65 龍殺少女は天空に舞う
王都上空を飛翔する翼龍リントブルム。
眼下の街から次第に悲鳴が上がり、パニックに陥るその頭上、箒に乗ったアリエスとリノが敵を追う。
「で、リノ。作戦はある?」
「もちろん! 近付いたら私たちのパワーアップした魔法剣でたたっ切る!」
「おぅ、素敵な作戦。で、近付くにはどうすれば?」
「頑張って、アリエスちゃん!」
「まさかの丸投げ。じゃあ頑張ったらキスしてね、お口に」
「うん! ……うん?」
「よし、めっちゃ頑張る」
やる気を漲らせたアリエスは、箒を急加速させて翼龍に接近。
杖を取り出し、無数の氷柱を周囲に展開する。
「行け、アイスニードル」
放たれた氷の弾幕、狙いは巨大な翼膜。
間違ってもランに当てないよう、細心の注意を払って発射する。
しかし、敵は直角に急上昇をかけて遥か上空へ逃げると、大きく翼を広げて静止、太陽を背にしてこちらへ向き直った。
陽光を背負った翼が影を作り出し、翼膜から闇の弾丸が大量に放たれる。
「えぇっ、何これ! ライナ、何あれ!?」
「本体のスキル由来の技だろうね。本来のリントブルムは空戦特化。爪と牙、あと炎のブレスが武器だ」
「とりあえず避ける」
アリエスはスターブルームを上昇させ、黒い弾幕を回避。
影の弾丸は眼下の街並みに到達し、翼龍の影がかかった範囲が削り取られるようにして消滅した。
「しまった、街が……っ!」
『あの攻撃、触れたものを消滅させるのか……! アリエス、これ以上撃たせるな! 敵の影に入っちゃダメだ!』
「了解、もう撃たせない」
アリエスも急上昇をかけ、翼龍と同じ高さまで舞い上がる。
「もう、リムルちゃんからのプレゼント、受け取ってよ! ぷんぷん!」
怒りの声を上げ、リントブルムは翼を畳んで流線形のフォルムを取り、背後を取って突進を仕掛けてきた。
矢のような勢いで突っ込んでくる巨体を、アリエスは上昇からの急旋回で回避。
宙返りのような軌道を描いて、敵の背後を取り返す。
「よし。もういっちょショット」
「ちょっと待って、アリエスちゃん。今度は私も手伝うよ」
魔法剣を発動し、曲刀に風を纏ったリノ。
発射されたアイスニードルの弾幕は、やはり軌道を変えた翼龍にかわされる。
「そこっ!」
方向転換した先を、リノは読んでいた。
彼女の振るった真空の刃が、回避した先に飛ばされる。
進行方向に待っていた攻撃までは避けられず、翼龍の翼にわずかに傷が付いた。
「いったいなぁ! このあたしに空で勝とうなんてね、百年早いんだから!」
怒りに燃えたリムルが、口を大きく開く。
喉奥に展開した魔法陣から、火球が連続して放たれた。
ローリングしながら回避運動を取るアリエスだが、避けた無数の火球は放物線を描いて眼下の街に着弾。
次々と建物を吹き飛ばし、火災を発生させる。
「まずい! アリエスちゃん、避けたら街が滅茶苦茶にされちゃう!」
「でも、避けなきゃ消し炭。こうなったら、もっと上にいくしかない。しっかり掴まってて」
乱射される火炎弾。
その射線を街から逸らすため、アリエスはほぼ垂直に急上昇。
敵の斜め上を取り、撒き散らされる火炎弾をひたすら回避する。
火炎弾は街の外へ着弾し、ひとまず王都への被害は防げたが。
「さて、正直なところ今の私は避けるので精一杯。リノ、ここからどうする?」
「おっしゃ、ここはあたしに任せとけ!」
口を開いたのはライナの方。
彼女は曲刀に風の魔力を集め始めた。
「ライナ、一体何する気? あんまり風起こすとバランス崩れるんだけど」
「まあ見てなって。あとさ、氷の魔力も準備しといてくれ!」
「はい了解」
炎の弾幕を掻い潜りながら、魔力を氷属性に変換し、チャージしていく。
リノとのマウストゥーマウスが懸かっているだけあって、見事な操縦技術であった。
「おっしゃ! ちょっと揺れるけど踏ん張ってくれよ!」
準備完了、ライナは膨大な風の魔力を解き放った。
