はるかな過去の物語、そのひと欠片 ☆イラストあり
うほごりくん(https://twitter.com/uhogorikun88)様から、ライナたちのイラストを戴きました。
感謝を込めてこの話の最後に掲載させていただきます。
ローメリア王国の王都、ロマリア。
平和な営みが繰り返される街並みの影、薄暗い路地裏の袋小路で、一人の女剣士が男を追い詰めていた。
その右手には抜き身の曲刀、赤い髪を後ろで縛り、青い瞳には憎しみと残虐な悦びが宿る。
「ひ、ひいいぃぃぃぃっ、なんなんだよ、アンタ! 俺が何したってんだ!」
「人を喰った。だろ? それだけでお前が死ぬにゃぁ十分な理由さ」
「俺の正体を知って……、お、お前まさか、噂に聞く龍殺し!?」
「ピンポンピンポン、よく出来ました〜。じゃ、今からされることも、分かるよねぇ?」
「や、やめろ、来るな、うぎゃああぁぁぁぁっ!!」
「おいっす、エルザ! 見張り御苦労さん」
数十分後、袋小路から赤髪の女が顔を出す。
彼女の頬と胴鎧は、返り血を浴びて真っ赤に濡れていた。
「御苦労さん、じゃないよ、ライナ! 真昼間から長々とインタビューしちゃダメ!」
ハンカチを取り出して血を拭いつつ、何度目かも分からないお説教をする女性。
青く長い髪を腰まで伸ばし、ロングスカートの法衣を着た、彼女の名はエルザ。
ライナとは旅の始まりから、それ以前からも苦楽を共にしてきた、幼馴染の間柄。
「誰かが来ないか注意するの、大変なんだからね」
「あはは、注意じゃなくてちゅーしてよ」
「バカっ!」
ライナの軽口に頬を染め、ハンカチで彼女の顔をぺちんと叩く。
思わず噴き出してしまうライナと、釣られて笑うエルザ。
穏やかな空気が漂う二人だが、その抱えた過去は壮絶なものであった。
彼女たちの暮らしていた村は、ナボリア王国の西部に位置するのどかな場所だった。
ごく普通の村娘として暮らしていたライナとエルザの二人。
彼女たちが十六歳になったある日、村にふらりと燕尾服の男が現れた。
王都へ向かう旅の途中だと述べ、宿泊を許可された、その男の名はレイドルク。
その晩、ライナとエルザを除く村人全員が、彼のディナーとなる。
彼がライナを喰えなかったのは、【龍殺し】の覚醒により、思わぬ手傷を負ったから。
エルザを喰えなかったのは、ライナが命を賭けて守ったからだ。
それが約七年前のこと。
以来ライナはエルザと共に家族の、村の全員の仇を討つため、レイドルクを追って世界中を旅している。
「おう、ライナ! インタビューは終わったみたいだな!」
連なる建物の屋根から路地裏に飛び下りてきた、緑髪の軽装の少年。
彼に呼び捨てにされたライナが、ジロリと睨みつける。
「ライナさん、だろ? こちとらお前よりも八年は長く生きてんだから」
「うっわ、器ちっちゃ! 年上ならもっと余裕持ったらどうよ」
「あんだとクソガキ。やんのかコラ」
「うわー、お姉さん助けて〜。ライナがいじめる〜」
怯えたふりをしてエルザの影に隠れ、あっかんべー。
鬼のような形相を浮かべるライナ、それを煽る彼共々に、エルザのお説教の餌食となるまでがいつも通りの光景だ。
「もう! ライナ、リズ君、二人共いいかげんにしなさい!」
「はい」
「……はーい」
エルザに怒られ、渋々大人しくなった緑髪の少年。
彼の名はリーゼット・ソーン、愛称はリズ。
高い技術を持つシーフの少年で、身よりもなく盗みを働いていたところをライナに捕まり、エルザの温情によって旅の仲間となった経緯を持つ。
「さて、おふざけはここまでにして本題だ。この王国の大臣ネーク。アイツが龍人だって証拠、掴んできたのか?」
「バッチリさ、裏は取ったよ。そっちは?」
「召使いも龍人だった。こりゃ完全にクロだね。決行は今夜、あの正義バカにも伝えに行かなきゃな」
路地裏を後にして、三人は宿泊中の宿へと歩き出す。
薄暗い路地裏に龍人の死体は無く、血痕が飛び散り、衣服が風に揺れるだけ。
命を落とした龍人は、すぐに腐敗して風化する。
