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55 龍殺少女は憎しみに吠える




 目の前で父親が、母親が喰い殺されていく。

 少女はただ、目の前で繰り広げられる惨劇を前に、絶望と恐怖の中で震えていた。


「やっぱ年増や野郎の肉は美味くねぇ。ヒヒッ、さぁて、いよいよメインディッシュだ」


 母親の内臓を喰い終えた半人半龍の化け物が、こちらを向いた。

 血が滴る口元を青白い舌で舐め、下卑た笑い声と共に少女へと歩み寄る。


「メスガキの肉なんざ、中々喰えるもんじゃぁねぇ。レイドルク様に感謝しなきゃなぁ」


 恐怖におののき、何も出来ない少女に伸ばされる魔の手。

 血にまみれた指先が彼女に触れる直前。


「そこまで、ですわっ!!」


 背後から叩きつけられたメイスの一撃で、龍人の頭は弾け飛んだ。


「……はぁ、はぁ。これで、六匹!」


 息を切らして、額の汗を拭うミカ。

 ドラゴンと化す前の龍人の強度は、鎧を着込んだ人間程度のもの。

 ブーストで強化されたミカの力なら、十分に貫ける防御力だ。


「大丈夫? 早くお逃げに——」


 助けた少女に声をかけるも、彼女は何も反応を示さない。

 両親の仇が目の前で討たれても、ミカに手を差しのべられても、何も。

 ただ虚ろな目で、虚空を見つめたまま。


「……っ、わたくしはっ、まだやることがありますから。……ごめん、なさい」


 少女はこの場を生き延びることが出来るのか。

 生き延びたとして、その後の人生は。

 心の傷は、いつか癒えるのだろうか。

 今のミカに出来ることは、一体でも多くの龍人を一刻も早く仕留め、こんな思いをする人を一人でも減らすことだけ。


「それにしても、キツイですわね……」


 元が山族や性根の腐ったタイプの奴隷とはいえ、龍人である以上力はかなりのもの。

 今のように不意打ちで倒さない限り、消耗は激しくなる一方。


「リノさんは、まだ戦っているようですし。わたくしが、やらないと!」


 次の龍人に狙いを定め、メイスを握りしめるミカ。

 その耳元で、無邪気な幼い声が囁いた。


「お姉ちゃん、わたしと遊んでよ」


 ゾクリ。

 悪寒が走り、咄嗟にメイスを振り抜く。

 速度強化の乗った、かなりの速度での打撃を、その少女は軽々と回避した。

 バック転で軽やかに着地した少女。

 年齢は十歳程度、ピンクの髪をツインテールで結び、楽しげに頭を左右に揺らす。


「キャハハ、あっぶなーい! ひどいよお姉ちゃん、いきなり殴りかかってくるなんて」


「あなた、ただの子供じゃありませんわね。龍人、ですの?」


「はい、せいか〜い。これ以上お姉ちゃんにお友達を殺されちゃったら、わたしがレイドルク様に怒られちゃう。だからぁ、ここでわたしと遊ぼ?」


 この少女、明らかに周囲の有象無象とは別格。

 真後ろに接近されるまで、音も気配も感じなかった。

 全力を注いでも勝てるかどうか、底が知れない不気味さを感じる。


「あなたに構ってる暇なんて、ありませんのに!」


 ブーストをかけ直し、全速力で駆け込むミカ。

 残像が見えるほどの打撃を、少女は笑みを崩さずひらりひらりと避けていく。


「当たら、ない……っ」


「慌てない慌てない、のんびり楽しもう? みんなの楽しいランチタイムが終わるまで」



 広場の中央で新たに戦闘が始まった頃、バルコニー下では。


「龍殺しの英雄とはこの程度? だとしたら失望だな」


「言わせておけばッ!」


 全ての攻撃を殺すつもりで振るっているにも関わらず、全ての攻撃が防がれる。

 こうなったら奥の手を。


 縦振りに振るった刃を受け止められた瞬間、自由な左手でナギナタの柄を掴みにかかる。

 【収納】を発動して敵の武器を奪い去る、ミカとの戦いで編み出した技。

 ところが。


「収納、狙っているな」


「なん……っ!」


 得物を一回転させて剣を弾き、反撃の横薙ぎを繰り出す。

 武器を掴めないまま、リノはバック転での回避を強いられた。