魔鉄の曲刀により風はさらに増幅され、刃が竜巻のような暴風を纏う。
風に煽られ、箒のバランスが崩れた。
「ちょっ……、墜落する……」
「問題無し! このお客さんにゃぁすぐに降りてもらうからさ!」
翼龍が火球を吐いた瞬間、暴風の刃を振り下ろす。
竜巻は刀身から解放され、渦を巻きながら龍を目がけて突き進んでいく。
火球を蹴散らし、巻き込んで、火炎の竜巻へと変わりながら。
「な、なにあれっ! あんな竜巻出せるなんて、聞いてなっ……」
火炎弾発射の隙を突かれ、想定外の攻撃を目の当たりにして、リムルの動きが止まる。
「ライナっ! あんな攻撃したら、ランちゃんが!」
「だからアリエスに頼んだんだ、氷の魔力をさ。今だ、アイツが怯んでいるうちに!」
「了解、アイスシールド」
アリエスの放った魔力が氷となって、翼龍の腕ごとランを包み込む。
次の瞬間、リントブルムの巨体を火炎竜巻が飲み込んだ。
「あつっ、あっつ、もう! でもこんなの、リムルちゃんには効かな——」
「あぁ、知ってる。龍の体の硬さはさ。だからあたしがいるんだろ?」
炎の竜巻を突っ切った翼龍の直上。
ニヤリと笑う蒼紅の光彩に、リムルは心の底から戦慄する。
竜巻から抜け出るわずかな時間の間に、龍殺しは既に目前まで迫っていた。
「『こいつで、終わりだッ!!」』
狙うは敵の右翼。
鋭く長い、氷の刃を造り出し、
ズバァァッ!
すれ違いざま、振り抜かれる一閃。
龍殺の力が籠った氷刃は、翼の根元を一撃で斬り裂いた。
「っぎあああぁぁぁぁぁぁっ!! 翼が、あたしの翼ぁぁっ!!」
絶叫と共に墜落する翼龍。
アリエスが氷の防壁を解除すると、その手からランが離れ、落下していく。
「ランちゃん! アリエスちゃん、お願い!」
「当然。ランは私の妹だから」
「え、そうなの?」
落下するランに追いつくと、相対スピードを合わせながら下降。
彼女を受け止めるため、リノは必死に手を伸ばす。
「ランちゃん、もう、ちょっと……!」
伸ばした腕が細い手首を掴むと、力いっぱい引き寄せ、抱き寄せた。
「はぁっ、良かった……」
「一件落着、めでたしめでたし。さて、ここで良いニュースと悪いニュースがある」
「な、なに?」
「良いニュースはランを取り返せたこと。そして悪いニュース、この箒は二人乗り」
「あ……」
「つまり、墜落します」
同時に青ざめるリノとアリエス。
スターブルームの搭載限界は、女の子の体重二人分。
魔法の箒は真っ逆さまに墜落を開始する。
「ちょ、ちょっちょ、どうにかならないの、これ!」
「残念、私じゃどうにもならない」
「よ、良し! ライナ、風の魔法剣!」
「おう。あれなら支えられるかもねー」
猛スピードで落下し、地上を目前にした瞬間。
リノは風魔法を全開にし、竜巻を地表に放って急ブレーキをかける。
「止ま……っ、れぇぇえぇぇえぇぇっ!!」
落下のスピードは次第に弱まり、そして。
「……はぁ、助かったぁ。今度こそ終わったねぇ」
「ただいま地上、この安定感はプライスレス」
王都の路地裏へと、彼女たちは無事に不時着した。
箒を降りた二人がぺたんと座り込み、一息ついたのとほぼ同時。
翼を失った翼龍が数十メートル離れた地点へと轟音を立てて落下、すぐにその姿は消失する。
「……いや、まだ終わってない。アリエスちゃん、ランちゃんをお願い」
満身創痍のリムルが、薄暗い路地裏を這うようにして進む。
もはや影に潜むことすら出来ないほどに衰弱した彼女は、普段被った猫を投げ捨てて悪態をつく。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ちっくしょう、なんでこのプリティーなあたしがこんな……! 龍殺し、ぜってー許さねぇ。今度会ったら……」
「今度会ったら、何?」
凍りつく思考。
顔を上げると、紅蒼の瞳を光らせる龍殺しが、この上なく冷たい目で彼女を見下ろしていた。




