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66 龍殺少女は心を削り、そして混沌が動き出す




 満身創痍の龍人の少女を、冷ややかな目で見下ろす龍殺しの少女。

 喉元に鋭い切っ先が突き付けられる。

 これから起きる出来事は、火を見るよりも明らかだった。


「ねえ、今度会ったら何って聞いてるんだけど」


 虫けらを見るような冷酷な目を向けられ、リムルの心は死への恐怖で満たされる。


「ゆっ、許して……」


 口をついて出たのは、命乞いの言葉。

 助かるにはこれしかない。

 自分の容姿を最大限に活かし、同情を誘って乗り切るしか。


「お願い、殺さないで……っ! わたし、レイドルクに無理やり龍人にされたの! 嫌々従ってたの!」


「…………」


 涙をボロボロと流しながら、心にも無いことを並べ立てて懇願する。


「本当は人なんて食べたくないし、殺したくない! でも、命令だったから……、逆らえば殺されるから、だから……っ!」


「……で?」


「もう二度と人は食べません! レイドルクとも縁を切ります! だからお願い、助けて……」


 恥もプライドも投げ捨て、全てはこの場を生き残るために。

 リノの足元にうずくまり、震えながら泣きじゃくる。


「……ってことだけど。ライナ、どうする?」


 リノは必死に許しを乞う少女の顔をじっと見つめると、体に宿した相棒と何やら相談を始めた。


「うん……うん、私も同感。じゃあ、それで決まりだね」


 話が纏まったようだ。

 リノは向けていた曲刀を引き、冷たい眼差しのまま処遇を告げる。


「とりあえずお城までついてきてもらう。当然牢屋に入ってもらうけど、協力的な態度なら釈放もあると思うから」


 そのまま抜き身のままの曲刀を収納し、背を向けて歩き出した。

 リムルはニヤケてしまいそうな顔を必死で保ちつつ、心の中で歓喜する。


(やった! ここまで簡単に騙せるなんて、チョロ過ぎでしょ! あっ、それともリムルちゃんがプリティー過ぎたからかなっ?)


 彼女の並べ立てた言い訳は、もちろん口から出任せだ。

 自らの意思で龍人に志願した彼女は、家族全員を喰い殺し、百年以上の時を欲望のままに過ごしてきた。


(あんたみたいな騙されやすいお人好しも、何度喰い物にしてきたことか。あっ、喰い物ってのはそのままの意味ね!)


「……何してるの? はやくついて来て。ランちゃんたちも待たせてるから」


「はいはーい、今行きまーす!」


 快活に返事を返しながら、腰に差したナイフを音もなく抜き、


(あばよ、龍殺し!)


 無防備な首筋に突き立てにかかる。


 ヒュパッ!


