表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/93

69 半龍の姫君、力を我が物とする




 城下の混乱は、王宮内にも伝わっていた。

 ランを引き渡せと迫る群衆が集い、暴動寸前の王宮前広場。

 彼らの要求への対応について、緊急の会議が開かれた。

 王の御前で貴族たちが議論を戦わせ、頬杖をついた国王が瞳を閉じ、静かに耳を傾ける。


「もはや暴徒となった民衆は抑えられん! こうなったのも全て、ラン様を城に招き入れたのが原因!」


 声を荒げて熱弁を振るうのはマンゴーシュ侯爵。

 かつて龍殺しの英雄と呼ばれたバルトの、実の父親だ。


「かくなる上は姫を城から追放し、彼らに受け渡す以外に道はない! 王よ、ご決断を!」


 彼は反ラン派の急先鋒。

 高い地位を笠に着て、持論を強引に押し通そうとするやり口に、諸侯は良い感情を向けてはいない。


「それは些か暴論が過ぎる! 民衆の我がままに従って王族を差し出すなど、王家の威信は地に墜ちよう!」


「その通り! 第一、ラン様は先代国王の血を引くただ一人のお方! 代々続く直系の血を絶やすおつもりか!」


 口々に反対意見が飛び出すが、


「黙らっしゃい! 聞けば姫は、かの事件以来一人部屋に閉じこもり、顔も出さぬと言うではないか。そのような情けないお方に、我らが王国の未来を託せるとでも!?」


 マンゴーシュ卿は一蹴し、諸侯を睨み回す。


「さあ、王よ。今こそご決断を! それともまさか、この期に及んでまだ決断を先延ばしにするつもりではありますまいな!」


「……ワシの意見は変わらぬ。ランを差し出すべきではない」


 頬杖をついたまま、マンゴーシュ卿の意見を跳ね除ける。

 王は決して意見を曲げず、マンゴーシュ卿も持論を変えない。

 このままいたずらに、ただ時間だけが過ぎていくのか。


 バァン!


 その時、会議の間の両開きの扉がけたたましく開いた。

 一斉に諸侯の注目が集まる中、龍殺しの英雄を伴って踏み入ったのは金髪碧眼の少女。

 堂々たる足運びで玉座の脇に向かい、リノを眼下に跪かせ、会議のテーブルに付いた諸侯を見回す。

 王は玉座から身を起こし、驚きに目を見開いた。


「おぉ、ランよ……! このような場に姿を見せるとは、如何したのだ!」


「お父様、今までわたしを庇って下さってありがとう。でも、もう大丈夫ですから」


 父である王に対しニコリと微笑むと、彼女は毅然として前を向く。


「皆さま。わたしが至らぬばかりに、このような不要な会議を繰り返させてしまいましたね。ですが——」


「不要とはなんですか! この会議はあなた様の処遇を取り決める大事な」


「控えなさい、マンゴーシュ卿っ!」


「うっ……」


 気弱だった少女の、かつてない剣幕。

 口を挟んだマンゴーシュ卿も、すごすごと退散せざるを得ない。


「コホン、失礼。ですが、もう会議は不要です。このわたしと、ここに控える龍殺しの英雄、リノ・ブルームウィンドが、此度の苦難を打ち払ってみせましょう」


 彼女の小さな体からにじみ出る、自信と気迫。

 親ラン派だった貴族たちは、自然と頭を垂れて威光にひれ伏した。

 だが、ランに反目する派閥、とりわけマンゴーシュ卿は反感を抱いたまま。


「苦難を打ち払う、ですと? 具体的にどうやって。暴徒と化した民衆を、まさか英雄殿が力ずくで押さえるとでも?」


「具体的に、ですか。なるほど、その方法をみなに示さねばなりませんね」


 ランはゆっくりと目を閉じ、自らに眠る龍の力を呼び覚ます。

 暴れ出しそうになる衝動を強い心で抑え込み、平静を保ったまま。

 彼女の右腕から右の首筋にかけてが緑の鱗で覆われると、貴族たちはどよめき、会議室はざわめきに包まれた。


「……皆さん、お静かに。大丈夫、わたしは正気です」


「で、ではランよ。おぬしまさか、龍人の力をコントロール出来ておるのか!」


「はい、お父様。そして、龍人は龍人と強く繋がっています。この状態ならば、民衆を扇動している龍人の存在も、レイドルクの居場所も探知出来るはずです」


「扇動していると仰ると……、つまり、この一連の騒動も龍人が引き起こしていると?」


 貴族の中から上がる疑問の声には、ランに代わってリノが答える。


「如何にも。おそらくは人間の神経系に働きかけて理性の働きを弱め、凶暴性を引き出す毒が散布されています。毒龍系統のドラゴンに変化する龍人の仕業と推察します」


(……って、全部ライナの受け売りなんだけどね)


 英雄の披露した知識に舌を巻く貴族たち。

 当の本人は澄ました顔で跪きながら、首飾りの同居人にひっそりとお礼を告げる。


 そして龍の姫は、意識を極限まで集中し、探知の網を王都の隅々にまで広げていく。

 脳内に叩き込まれる膨大な情報。

 頭痛と吐き気に耐えながら、ついに龍人の尻尾を捕らえた。


「……分かりました。王都西側のスラム街。そこに一体、龍の形態をとった龍人がいます。そして、東区画の廃時計台。そこに、ゾッとするほどの数の龍人がひしめいています。おそらく、レイドルクもそこに」


 探知を終えた半龍の姫君が、汗ばんだ顔で荒く息を吐きながら、結果を告げる。

 消耗は激しいようだが、彼女は決して臣下の前で弱みを見せない。

 平静を保ったまま龍人の力を抑え込み、元通りの美しい姫へと戻った。

 娘の活躍に両手で膝を打ち、王は声高に命を出す。


「でかした、ランよ! 伝令、すぐさま冒険者ギルドにこの情報を! 暴徒が鎮圧次第、騎士団と冒険者、一丸となって廃時計台へ攻め込む!」


「民衆を煽動する毒を放つ龍は、私にお任せを。必ずや打ち倒し、皆を正気に戻してご覧に入れます」


「うむ、ではリノ。スラム街の龍はお主に任せた」


「お、王よ! お待ちくだされ!」


 またも口を挟んだマンゴーシュ卿に、王は鬱陶しそうに取り合う。


「なんだ、まだ何かあるのか」


「ありますとも! このような話、なんの証拠もない! 本当に姫が敵の居場所を割り出せる証拠など、どこにも無いでしょう!」


「証拠はある。この能力の開花を恐れて、敵は二度も娘を攫ったのだからな」


「し、しかし……」


「マンゴーシュ卿」


 額に青筋を立てる侯爵に対し、ランは静かに微笑みかけた。


「周囲がわたしの意見に賛同するばかりでは、わたしが悪い方向に行った時、諌める者は誰もおりません。わたしの治世となったのちも、頼りにしてますね」


「うっ、うぐ……っ」


 彼にもはや、返す言葉は残されていない。

 赤面し、大人しく席に着いて黙りこくるのみ。


「……他に異議のある者はいないな」


 王の一声に、一同は静かに頷く。

 これにより会議の方針は決定され、即座に冒険者ギルドへと伝令が走る。


 王都全土を巻き込むこととなる龍人掃討作戦。

 その前哨戦、毒龍退治に龍殺しの英雄が挑む。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