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68 王都の群衆、暴徒と化す




「この化け物が! くたばりやがれっ!」


 男の一人がランにむけて棍棒を振り下ろすが、所詮は素人の一振り。

 間に割って入ったリノが、まったく腰の入っていない打ち下ろしを軽くあしらう。


「ちょっと、落ち着いて! お家が焼けちゃったのは気の毒だけど、ランちゃんのせいじゃ……」


「うっせぇ、庇うってんならお前も同罪だ!」


「そうだ、化けモンは一匹残らず俺たちの国からいなくなれ!」


 周囲を取り囲む男たちが、そうだそうだ、と口々に叫ぶ。

 再びランに殴りかかる男の表情から、リノは理性というものを感じ取れなかった。

 傷付けないよう武器を持った腕を取り、背中側に関節を固めて制しつつ、幼馴染に指示を出す。


「アリエスちゃん、ランちゃんを連れて城まで飛んで! この人たち、普通じゃない!」


「分かった。ラン、後ろに乗って」


「はいっ!」


 箒を浮かせたアリエスの後ろに、ランが飛び乗る。

 二人を乗せた箒は高く浮き上がり、城へ向けて急発進した。

 リノも包囲の中から飛び出して屋根へと駆け昇り、家々の屋根を飛び渡りながらアリエスの箒と並走。

 男たちの罵詈雑言と投石を遥か置き去りにしながら、三人は王宮へと急ぐ。


 その眼下、城下町は大混乱の様相となっていた。

 取っ組み合い、殴り合い、取り押さえようとする冒険者にも殴りかかる者。

 隣にいる誰かを龍人だと決め付け、ヒステリックに騒ぎ立てる者。

 徒党を組み、破壊活動を行う住民たちの姿も見える。


「な、なにこれ……。なんで突然、こんな……」


「何か妙。いくら空の上でドラゴンが暴れたからって、いきなりこんなカオスになる?」


「ならない……よね、普通」


 やがて三人は、城の前へと辿り着く。

 王宮前の広場には大勢の市民が押し掛け、ランを差し出せと抗議の声を上げていた。

 城門へと雪崩れ込みそうな、半ば暴徒と化した民衆を、騎士団が必死に阻んでいる。


 これでは正門からは入れない。

 リノは堀を飛び越え、城壁の上に飛び乗って屋根伝いにランの部屋へ。

 窓を開け放ち、アリエスを手招きする。


 アリエスは広場の人だかりにランを見られないよう透明化の魔法を使用。

 リノが窓を開け放ったランの自室へと飛び込んだ。


「無事帰還。ラン、乗り心地はどうだった?」


「え? えっと、良好でした。ちょっと風が凄かったですけど」


「確かに、ボサボサになってる。すぐに梳いてあげる」


「ちょ、ちょっと、こんな時にですか?」


 箒から飛び下りるやいなや、鏡台の前にランを座らせて、かつての日課だった髪の手入れを始める。

 困惑するランだが、リノは一目で見抜く。

 こんな時だからこそ、ランの不安を取り除くためにやっているのだと。


「アリエスちゃん、優しいね」


「ん、どうしたの、急に」


「何でもない。じゃあ私は、ランちゃん奪還したことを伝令さんに伝えて来るから、ゆっくりしてて!」




 リノの報告を受けた伝令兵によって、ランの奪還はすぐさま城中へと知れ渡った。

 そのまま王様にも謁見をと考えたが、王は現在王都にいる貴族全員を集め、会議を開いているらしい。

 やむを得ずランの部屋へ戻ろうと、廊下を歩いていると、


「リノさん! ランさんを無事に連れ戻せたって、本当ですの!?」


 ミカがこちらへと駆け寄ってきた。

 彼女の後ろには、ガブリエラとウリエもいる。


「うん、怪我もないしバッチリ元気。今はアリエスちゃんと一緒に部屋にいるんだけど、顔見てく?」


「いえ、無事ならいいのです。ランさんも、あなたも」


 微笑みながら、リノの手を握るミカ。

 笑顔の裏に隠された、彼女の気持ちはもう知っている。

 気持ちに応える覚悟も出来ている。


「ミカちゃん、後で大事な話があるんだ。この状況が落ち着いたら、聞いてくれるかな」


「えっ……? そ、それはもちろん……」


 手を握り返しながらの真剣な眼差しを受けて、彼女の心臓が鼓動を早める。

