57 龍姫少女の心の傷
それは紛れもない、愛の告白。
ギュッと目を閉じて震えるミカ。
リノは驚きの中で彼女の表情を観察し、嘘や冗談ではないと確信。
彼女が本気で想いを伝えていると分かり、一気に頬を紅潮させた。
「え、えっと。ミカちゃん——」
「待って下さいまし! 今の無し、忘れてくださいな! リノさんの気持ちが弱っている時に付けこんで、こんなのズルイですわ!」
「そんなことないよ。それでね、返事なんだけど」
「待って待って待って! これは卑怯ですわ、アリエスさんとランさんに申し訳ない、フェアじゃありません!」
「なんでそこで二人の名前?」
アリエスとランが自分に寄せる想いに、リノはまだ気付いていない。
そんな状況でリノと恋人になってしまえば、大惨事間違いなし。
ただでさえ嫌われているらしいアリエスとの間に、決定的な亀裂が生まれてしまう。
断られる可能性に対する怯えもあったが、よりそちらの方をミカは恐れていた。
「だからそう、保留! これは保留にしてくださいまし! 返事はランさんが復活して、色んなことが片付いてからで良いですから!」
「そ、そっか。そうだよね。こんな状況で恋愛どうこうとか言ってられないか」
「ですわですわ! じゃあお城に戻りましょう! ランさんを励ましてあげましょう!」
必死に平静を取り繕いながらも、その顔はまるでトマトのよう。
ベンチから立ち上がったリノは、ミカにそっと手を差し伸べる。
二人は手を繋ぐと照れくさそうに笑い合い、王城へと戻っていった。
「なんだろう、猛烈に嫌な予感。この胸騒ぎ、何か良くないことが起こっている?」
同時刻、王宮にて。
アリエスの第六感が、謎の警鐘を鳴らしていた。
▽▽
王城に戻ったリノはミカと別れ、その足でランの部屋へ。
部屋の前で控えているメイドに軽く会釈すると、扉を軽くノックする。
「ランちゃん、私。リノだよ。入ってもいいかな」
声をかけ、しばらく待つも応答は無し。
扉の脇に黙って佇むメイドに対し、リノは確認を取る。
「あの、入っちゃってもいいですか?」
「リノ様は自由にお通しするように、との陛下からのお達しです。どうぞご自由にお通りくださいませ」
「そ、そうなんですか」
出入り自由なのはありがたいが、少々不用心じゃないだろうか。
とはいえ、信用されていることは確か。
そっと扉を開け、ランの自室へと足を踏み入れる。
「わぁ、さすがはお姫様の部屋……」
まず驚いたのは、部屋の広さ。
リノの自室の軽く十倍以上、部屋の端から端まで二十メートルはあるだろうか。
豪華な調度品と家具に囲まれた部屋の中央には、天蓋付きのベッドが鎮座している。
「……あれ、ランちゃんは?」
しかし、肝心のお姫様の姿が見当たらない。
ランの姿を探しつつベッドに歩み寄ったリノは、その中心部がわずかに盛りあがっていることに気付く。
シーツをめくってみると、
「ランちゃん、みーつけた。いないのかと思ってびっくりしちゃったよ」
「リノ、さん……」
ランはネグリジェを着たまま、ベッドの中で丸まっていた。
その右腕は緑色の鱗で覆われ、頬には涙の跡、サラサラの金髪も乱れてしまっている。
「ほら、出ておいで。もうお昼も過ぎてるよ?」
シーツを取り去ると、彼女は諦めたように体を起こし、ベッドの上に座った。
「髪もボサボサじゃん。せっかく綺麗なんだからしっかり整えないと。私がやったげるね。まぁ、あんまり上手じゃないんだけどさ……」
「……う、して……?」
「ん?」
ベッドから立ち上がり、櫛を探しに行こうとするリノ。
ランの発した小さな声に足を止め、振り返る。
「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか……? 情けないって、無責任だって、怒りに来たんじゃないんですか……?」
「ランちゃんを怒る資格なんて、私には無いよ」
今の今まで半ば自棄になっていた身で、偉そうに説教なんてするつもりはない。
「ただランちゃんに、少しでも楽になってもらいたくて」
ミカに全て打ち明けて、少しだけ楽になった自分のように、彼女の心を少しでも軽くしてあげたい。
苦しんでいる彼女の心の痛みを、少しでも和らげてあげたい。
「私に出来ることは、そのくらいだからさ」
ベッドに上がったリノは、ランを抱きしめつつ倒れ込んだ。
「わひゃっ!」
「おぉ、ふっかふかだね。さすがお姫様のベッド」
ふんわり低反発の、沈み込むような感触。
このまま目を閉じれば、簡単に眠れてしまいそう。
客間のベッドも相当だが、このふわふわ度合いはそれ以上だ。
「あ、あの、リノさん……?」
ベッドの上で、至近距離でリノに見つめられ、抱きしめられて。
久々に味わう温もりに、落ち着かないながらもこの上なく心が安らぐ。
右腕に生えていた鱗が、波が引くように消え去っていく。
「吐き出して楽になるなら、いくらでも聞いてあげる。一緒にいて欲しいなら、いつまでだっていてあげる。ランちゃんが辛くなくなるまで、側にいてあげるから」
「……ありがとう、リノさん。しばらく、このままでいてください。そして出来れば、今夜は一緒に寝て欲しいです……」
「うん、分かった。いつもみたいに、今日は一緒に寝よう?」
▽▽
天蓋付きのベッドの上で枕を抱きしめ、ランは今か今かとリノの到着を待っていた。
心細くて仕方ない。
一人でいるだけで、泣きそうになってしまう。
「リノさん……。わたしやっぱり、あなたがいないとダメなんです……」
彼女への依存を絶ち切るなど、やはり無理だったのだろうか。
情けなさと自己嫌悪で、目尻に涙が溜まる。
ぎゅっと身を竦めたその時、首筋に夜風が当たった。
「ひゃぅ! あ、あれ……? 窓、空いてる?」
今日この部屋にはリノ以外、誰も入れていないはずなのに。
当然、窓を開けた覚えもない。
不審に思いながらも、窓を閉めるために立ち上がり、窓辺に行くと。
背後から回された手が、口元を押さえ付ける。
「む、むぐぅぅぅぅぅっ!!?」
「騒ぐな。騒げば殺す」
夜の帳が降りた薄暗い城の廊下を進み、リノはランの部屋の前へと到着。
ノックをしながら呼びかけるも、またもや返事はなし。
「あれ? ランちゃん、まだ泣いてるのかな……」
扉の脇に控えていたメイドも、夜中だからか姿は見えず。
やむを得ず、リノは無断で扉を開け、
「——っ!?」
すぐに異変を察した。
室内には誰もいない。
ベッドの中に潜っているわけでもなく、何より窓が開け放たれ、カーテンが夜風に揺れていた。
すぐさま窓から身を乗り出して周囲を見回すと、左上方の塔の上から飛び下りる、小柄な少女を脇に抱えた人影を発見。
「ランちゃんが、攫われた……!?」
考えている時間は無い。
【収納】で曲刀を取り出しつつ、龍殺しの少女は窓から飛び出した。
 




