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06 荷物持ちからの卒業




 王都中央公園広場。

 名前の通り王都ナボリスの中心に位置し、シンボルは大きな噴水。

 住民の憩いの場として親しまれる場所だ。


 邪龍討伐の宴は三日三晩続き、ようやく宴が終わった今日、この噴水前に五人は集合した。

 目的はパーティーの解散と、リノが【収納】のスキルで預かっていた各々の私物の受け渡しだ。


 今回リノは大きなリュックを背負っておらず、小さなカバンを腰に付けている。

 あのリュックに詰まっていたのは、自分に何かあった時のための、誰でも取り出せる緊急用の食料や回復薬。

 【収納】スキル自体は、小さなカバンでも使用可能なのだ。


「やっと終わった、やっとリノに会えた。もうやだ、もう二度と王宮の宴なんて出ない。リノ、私の疲れを癒して」


 戦功を誇り、あることないことを自慢げに語るバルトと、それを簡単に信じる貴族たち。

 たとえ豪華な料理が振舞われたとしても、真相を知る三人、特にアリエスにとっては地獄のような時間だった。

 一見無表情に見えるアリエスの疲労を一目で見抜いたリノは、彼女の魔女帽を取り、頭を軽く撫でる。


「えっと、よしよし?」


「はふぅ……。ありがとう、回復した」


 リノのなでなでは、ポートの回復魔法以上の即効性を発揮したらしい。

 一見無表情に見えるが、リノはアリエスのホクホク顔を一目で見抜いた。


「チッ、いつまでじゃれ合ってやがんだ! さっさと俺の荷物を寄こしな!」


 そこに挟まれる粗暴な声。

 元よりリノも、一刻も早くこの男と縁を切りたい。

 あらかじめ一纏めにしておいたバルトの私物を、【収納】で手早く取り出し、突き付けた。


「はい、これ。バルトさんの分はこれで全部だから」


「それでいいんだよ、役立たずの荷物持ちが。言われる前にさっさと出しやがれ」


 乱暴に荷物をひったくり、悪態を付く。

 その態度の悪さに、この三日間色々と溜め込んでいたオルゴがとうとう怒りを見せた。


「役立たずは……、どっちだろうな……」


「あぁん? なんだって?」


「龍を前にして逃げた男と、龍を討ち倒した少女……。どっちが役立たずかと言っている……!」


「はぁ? 龍を倒したって、誰のこと言ってんだ。お前ら三人で倒したんじゃねえのかよ」


 邪龍ベルセロスは、自分を除く三人のメンバーが倒した。

 そう思い込んでいた彼には、オルゴの発言の意味が理解出来なかった。


「龍を倒したのは、リノだ……。俺たち三人は、ほとんど役に立てなかった……」


「……ナニ言ってんだ、コイツ。荷物持ちが龍を倒したって、ははっ、なんだその笑えねえ冗談。なあお前ら」


 ヘラヘラと笑いながらポートとアリエスの顔を見回すが、二人とも表情は真剣そのもの。

 アリエスの視線からは、軽蔑と、いっそ哀れみまでが込められている。


「な、なんだよ……、マジで言ってんのかよ……。この役立たずが龍を倒したって、マジに言ってんのかよ、オイ!」


 いくら声を荒げても、三人から送られる視線は変わらず、そして。

 リノまでが、彼に同じ目を向けていた。


「バルトさん、荷物渡したんだからもう用事はないでしょ。早く王宮に戻って、ウソの手柄で持て囃されに行ったら?」


 自分を殺そうとしたこの男に、リノは手柄を譲ってやった。

 王宮に入れなくても、パーティーの一員としての存在すら消されても。

 それでも、許してやった。


「コイツが、龍殺し……? 俺より強いだと……? ふっざけんじゃねぇ!!」


 にも関わらず。

 バルトは拳を握り、リノに殴りかかる。

 【回避】が発動し、拳は空を切った。

 同時にリノはバルトの腕を掴んで背負い、投げ飛ばす。


「ぐあっ!?」


 石畳に背中から叩きつけられ、バルトは悶絶する。

 リノはそんな彼に侮蔑の視線を投げかけながら、助け起こした。


「大丈夫? 怪我しないように加減出来てたかな」


「触んじゃねぇっ! クソがっ!!」


 バルトはリノの手を振り払い、足早にその場を立ち去っていく。

 走り去る背中を見送りながら、 あの男とは二度と関わりたくないと、リノは心の底からそう願った。


「リノ、ちょっと優しすぎ。アイツ、リノを殺そうとしたんだよ? 城に入れてくれなかったんだよ? 決闘挑んで公衆の面前でボッコボコにしてやっても良いくらいなのに、助け起こすだなんて」


