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56 少女と少女の思いの丈




 約三千人が集まった広場で起きた、未曾有の惨事。

 龍人によって殺害された人数は三百を越え、逃げ惑う群衆に押し潰されて圧死した者も多数。


 あの惨劇から三日が経った。

 街は一見して普段通り。

 大通りには多くの人が行き交い、活気に満ちている。

 しかし、その日常の裏では少しずつ、しかし確実に、龍人への恐怖と不安、隣人への疑心暗鬼が増大しつつあった。


 王城内では、ランの扱いについて意見が真っ向から対立。

 彼女をこのまま王族として城に留め置くべきと主張する派閥と、人喰いの怪物を城に置いてはおけないとする派閥が、日々激論を戦わせていた。


 リノとアリエス、ミカの三人は、あの日から王宮に滞在している。

 半龍人であるランに対する国民の不安を解消するため。

 そして、一部貴族がランを暗殺しようとする可能性を考慮して、ブルームとクルセイドへ王直々に護衛を依頼したのだ。


 そして、渦中の姫君は。


「アリエスさん、ランさんはまだ閉じこもったきりですの?」


 ランの自室の前に佇むアリエスを見つけ、ミカが声をかける。


「うん。あの日からずっと……」


 彼女たちは顔を見合わせ、表情を曇らせた。

 群衆の前で本性を晒され、命の次に大切と言ってもいい鉄仮面を壊され、バーンドを目の前で惨殺され。

 ランの負った心の傷は根深く、重い。

 身の回りの世話をする使用人を除いて、彼女は誰とも会おうとせず、自室に閉じこもったままだった。


「リノならきっと、ランを励ましてあげられる、でも、リノもあれからちょっと変」


「どうしたのでしょうね。取り憑かれたみたいに、街中を駆けまわって……」


「龍人狩り、してるんだと思うけど」


 あの日からリノは、姿を消したレイドルクを探して王都中を飛び回っていた。

 しかし、なんの成果も得られない。

 あれっきり龍人は姿を消し、レイドルクの足取りも手がかりすら掴めなかった。


「ちょっと気になりますわね、最近ぼんやりしてることも多いですし……。わたくし、リノさんを探してきますわ」


「……分かった。ランは私が見ておくから」


 走り去るミカの背中を見送ると、彼女はランの部屋をノックする。


「返事は、無しか」


 妹のように大事に思っている少女。

 その苦境に何もしてやれない無力感に打ちひしがれる。


「やっぱりリノしかいない。ランの心を救えるの、リノだけだよ」



 ▽▽



 あの日以来、時おり意識が飛んでしまうようになった。

 記憶にない行動、言動を取っていたと、周囲の人は口を揃える。

 まるで自分が自分でなくなっていくかのような底知れない不安と恐怖が、リノを蝕んでいた。


「ねえ、ライナ……。まだ起きてくれないの? ねえ……」


 首飾りの同居人は沈黙を続けたまま。

 ランはあの状態、アリエスも精神的に相当堪えている。

 そんな二人に相談することはできず、龍人狩りで不安を紛らわそうにも、龍人たちは行動を起こさぬまま。

 虚しく時間だけが過ぎていく。


「……何やってんだろ、私」


 頭では分かっている。

 フォートレスのメンバーを始めとした冒険者たちが、街中を巡回して睨みを利かせているのだ。

 今自分がやるべきは、こんなことじゃない。

 分かっていても、何か行動していないと不安に押しつぶされそうになってしまう。


「今日はもう戻ろう……」


 まだ日は明るいが、どうせ今日も徒労に終わることは分かっている。

 ため息交じりに路地裏から大通りに出た。

 王城を目指して人ごみの中を歩いていると、息を切らしてこちらに駆け寄ってくる金髪の少女の姿が。


「や、やっと見つけましたわ、はぁ、はぁっ」


「ミカちゃん。どうしたの、そんなに急いで。もしかして、何かあった!?」


「何かあるのは、あなたの方でしょう、はぁっ、はぁ……」


「私? 私、なにかしたっけ?」


「何かしたっけ、じゃありません! とにかく、そこの公園に行きましょう。こんなところじゃ落ち着いて話も出来ませんわ」



 ミカに連れられて、やってきたのは中央公園。

 ベンチに腰掛けたミカの隣に、リノも腰を下ろす。


「さて、言いたいことは山ほどありますわ。覚悟してくださいまし」


「お、お手柔らかに……」


 物静かなアリエスとも、引っ込み思案のランともタイプの違う、グイグイ押してくるタイプのミカ。

 果たして何を言われるのか、リノはハラハラしていた。


「まずあなた、毎日毎日ランさんを放って何をしてますの?」


「何って、龍人が現れないかパトロールを……」


「冒険者の皆さんが警備に当たっているでしょう! それにあなた、最近様子がおかしいですわ。上の空でいることが多いと言いますか、ぼんやりし過ぎです」


「そ、それは……」


 痛いところを突かれ、リノは俯いてしまう。

 そんなリノに、ミカは矢継ぎ早に言葉を浴びせかけた。


「今一番辛いのは、ランさんなんですのよ? あなたがそんな調子では——」


「……ミカちゃんに、私の何が分かるの?」


 一番辛いのはラン、確かにそうだろう。

 でも自分だって苦しんでいる。

 俯いたまま肩を震わせ、


「私だって、私だって辛いの、苦しいの! 何も知らないくせに、知った風な口利かないでよっ!!」


 目尻に涙を溜めながら、怒鳴り返した。

 そんなリノを、ミカはそっと抱きしめる。


「……ええ知りませんわ、わたくしは何も知りませんとも。だから全部吐き出しなさい」


 頭を撫でられながら、優しい声で語りかけられる。

 不安が安心に塗り替えられ、頭に昇った血が一気に引いていく。


「あ……、ミカちゃん、ごめん。私、最低だ……」


「いいんです、あなたも辛かったんですわよね。一人で抱えてないで。わたくしに全部ぶつけていいんですのよ」


「うん……。実は、実はね——」


 襲撃の日から今日までに起きた出来事。

 胸の中に溜め込んだ不安、恐怖。

 誰にも言えなかった悩みを全てぶち撒ける中、ミカは黙って頷いてくれていた。


「……そう、そんなことが」


「ありがと、ミカちゃん……。こんなこと、今のランちゃんやアリエスちゃんには打ち明けられなくってさ。あはは、全部吐き出せて、ちょっとスッキリしたかも……」


「わたくしに出来るのは、聞いてあげることだけ……ですけれども」


「それでも十分だよ……」


 彼女の手を握り、涙を浮かべながら微笑む。

 ミカは赤面しつつ、顔を逸らしてしまった。


「私なんかの街中を走って探し回って、こんな愚痴みたいな話まで聞いてくれて。どうしてここまでしてくれるのか、不思議なくらいだよ……。ホントにありがとね」


「べ、別にそんなの、お礼を言われるほどの事じゃありませんわ。好きな人のためなら、このくらい全然どうってことないんですから」


「そっか。……え、今、なんて?」


 あまりにもサラリと口にした、その言葉。

 聞き間違いかと思い、もう一度聞き返す。


「私のこと、好きって、言ったの?」


「へっ? あっ、違っ! うっかり口が滑った、じゃなくて!!」


 失言に気付いてしまったミカは、両手をバタバタとさせて大慌て。

 スーハースーハーと深呼吸で気持ちを落ち着かせ、半ば自棄やけになりつつ勢いに任せて打ち明ける。


「わ、わたくしは、リノさんのことを、お、お慕いしておりますのっ! だから、あなたのためなら何だって出来ますわ!」




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