61 龍殺少女は思い悩む
捕縛されたフィアーは地下牢に投獄され、スキルの使用を封じる特殊な手枷を付けられた。
取り調べは明け方から行われていたが、彼女はレイドルクに関する情報について、口を閉ざしたまま。
そして、激闘の末に彼女を捕らえた龍殺しの英雄は。
「……はぁぁぁ」
両手で頭を抱え、盛大にため息をついていた。
「突然どうしたの、リノ」
「アリエスちゃん……。私、今が人生最大のピンチかもしれない……」
アリエスはリノを自分の客室に誘い、二人でテーブルを囲んで紅茶を楽しむつもりだった。
時刻は午前十時、穏やかな時を二人きりで過ごすはずが、リノは追い詰められたような表情でため息をついてばかり。
「悩み事? なら私が聞いてあげる。どんと来い」
ランの件で自信が付いたアリエスは、リノの悩みも軽い気持ちで解決しようとした。
大した内容ではないだろうと侮っていた。
その内容を聞くまでは。
「……実はね、ミカちゃんに告白されたんだ」
「ほう、ミカに。……ん? 今、なんて?」
「それとね、ランちゃんにも告白されて。雰囲気に飲まれてキスまでしちゃった」
「ん? んん? 私の聞き間違い? そうだよね、そうに違いない」
想像を遥かに超えたその内容に、アリエスは大混乱に陥る。
ランが告白した、それはまだいい。
あの日、彼女をそそのかしたのは自分なのだから。
だが、まさかミカまでも。
「ミカにまで告白されたなんて、そんなの空耳に決まってる。リノ、本当は今なんて言ったの?」
「だから、ミカちゃんに告白されたの」
「おっけー分かったアイツの部屋どこだっけ」
無表情のまま、杖を手にしてスッと立ち上がる。
その顔に強烈な殺意を感じ取ったリノは、慌てて後ろから羽交い絞めにする。
「待って待って、ミカちゃんとこ行って何するつもり!?」
「心配しないで、ちょっと大火送葬の練習してくるだけだから」
「それ絶対練習の的ミカちゃんだよね!? だめだってば!!」
「離して、リノ! 私は……、私は……っ」
止めようとするリノと、抵抗して暴れるアリエス。
二人は揉み合いになったまま、バランスを崩して倒れ込んだ。
「ったた……、ごめんアリエスちゃん、大丈、夫……?」
気付けばアリエスの紅い瞳が、至近距離でこちらを見つめていた。
現在のリノの体勢は、仰向けに倒れたアリエスの上に覆い被さった状態。
まるで彼女を押し倒したかのような。
「ご、ごめん! すぐどくから……」
「ダメ」
「え——」
離れようとしたリノの後頭部に両手を回して、引き寄せた。
そのまま彼女は、想い人の唇を自分のそれと重ね合わせる。
「んむっ……!?」
「ん……、ぷぁっ。私は、リノのことがずっと前から好きだった。誰よりも、ずっと前から」
▽▽
王に呼び出されたリノ。
執務室へと向かう道すがら、またも盛大なため息が漏れる。
アリエスに悩みを相談しに行ったはずが、悩みは更に増えてしまった。
「はぁぁぁ……」
『モテる女は辛いねぇ、このこのぉ』
「あんたの相手する元気も無いよ、こっちは。三人の中から誰かを選ぶなんて、そんなの無理だよ……」
『選ぶ必要ないだろ、三人纏めて貰っちゃえば。前から言ってるじゃん、ハーレム築けって』
「そうですよ、ライナさんの言う通り。わたしはリノさんハーレムで全然構いません」
「でもなんか……。うわっ、ランちゃん!?」
いつの間にか隣を歩いていたお姫様。
昨日の夜に交わした口づけを思い出し、顔が自然と熱くなる。
「で、でもさ、なんか誠意が無いみたいで、気が引けるし……。アリエスちゃんとミカちゃんは、それでいいのかな……」
「アリエスさんは間違いなく大丈夫ですよ」
『そ、そ。あたしが入れ知恵したからねー』
「あんた、前にしたお悩み相談ってまさか……」
ここに及んで、全てを理解したリノ。
アリエスもランも覚悟の上。