「なんで、【収納】の応用技のことを……?」


 アリエスやラン、ミカにすらはっきりと教えていない奥の手。

 だがこの敵は、『ジョン・ドゥ』の一員として闘技場にいた。


「あのたった一度の戦いを見て、あの一瞬で、見抜いたとでもいうの……!?」


 広場から上がる悲鳴は鳴りやまず、目の端に映ったミカは手練れの龍人に足止めされている。

 怒りと焦りに加え、先ほどから感じる自分が自分でないような不気味な感覚。

 様々な要因が、太刀筋を乱れさせていく。


(このままじゃ、このままじゃ……! こんなヤツ、早く殺さなきゃいけないのに……)


 このままじゃ、誰も守れない。

 リノの心に諦めすら過ぎったその時。


「団長の命令だ、みな、死力を尽くせ!」


 城門が開き、近衛騎士団が雄たけびと共に突撃を開始した。

 更に、街の側からは。


「冒険者軍団、ただ今到着! 私も久々に、暴れちゃうわよぉ〜!」


 王城での異変を聞き付けたギルドマスターが、出動可能な冒険者たちを引き連れて参戦。

 先陣を切るのは、ボディスーツのマッチョな漢女おとめ

 その筋骨隆々の腕で、龍人たちを一撃で殴り飛ばして粉砕する。



「……む、これは潮時ですかねぇ」


 バルコニーから悠々観戦していたレイドルク。

 城側から騎士団、街側から冒険者の挟撃を受け、龍人たちは瞬く間に数を減らしていく。


「皆さん、撤収です。引き際は肝心ですよ」


 レイドルクは念波を発し、引き上げの指示を出す。

 彼の血を受けて龍人となった者たちは、彼と深いところで繋がっており、ある程度の距離までならば言葉を介さずとも会話が可能。

 撤収命令を受けた龍人たちは、バラバラに逃走を開始する。


「あ、撤収なの? つまんなーい。お姉ちゃん、また会おうね。バイバーイ」


「ま、待ちなさい!」


 ミカと戦っていたピンク髪の少女も、素早い身のこなしでミカから飛び離れた。

 そのまま城壁を駆けのぼり、王都の家々の屋根へと飛び移って消えていく。


 そして、レイドルクも。

 シルクハットを目深に被り、深くお辞儀をすると、冷笑と共に別れを告げる。


「さぁて、私もこれにて失礼致します。国王陛下、突然のおいとま乞いとなってしまい、まことに申し訳ございません」


「暇乞い……、だと? 貴様、一体何が目的なのだ! ワシの命が狙いではないのか!?」


「陛下の命など興味はありません。ただ私は見たいだけなのです。人間同士が醜く足を引っ張り合い、墜ちていく様をね。それではごきげんよう」


 ステッキをクルリと回すと、彼はバルコニーから飛び下りた。



 騎士団と冒険者の攻勢を受け、逃亡を開始した龍人たち。

 気がかりとなる要因が消えたことで、リノは目の前の龍人を殺すことに集中。

 激しく打ち合い、斬り結ぶ中で、頭上からぞっとする程の殺気を感じ取る。


 とっさに飛び離れるリノ。

 彼女とフィアーの間に、レイドルクが軽やかに着地した。


「いつまで遊んでいるのです。撤収の指示は出したでしょう」


「……申し訳ありません、少々熱くなってしまいまして」


「もう用事は済みました。帰りますよ」


「待て、レイドルク!」


 引き上げようと背中を見せる宿敵に、彼女は声を浴びせる。


「おやおや、英雄殿。ずいぶんと怖い顔をしていらっしゃる」


「殺す、エルザの仇、お前だけは絶対に、殺すッ!」


「……ほう」


 憎き仇を殺すため、彼女・・は曲刀で斬りかかる。

 炎を纏った渾身の一撃を、レイドルクはステッキで軽々と受け止めた。


「中々面白いことになっているようだ。ですが、今日はここまで。また会いましょう、龍殺しの英雄殿」


 そのまま凄まじい力で後ろに弾き飛ばされ、石畳の上を滑る。

 体勢を整えた時には、すでに二人の龍人の姿はどこにも見えなくなっていた。


「……逃げるな。逃げるなレイドルク! 私と、あたし(・・・)と戦えェッ!!」




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