龍人殺しに証拠の隠滅は必要ない。
「それにしても王都ロマリア、龍人多すぎでしょ。一体どうなってんだろうねー」
龍人が一つの場所に大勢が集まることはないはず。
その場所に龍人が増えれば、エサとなる人間が大勢行方不明になる。
身を隠したい龍人にとって、それは存在が明るみに出る大きなリスクを伴うはずだ。
「それほど良い餌場ってことなんだろ。人が多ければ、少しくらい行方不明者が増えても誰も気にしないってな」
「この街に来てからもう十匹以上、仕留めてるよね。あとどのくらいいるんだろう……」
「全く胸糞悪い話だねぇ。何とか奴らを根絶させられる方法は無いもんか……」
ライナのぼやきを耳にして、リズの表情がわずかに変わった。
彼がずっと考えていた、龍人を撲滅するための秘策を実行するには、ターゲットが大臣である事実はうってつけだ。
決意を固め、彼は口を開く。
「……なあ、宿に帰ったらさ。オイラがずっと考えてた秘策を聞かせてやるよ。うまくすれば、龍人をこの世から一掃できるかもしれない。そんなとっておきさ」
▽▽
宿の一室、窓辺の椅子に腰掛け、自らの剣と防具を磨く白髪の剣士。
仲間たちの帰還に、彼は作業の手を止めてそちらを見やる。
「どうだった。やはり大臣はクロか」
「クロもクロ、真っ黒さ」
「そうか。それだけ分かれば十分だ。後は俺自身の正義に従い、悪を討つのみ。いつも通りに、な」
彼の名はレクス・ターレット。
自らの信じる正義に従い、悪と断じた者に容赦しない、理想に燃える若き剣士。
人間を喰らう龍人の存在を知り、悪と認定した彼は、ライナたちの旅の同行者となった。
「相も変わらずブレないねー、レクスの旦那はさー。ま、頼りにはなるけどね」
「うん、レクスさんとっても強いもんね」
「……話をするなら、ライノルードの部屋にでも行ってくれないか。騒がしいのは嫌いなのでな」
「ちょっと待ってくれ、レクスさん。みんなも。龍人を殲滅するための、オイラの考えを聞かせてやるからさ」
リズの提案に、レクスは眉を動かした。
感情を表に出さない彼の表情が動くことは、非常に珍しい。
「……聞かせろ」
「おう! ささ、二人も座って座って」
ライナとエルザは隣同士に腰を下ろし、リズは部屋の真ん中に陣取る。
そして少年は、自らのとっておきの案を披露した。
「オイラの考えってのはさ。王様の前で、大臣を殺すんだ」
「……は?」
「そ、そんなことしたら捕まっちゃうんじゃ……」
「まあまあ聞いてくれよ。まずオイラの手引きで王宮に忍び込むだろ。ライナとレクスさんで寝込みを襲い、大臣の四肢を斬り落とす。そしたら失血死しないように、お姉さんが回復魔法をかけてくれ」
「えげつないねぇ、ワクワクする。それで?」
「止血が済んだら、オイラが王様の寝室まで忍び込む。そして、目の前で大臣が死ぬところを、龍人の本性と死に方を見せてやるのさ。そうしたら、いくら荒唐無稽な話でも、龍人の存在を信じるだろ?」
彼の言わんとすることが、ライナにも掴めてきた。
「なるほどね。龍人が恐れることの一つが、存在の発覚。王様にバラして、大々的に公表しちまえば……」
「そう、龍人には大打撃! 上手くすれば国を上げて、全国で龍人狩りの気運が高まるかもしれない。奴ら大手を振って街を歩けなくなるぜ!」
リズの立てた作戦には、一見して穴が見当たらなかった。
だからこそ、ライナたちは。
「いい考えだね、乗った!」
「私も、協力するよ!」
「俺はどうでもいい。奴らを滅ぼせさえすればな」
この話に、乗っかった。
「ありがとう! へへ、オイラみたいな孤児を、龍人のせいで増やしたくないからな。今までそんな悲劇は沢山見てきた。……もう、誰かが死ぬのを見るなんてまっぴらだ」
「よし、決行は今夜。この作戦で龍人に大打撃、与えるよ!」
龍殺しのパーティーリーダーの号令に、三人は頷く。
この先に待つ、明るい未来を信じて。
これは、かつて起こった出来事の、そのほんのひと欠片。