「決闘なんて申し込んでも絶対断られるよ。アイツに受けるメリットなんて無いし」


 バルトが立ち去ったあと、リノはオルゴとポートにも荷物を渡す。

 二人の私物はバルトのものと同じく一纏めにされており、彼らはリノの心配りに感謝の言葉をかけた。


「これからお二人は、どうするんですか?」


「当然……、自分のクランに戻る……。リーダーの俺がいないんじゃ……、野郎共も不安だろうからな……」


「僕は引退した身、もう冒険者ではないからね。元通り、教会に戻って神官としての仕事に勤めるよ」


 クランとは、冒険者たちが寄り集まって作る数人のグループ。

 トップグループはランキングに名を連ね、高難度・高報酬の依頼が殺到する。

 オルゴは冒険者ギルドのトップクラン、『フォートレス』のリーダーだ。


「では、僕はこれで。困ったことがあったら、いつでも頼ってくださいね」


「俺のクランも、いつでも力になろう……」


 二人もその場を去り、リノとアリエスだけがその場に残された。


「みんな、行っちゃったね。アリエスちゃんの荷物はどうする? 一応、纏めてはおいたけど」


「必要ない、一緒に住んでるんだし。リノがそのまま持ってて」


「りょーかいっ。じゃあ、まずはどうする? さっそく冒険者ギルド?」


「その前に、武具屋に寄っていこう」


「武具? なんで?」


「まずはリノの剣を買わないと。せっかく戦えるようになったのに、あの錆だらけの曲刀をそのまま使うつもり?」


 言われてみれば。

 今まで満足に剣すら振れなかった筋力が、ライナが取り憑いてから大幅に上昇した。

 回避と組み合わせれば、一人でも十分に戦えるはずだ。


「……ってことは、私とうとう、荷物持ち卒業?」


「そうだよ、一端いっぱしの冒険者になれるよ。やったねリノ」


「そっか、戦えるようになったんだね、私。もうアリエスちゃんの背中を見るだけじゃない、対等な関係で、横に並んで一緒に戦えるんだ……」


 幼い頃は、手を引いて幼馴染の前を歩いていた。

 スキルを手に入れた途端、幼馴染は自分を置いてどんどん先に進んでいった。

 置いていかれないように、遠い背中を見失わないように、戦闘力も無いのに荷物持ちとして転がり込んで。


 ひょっとしたらアリエスも、迷惑だったんじゃないか。

 そんな負い目を感じたことも、一度や二度じゃなかった。

 邪龍討伐のパーティーでも、何か役に立ちたくて、気持ちばかりが焦っていた。


「……えへへ。ありがとう、ライナ。全部あなたのおかげだよ」


『おっと、どうしたんだ急に。可愛い女の子のお礼なら、喜んで受け取るけどさ』


「じゃあ、喜んで受け取っといて」



 ▽▽



 リノはアリエスと共に、手近な武器屋に入店。

 生前使っていたのと同じタイプの曲刀がいい、とのライナのリクエストにより、リノが選んだのは。


「うん、これなんかいい感じ」


 刃渡り七十センチ。

 切っ先が湾曲し、ナックルガードが付いた片手用の曲刀。

 軽く振るうと、羽のように軽く感じた。

 アリエスは魔法の杖を熱心に見ているが、気に入る品は無いようだ。


「おじさーん、この剣くださーい!」


「はいよ、まいど。……おや?」


 カウンターに剣を運んだリノ。

 店主は彼女の首飾りに視線を注ぎ、一瞬だけ表情を険しくした。


