62 半龍少女と龍人少女
客室に戻ったリノは、早速宝箱を取り出して蓋を開け、まずは新たな曲刀の説明書きに目を通す。
「ふんふん、魔鉄の曲刀。魔力を通しやすい素材で造られたシャムシールか。ライナの魔法剣、パワーアップしそうだね」
『良いもんくれたね、あの王様。早くコイツで龍人の首、すっ飛ばしたいねぇ……』
「いや物騒だなお前。次は、疾風の靴……。履けば敏捷性がアップするマジックアイテム。これは私向きだね」
素早さが上昇するのなら、【回避】の性能も大幅に上がるだろう。
これもありがたく頂戴する。
「さて、最後にこの首飾りだけど……」
蒼い宝石がはめ込まれた、謎のアクセサリー。
一見するとライナのものと似ているが。
「説明書きによると、封魂の首飾り、だって」
『……嫌な名前だねぇ。で、効果は?』
「えっと……、ひっ!?」
短い悲鳴と共に、説明書きのメモを放り投げるリノ。
『ど、どうしたんだ? いきなり』
「だってこれ、見てよ……」
涙を浮かべつつ羊皮紙を指先でつまみ、相棒の入った首飾りの前へ。
メモの内容に目を通して、ライナもまた絶句する。
そこに書かれていた文言は、
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
どうしてどうしてどうして絶対
に許さない許さない許さない呪
ってやる呪い殺してやる絶対に
許さない許さない許さない許さ
ない許さない許さない許さない
余白を埋めつくすようにびっしりと書かれた、恨みの文言。
『も、もしかしてこれ、呪いのアイテムなんじゃ……』
「なんで!? なんでそんなもの渡してきたの!? 王様どういうつもり!!?」
『あー、多分勝手に紛れ込んできたんだろうね。情念が籠ったアイテムって、そういうとこあるから』
「要らないよこんなの! 捨てる!」
龍殺しの英雄は、ホラー系の事象は得意ではない。
涙目で窓を開け放ち、握った首飾りを投げ捨てようとする。
『待て待て! 捨てても戻ってくるよこういうの。それより、ちゃんとした専門家のとこに持っていこう』
「うぅ……、専門家ってポートさん?」
『もっと身近にいるだろ、ほら。今日戻ってきたらしいじゃん』
▽▽
衛兵の立ち会いの下、ランとフィアーは鉄格子を挟んで向かい合う。
手枷と足枷を付けられて囚われの身となりながら、彼女は王女の顔を一瞥し、鼻で笑う不遜な態度。
「何の用だ。敗者を嘲笑いに来たか」
「そんなことしませんよ。……ただ、聞きたいだけです。あなたがどうやって、龍人の食人衝動に抗ったのか」
「……聞いてどうする」
「わたしは自分の中の龍人が怖い。制御できない衝動が恐ろしいんです。でも、それを抑え込める方法があるのなら……」
「方法など無い」
冷たい表情のまま、彼女は突き放す。
希望にすがる少女に、そのようなものは幻だと。
「私は何も特別なことはしていない。ただ、精神力で衝動を抑え込んでいるだけだ」
「精神力だけで……?」
「強さを追及する上で龍化など邪道。あんなものは己の力ではない。不要な力を拒み、嗜好品でしかない人肉を拒む過程で、精神力は更に鍛えられる。いわば修行の一環だ」
「じゃあ、そのモチベーションはどこから来るんですか。そこまでして強くなりたい理由って……?」
質問を投げられたフィアーの眉が、僅かに動く。
「……つまらぬ話だ。まだ私が人の身だった頃、武者修行の旅の途上、私は山族の集団に襲われた。一人一人は弱くとも多勢に無勢、力及ばず殺されかけた時……」
そこで言葉を切り、奥歯を噛み締める。
それは自分の無力さゆえか、それとも。
「……命を奪われようとした時、あのお方が現れたんだ。我が主、レイドルク様が」
それは彼女にとって、希望の光だった。
何かの気まぐれか、それともフィアーの中に何かを見たのか。
いずれにせよ、レイドルクはその場にいた山族を皆殺しにし、瀕死のフィアーに自らの血を与えて龍人と変えた。
「あのお方は命の恩人。我が命はレイドルク様が拾って下さったものだ。お前の言う強くなりたい理由とやら、それはただレイドルク様のお役に立つため。あの方の手足となって働くためだ」
「あんな人のために……、ですか?」
「何とでも言え。たとえ大悪党だろうが、私の命を救った恩人には変わりない」
主の本質を知った上で、なお従おうとする彼女の決意は固い。
フィアーが龍の血を抑える原動力。
それは、主への忠誠心。
たとえ相手が悪党であろうとも、恩義に報いるために全てを賭ける覚悟。
▽▽
地下牢を後にしたランは、未だ静まらない心のうちで考える。
果たして自分に、あんな覚悟が出来るのか。
リノに対する想いの強さで、龍人の血を抑え込むことは出来るのだろうか。
「……自信、ありませんよね。——わぷっ」
考え事をしていたため、前を全く見ていなかったラン。
柔らかな体とぶつかってしまい、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、ちゃんと前見てなくって!」
「気になさらないで。それと、お姫様がそんな簡単に頭を下げてはいけませんわ」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにいたのは金髪縦ロールの少女。
その後ろには、薄紫のロングヘアーの女性とオレンジ髪のサイドテール少女の姿も。
「あ、ミカさんでしたか。それにガブリエラさんとウリエさん、お二人とも戻ってらしたんですね」
「おう! 長ーい依頼から戻って、あたいら二人もあんたの護衛任務に着いたとこだ」
「ランちゃん、ホントにお姫様だったのねぇ。驚きだわぁ」
ウリエとガブリエラも戻ったことで、守りは万全となった。
あとは敵がどこに潜んでいるのか、それさえ分かれば、攻めに転じられる。
「えっと。とりあえず、リノさんたちのところに案内しますね。積もる話もあるでしょうし、お茶会でも——……?」
「どうしましたの、ランさん」
ランは突然に黙りこくると、ミカの影をじっと見つめ、首をかしげる。
「いえ、ミカさんの影からなんだか変な感じがするんです」
「変な感じって、別に何も変わったところは——」
「ミカちゃん、ちょっと失礼~」
腰のナイフを抜き放ったガブリエラが、突如としてミカに躍りかかった。
「うわあぁぁっ、お姉さま、ご乱心ですの!?」
「えぇいっ!」
そして、切っ先を床に、ミカの影に全力で突き立てる。
「……手応え、無しですねぇ」
「きゃはは、感付かれちゃった! このままこっそり忍び込んでアンヤクする予定だったのにさっ」
ミカの影が歪み、膨らんで、ピンク髪の少女へと姿を変える。
「あなたは、あの時広場にいた……!」
「お久しぶりー。今度は別のお姉ちゃんたちもいるね。せっかくだから遊ぼうよ! 可愛い可愛いリムルちゃんと、ねっ?」