたいとこだけど、団体さんのお出ましだ。まずはこっちを片付けないと』
操られたスラム街の住民が、屋上へ大挙して押し寄せる。
その数、およそ三十人。
リノ自身が誘導したとはいえ、全員を気絶させるには骨が折れそうだ。
「手加減してあげられないかもだけど、ごめんね!」
ライナの魂を首飾りから取り出し、自らの体に同居させる一連の作業は、リノに非常に高い集中力を要求する。
一瞬の隙が生死を分かつ戦闘中に行うことは困難だ。
全ては奥の手を発動する時間を稼ぐため。
リノは高速で移動しつつ、次々と彼らの首筋を柄で打ち据え、意識を刈り取っていく。
一秒に一人のペースで倒し、三十秒後、その場に立っている者はリノただ一人となった。
「よし。ライナ、いくよ!」
『おうさ!』
首飾りを握りしめ、収納を発動。
ライナを首飾りから取り出し、自分の体、心に開いた領域へと納める。
ブラウンの瞳が蒼紅の光彩に変わり、次の瞬間、彼女は屋根を渡って駆けだした。
「ライナ、私の考え分かるよね」
『完全同調してるからね、バッチリさ。この曲刀なら可能だと思うよ』
屍龍から百メートルほど離れたところで、通りへと着地。
大量の風の魔力を曲刀に注ぎ、刀身が巨大な竜巻を纏う。
疾風の刃を越えた、これは天災の刃。
「吹っ飛べぇぇぇっ!!」
振り抜いた一閃。
凄まじい突風が吹き荒れ、通りに充満した毒ガス、洗脳ガスを纏めて吹き飛ばす。
生き残っていた浮浪者たちが正気に戻り、骸のような龍の姿を目の当たりにして叫び声を上げ、散り散りに逃げだした。
「よし、一気に決める!」
可燃性のガスを充満させるには時間がかかる。
その前に炎の魔法剣で全身を焼き尽くし、終わらせる。
火炎を刀身に纏い、リノは百メートルもの距離を一気に詰めた。
ブオンッ!
脳天を目がけて振るわれる炎の一刀。
しかし、生ける屍を焼き尽くすはずの一撃は空を斬った。
リノは思わず我が目を疑う。
確かにそこにいたはずのドラゴンゾンビの巨体が、幻かのように忽然と消え失せたのだから。
「なっ……!?」
攻撃を空ぶったリノは、大きく体勢を崩す。
その懐に飛び込む小柄な影。
鋭い蹴りが腹部に突き刺さり、彼女は大きく吹き飛ばされた。
「げほっ! うぐぅぅっ……!」
受け身を取り、二度バウンドしてから跳ね起きる。
奇襲を仕掛けた敵は、間違いなくドラゴンゾンビだった龍人。
細身の体、ボロきれのようなマントを羽織り、ダガーを逆手で構える立ち姿。
「龍化を解いて避けたのか……。フィアーを脱獄させたのもコイツ……! ライナ、どうする!?」
『……あ、あぁっ……!』
「……ライナ?」
相棒の様子がおかしい。
敵の顔を、明らかにシーフの少年のゾンビを目にした途端、彼女は明らかに動揺している。
『う、うそ……、だろ……。アイツはリズ……!』
「リズって……、まさか、前に言ってた……」
『……あぁ。リズは愛称、本名はリーゼット・ソーン。私の、昔の仲間だ……っ!』