「……あれぇ?」


 次の瞬間、リノの首に突き立てるはずのナイフが、リムルの右手首ごと宙に舞う。

 収納した曲刀を瞬時に取り出し、振り向きざまに振るった刃が刎ね飛ばした。

 そう気付いた瞬間、激痛が走り手首から血が噴き出した。


「いっ、ぎあああぁぁぁぁぁぁぁあっ!!?」


 鮮血を溢れさせる右手首を抑えながら、尻もちをついて絶叫を上げる。


「な、なんでっ、騙されたはずじゃ……」


「知らないと思うから教えてあげるね。私には特技があってさ、顔さえ見れば嘘言ってるかどうかが大体分かるんだ」


 喉元に切っ先を突き付けながら、この上なく冷たい瞳を投げつけるリノ。


「ひ……っ!」


「それと、いつも相棒から言われてることがあって。龍人は生き残るためなら平気で嘘をつくってこと。本当だね、本当に醜い」


「ゆっ、許して……! もう本当に、悪いことしないからぁ……!」


「心配しなくてもいいよ。私が今から、二度と悪さを出来ないようにしてあげるから」


 もうその場しのぎの命乞いは通用しない。

 生への執着心から、彼女は半人半龍の形態へと変異し、鋭い爪を立てて躍りかかる。


「ちっ……、ちっくしょおぉぉぉぉっ! このクサレドブスがッ! プリティーなリムルちゃんは、お前ごときに殺されるような——」


「もう喋らなくていいよ」


 一閃。

 首を飛ばされた半龍の醜い頭部が路地裏に転がり、首を失った体と共に倒れ込む。


「……行こうか、ライナ」


『ああ。無理してないか? あたしがやっても良かったんだぞ』


「平気。いくら小さい子供の姿でも、あれは心の底まで怪物だったから。だから殺しても何とも思ってないよ」


 嘘だ。

 彼女と同化しているライナには、リノの感情の流れが手に取るように分かる。

 彼女はあの命乞いを信じようとしていた。

 たとえ表情で嘘が筒抜けでも、信じたいと思っていた。


『……リノが心を削る必要は無いんだよ?』


「……ありがと、ライナ。アリエスちゃんが待ってる。戻ろう」



 ▽▽



「……おやぁ、リムルさんが死にましたねぇ。これは一大事、姫君の奪取に失敗してしまうとは」


 自らの血を分け与えた龍人と強くリンクしている彼は、その死をリアルタイムで察知出来る。

 一大事と口にはしつつも、その表情はひどく楽しげだ。


「これはもうあなた達に頑張って貰わねば。ねえ、フィアーさん。そして……、ふふふっ」


 背後に控えるは、救い出されたばかりの忠実な僕と、もう一人。

 フィアーはすぐに進み出て、主の前に膝を折る。


「ええ、如何様にもご命令ください。あなた様のため、私はこの身を捧げたのですから」


「そうですかそうですか。では命令を下します。今からそこで、人間を五十人ほど喰らいなさい。そして龍化ドラゴライズの力を手に入れるのです」


「なっ……!」


 指を鳴らすと、胴体を縛られた奴隷が約五十人、龍人に引き連れられてくる。


「彼らはラーガさんの飼っていた奴隷。そのうち、龍人としては適さなかった者たちです。こういう形で役に立って貰いましょう」


「そ、それは……っ!」


「……おやぁ? 私の命令が、聞けないと?」


「い、いえ……。命令と、あらば……」


 レイドルクの命令は、彼女の中で絶対。

 自らの信念よりも優先すべき事項だった。

 躊躇いを覚えつつも、彼女は命令を実行に移すため、奴隷たちへと歩み寄る。


「ひ、ひっ! おねげぇでごぜぇます、命ばかりは……っ!」


「…………」


 怯える奴隷たちに何も答えず、フィアーは半人半龍の姿となり、そして。


「ひぎゃああああああっ!!」

「やめてくれえええええええ……っ」

「あぎゃああああああああっ!!」


 暗がりから、阿鼻叫喚の叫びが絶え間なく聞こえ始めた。


「ふふふ、いい子です。さて、フィアーさんを奪還したばかりで恐縮ですが、あなたにももうひと働きして貰いますよ。何せ思ったほどのカオスが見られなかったのでねぇ」


「…………」


 レイドルクの言葉にも、その龍人は返事を返さず、ただ人形のように立ちつくしたまま。

 まるで、自分の意思が無いかのように。


「リムルさんが暴れてくれたおかげで、皆さん丁度気が立っているようですし。もし姫君が覚醒したならば、我ら龍人の位置も筒抜け。暴動の発生を待っている場合じゃなくなりました」


 無言で立ち尽くすその龍人に、レイドルクは命令を下す。


「スマートなやり方ではありませんが、あなたの力でこの街をカオスに陥れてください」


 指令を受け取った瞬間、緩慢な様子から一転、その龍人は疾風の如き速さでこの場から姿を消す。

 ローメリア滅亡時のカオスとは少々異なるが、これはこれで。

 フィアーに喰われる奴隷の絶叫をBGMに、レイドルクはどこからともなく取り出したワイングラスに酒を注ぎ、呷った。




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