 都合のいい未来を想像して、勝手に顔が熱くなっていく。


「はいはい、ミカ姉。わりいけどちょっと貸してもらえねぇか? あたいらもリノに話があんだけど」


「はっ……! か、貸すも何も、わたくしのものではありませんから、どうぞご自由に!」


 妹の言葉に耳を赤くしつつ、握り合っていた手を振りほどいてそそくさと離れる。

 非常に分かりやすい姉の反応に苦笑すると、ウリエは深刻な顔で切り出した。


「お前が昨夜とっ捕まえた龍人、逃げちまった」


「フィアーが……!?」


 リノはランが攫われたことしか知らない。

 あの時何が起きていたのか、手短に経緯を説明する。

 城内にもう一人龍人が忍び込んでいたらしく、脱走の手引きをしたことも。


「しかも、だ。牢のカギは使われた形跡が無かった。あそこの地下牢、警備の都合上全然違う場所にカギを保管しててさ」


「カギを使わずに牢を開けたのか。やっぱ力ずくで、だよね」


「それが違うんだ。まるでシーフのような鮮やかな手口で開けられてたんだと。目撃者だったろう看守も皆殺し、酷い有様だったぜ」


 皆殺し。

 その報告に、リノの表情が曇る。


「そう、なんだ……。私がフィアーを捕まえたせいだ……。そのせいで、死ななくていい人まで……」


「そんなに自分を責めないでくださいまし。敵の陽動にまんまとハマったわたくしたちにも、責任はあるのですから」


「……ありがと。ミカちゃんは優しいね」


「そうよぉ、ミカちゃんは優しいの〜」


「ちょっ、お姉さまっ!」


 ガブリエラに後ろから茶化されてしまい、頬を膨らませるミカ。

 彼女の一声で場の空気が和み、同時にリノは彼女に用事があったことを思い出す。


「そうだ、ガブリエラさん。この呪いの首飾り、どんな呪いがかかってるか分かりますか?」


 収納ではなく、小さなポーチに直接突っ込んでおいた、青い首飾り。

 曰くつきの呪いの品を彼女に見せると、彼女は少々驚いた様子だ。


「これ、吸魂の首飾りね〜。とあるスキルを使えば、死者の魂を封印できる代物よ〜」


「魂を封印……? もしかして、私の首飾りも……」


「あら、知らなかったのぉ? その通り、同じ物よぉ。てっきり知ってるものとばかり思ってたわぁ」


 ライナが封じられた紅い首飾りは、正体不明の呪いの首飾りと同一の物だった。

 その事実に驚く間もなく、ガブリエラは眉をひそめて青い首飾りをまじまじと見つめ、恐ろしいことをさらりと言ってのける。


「それにしてもこの首飾り、もの凄い数の怨念が封印されてるわねぇ……」


「お、怨念っ!? あの、除霊とかは出来ないんですかね……」


「残念ながら無理そうねぇ。ざっと見た感じ、数百年分の重罪人の魂が、憎しみに囚われて怨念の集合体に変質しちゃってるわ〜。こうなったらもう、救うなんて不可能よ〜……」


 あまりのことに青ざめるリノ。

 ライナ曰く、捨てても戻ってくるらしいこの首飾り。

 怨念渦巻く呪いの塊と、これからも一緒に過ごさなければならないとは。


『……あー。リノ、ドンマイ!』


「うっさい悪霊」


 肉体が存在すれば、親指を立ててサムズアップしているはず。

 怒りをたっぷりと込めて返しつつ、仕方なしに呪いの首飾りを収納。

 二度と取り出すことは無いだろう。


 なんだか釈然としない気分を抱えていると、ミカがこちらへと連れ立ってやって来る二人に気付く。


「あら。ランさん、アリエスさん」


「ミカさん、ケガも無さそうで良かった……」


「あれ? 二人とも、部屋で待ってても良かったのに」


 小首をかしげるリノ。

 何より彼女が疑問を抱いたのは、ランの蒼い瞳に宿った強い覚悟。


「わたし、やるべきことがあるんです。今行われてる会議、わたしの処遇についてのものだから」


 伝令兵から会議の内容を伝え聞き、ランは覚悟を決めた。

 自らの力を、諸侯の目の前で、完全に制御してみせる。


「リノさん、お願いです。わたしに力を貸してください」




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