「そ、その首飾りは……。い、いや、見たところ良い品だね。どうだい、譲ってくれないかい。言い値で買うからさ」


「そんなに値打ちものなんだ、これ。でもごめんなさい、とっても大事なものなの」


「そいつぁ残念。ちなみに——あぁ、お嬢さんの名前は……?」


「リノ。リノ・ブルームウィンドです」


「リノちゃん。それ、どこで手に入れたんだい? おじさんにこっそり教えてくれよ」


「あー……、言っても信じて貰えないかもだけど。ベルス山の大迷宮で見つけたんだ」


「なるほどねぇ、ベルス山の大迷宮かぁ」


 にこやかに会話に応じ、会計を済ませて。

 腰に剣を装備したリノと、結局何も買わなかったアリエスは店を出る。

 店主がすぐに店を閉め、顔色を変えて飛び出したことには気づかずに。



 ▽▽



 王都西部、西区画に位置するスラム街。

 人が死のうが行方不明になろうが、ここでは日常茶飯事。

 誰も気にせず、気にも留めない。


 薄汚れた路地裏で、浮浪者の男は腰を抜かし、恐怖に歪んだ表情で荒く息を吐く。

 目の前にはにこやかな笑みを浮かべる、紳士然とした小太りの男。


「ひ、ひぃぃぃっ! なんなんだ、なんなんだよ、アンタはぁ!」


「何って、先ほども名乗ったでしょう。私はラーガ、奴隷商を営んでいる者。そして、目的は食事です」


 男の頭部が肥大化し、まるで龍のような異形へと変貌する。

 浮浪者は顔を引きつらせ、目尻に涙すら浮かべて絶叫した。


「しょ、食事って……。や、やめろ! 化け物、寄るなっ、やめてええええぇぇぇぇぇっ!!!」


 グチュッ、バリッ、クチャッ、ボリボリッ。


 浮浪者の男に頭から噛みつき、骨ごと噛み砕いて咀嚼そしゃくする。

 哀れな犠牲者の悲鳴に耳を傾ける者は、他人の命の心配をする余裕のある者は、ここには一人もいない。


 グチャッ、クチャクチャッ、ゴクリ。


 『食事』を終えた紳士の異形の頭部が、元の姿へと戻る。

 口元に滴る血をハンカチで拭いながら、彼は味に納得いかなかった様子だ。


「……ふぅ、やはり美味とはいきませんね。ここの住民は活きが良くない。生気に満ちた十代の少女の肉を貪りたいものです。……おや?」


「はぁ、はぁ……。やっ、やはりこの時間帯はここでしたか、ラーガさん……」


 路地裏に姿を現したのは、リノが剣を購入した武器屋の店主。

 余程急いで来たのだろう、ひどく息が乱れ、顔色も悪い。


「おやおや、ワバンさんですか。どうしました? わざわざ会いに来るなんて」


「あ、あの方に急ぎ取次をして欲しいのです。龍殺しの封印が、解かれました!」


「……ほう。それが本当ならば、由々しき事態だ。遥か昔、我らが同胞を殺して回ったという『龍殺し』。甦ったとなれば、我らに牙を剥きかねない。いいでしょう、あの方は丁度、我が屋敷にご滞在だ。ついてきなさい」


 武器屋の店主ワバンを引き連れ、ラーガはにこやかな笑みを湛えたままその場を立ち去る。

 彼らが去ったあと、残されたのは汚れた路地に染み付いた血。

 そこで何があったのか、調べる者もかえりみる者も、気に留める者すら誰もいない。




あのクズへの制裁はこれからなのでご安心を。

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