あとはミカの気持ちと自分の決断次第だ、と。
「と、ところでランちゃん、今日は元気そうだね」
このところ、ずっと部屋に閉じこもっていたランが、こうして外を出歩いている。
精神状態が良い方に向かっている証拠だろう。
「そう見えますか、えへへ。実はこれから、あのフィアーって人に話を聞きに行くんです」
「あの人に? そっか、じゃあ地下牢だね。私も付き合おうか」
「いえ、衛兵さんたちもいますし大丈夫ですよ。本音を言うと、一緒にいてほしいですけど……」
最後の言葉は、小声でよく聞きとれず。
リノはランの手を恭しく取り、片膝をついて提案する。
「それじゃあお姫様、せめて目的の場所までは、エスコートさせていただきます」
「は、はひっ、おねがいしましゅ……」
無意識に凛々しいキメ顔を見せてから、いたずらっぽく笑うリノ。
ランは顔から湯気を立ち上らせ、ライナは心の中でひっそりと呟く。
お前そういうところだぞ、と。
「それにしても、フィアーから話を聞きたいだなんて、驚いちゃった」
「……わたし、変わりたいって思ってお城に来たんです。このまま逃げ続けてちゃ、ダメになっちゃうって。でも、結局逃げてるままだったんですよね。龍人の血から逃げ続けたままじゃ、何も変わらない」
ずっと目を逸らし続けてきた自分の中の怪物。
もしも制御する方法があるのなら、それを知りたい、自分の物にしたい。
「あの人は、これまで一度も人を食べていない。食人衝動をずっと抑え込んでいるってことですよね。だから、あの人から話を聞ければ、わたしも何か掴めるんじゃないかって。そう思ったんです」
儚げに微笑むと、頬を軽く染めながらリノの瞳をじっと見つめ、
「それと、元気そうに見えるのは、リノさんから勇気を貰ったから……ですよ?」
唇に人差し指を当てながら小首をかしげる。
そのしぐさにリノは心臓を撃ち抜かれ、ランの顔を直視出来なくなるのだった。
▽▽
ランを地下牢まで送り届けた後、リノは王の執務室へ。
調度品と書物の入った棚、大きな執務机、そして壁には絵画と国旗。
シンプルにして機能的な部屋の中央に置かれた巨大な宝箱が、ひときわ異彩を放っていた。
「失礼しますっ」
「おぉ、よく来たな。昨夜、我が娘の危機を救い、賊を捕らえてくれたこと。まずは礼を言う」
「もったいなきお言葉っ」
「そう固くなるな、楽にしてよい」
背筋をまっすぐに伸ばし、ガチガチに固くなったリノ。
執務机に座ったまま、王は苦笑いを浮かべる。
「娘を守る依頼、主らに任せて正解だった。今後も引き続き、励んでくれ」
「勿論です。ランちゃんは私の、あ、いや、私たちの大切な人ですから」
「うむ。して今回呼び立てたのは他でもない。昨夜の戦闘で武器を破損してしまったそうではないか」
「ずっと使ってきた剣でしたし、寿命だったんでしょうね。……あ、もしかして、この宝箱」
「開けてみるが良い」
横幅一メートル以上の長方形の宝箱。
重いフタを開けると、その中に入っていたのは。
鞘に入った七十センチほどの曲刀。
何らかのマジックアイテムだろう靴。
そして、ライナが住んでいるものと瓜二つの、青い宝石が仕込まれた首飾りだった。
見るからに高価なマジックアイテムの数々。
リノは思わず王に確認を取る。
「これ、貰っちゃっていいんですか!?」
「構わん。娘を救ってくれた礼なのだ、それでもまだ足らぬくらいだよ。装備品の説明書きは同封しておいた、目を通しておいてくれ。では、下がってよい」
「ありがとうございます。立派な剣に靴に、首飾りまで! ありがたく使わせて貰いますね! それでは、失礼します」
宝箱を中身ごと収納すると、ペコリと頭を下げ、王の部屋を後にする。
彼女が去ったあと、王は軽く首をかしげた。
「……はて。首飾りとな。そんなもの、入れてはおらぬはずなのだが」