54 龍殺少女に生じた異変
あちこちから上がる悲鳴。
広場へと目をやったリノの目に飛び込んで来たのは、地獄のような光景。
群衆に紛れ潜んでいた龍人たちが一斉に本性を現し、人々を襲っている。
「どこを見ている。お前の相手は私だ」
「ぐっ……!」
鋭い踏み込みから繰り出される、双刀の斬撃。
すぐ側で人が殺されていく。
大声で助けを求めながら、頭から噛み砕かれ、無残に喰い殺されていく。
「どっ……けぇぇぇぇッ!!」
「断る。私の役目はお前の足止めだ」
曲刀とナギナタが激しく打ち合わさり、火花を散らす。
怒りを露わにするリノに対し、フィアーの声は抑揚が無く、感情が窺えない。
顔と同じように、感情まで覆っているように。
パニック状態の人ごみから抜け出したミカは、戦闘中のリノに出くわす。
状況を把握出来ないながらも、すぐさま加勢しようとするが。
「リ、リノさん! 今援護を——」
「それより! ミカは広場の人たちを守れ! コイツは私一人で十分だから!!」
「え……、あなた本当にリノさん、ですの?」
「早くッ!!」
「わ、わかりましたわ!」
リノの言う通り、人を襲っている半人半龍の怪物たちは放っておけない。
自身をブーストとクイックで強化したミカは、メイスを片手に広場へと向かう。
「無駄なことを……。龍人は百人居るのだ、一人でどうにかなる数ではない」
「それでも、全員は無理でも! あの子なら一人でも多く救ってくれる! そして、お前を殺せばあたしも加わって、もっと救える!」
「なるほど、合理的だ。私を倒せる、という部分を除けばな」
二人の打ち合いは激しさを増していく。
フィアーの刺突を回避、反撃に浴びせるリノの刺突もまた避けられる。
素早さを活かしたリノの斬撃は、長い柄にことごとく阻まれ、敵には届かない。
自身の体を回転させながら繰り出すフィアーの舞うような攻撃も、リノの【回避】によって鮮やかに回避され。
両者一歩も引かず、互角の戦いが繰り広げられていた。
そんな戦いが行なわれている、その上で。
レイドルクは阿鼻叫喚の広場を、バルコニーから愉悦交じりの表情で見下ろしていた。
「ふっふっふ……。あの者たちは盗賊や山族、さらにはラーガさんの飼っていた奴隷の中から選りすぐった、見込みのある者たちです。良心の欠片もない、可愛らしい子供たちだ」
「そんなことどうでもいい、今すぐやめさせろ」
「はっはっは、アリエスさんはおかしな事を仰られる。そのようなつまらない命令をするはずが無いでしょう」
心底楽しげに嗤うレイドルク。
王は怒りに震え、ランはその顔に何の感情も浮かべないまま、ただ涙を流している。
「だったら、力ずくでやらせるまで」
胸に燃えたぎる怒りを魔力に変え、杖の先から炎となって迸る。
空中に出現した火球が、鋭い槍の形へと姿を変えた。
「フレイムランス」
レイドルクに向けて放たれる炎の槍。
炎に物理的な貫通力を与え、刺し殺し、焼き殺す上級火炎魔法。
「で? もしや、この火遊びが力ずくなのですか?」
しかし、レイドルクが無造作に片手を振るうと、炎の槍は跡形もなく消え失せた。
一瞬で、あまりにも唐突に。
「な、なんで!? 今、何をし——」
「貴女は部外者なのですから、少しの間大人しくしててください」
直後、彼女の眼前に現れたレイドルク。
腹部に重い掌底の一撃を叩き込み、アリエスは吹き飛ばされて廊下の壁に叩きつけられた。
「あがっ! ぐっ……、げほっ!」
口から血を吐き、力なく倒れる。
身体が痺れ、立ち上がることはおろか、身動き一つ取れない。
「さて、邪魔者も大人しくなったところで。じっくり見物といきましょうか」
龍殺しのパーティーの一人である、S級冒険者アリエス。
彼女が手も足も出ずにやられた今、逆らう気力を持つ者はもはやこの場に誰もいなかった。
ただ一人、義憤に駆られた男を除いては。
「……レイドルク、そこまでだ」
一歩前へと進み出たのは、近衛騎士団長バーンド。
立ちすくむ部下たちに対し、彼は指示を出す。
「お前たち、直ちに騎士団を引き連れ、広場にはびこる龍人を掃討しろ」
「だ、団長は……?」
「俺はやり残したことがある。すぐに行く、早くしろ! 一人でも多くの命を救え!!」
「は、はっ!」
駆け出した騎士らを見送ると、次に目を向けたのは小さな姫君。
「ラン様、申し訳ございません。全てはレイドルクの謀に踊らされ、この城にあなた様をお連れした私の責任。恨むならば私をお恨みください。陛下を恨んではなりません」
バーンドの言葉に、ランは顔を上げた。
壮年の騎士は、穏やかな笑みを浮かべながら告げる。
「恥ずかしながら、私は嬉しかったのです。あなた様の母君とは、幼い頃から一緒でしたからな。あの頃のレイシア様とあなた様は、まるで生き写しだ」
脳裏に浮かぶのは、少年の日の記憶。
男勝りのレイシアに剣術の稽古を付け、その果てに腕前で上回られて。
楽しかった日々、叶わぬと知りながら胸に抱いた淡い想い。
忘れかけていたものを思い出させてくれた小さな少女に、彼は感謝の思いを打ち明けた。
「ラン様。どうか、あなたはどうか幸せになってください。短い間でしたが、あなたに剣を捧げられたことは私の誇りです」
「バーンド……、さん……?」
「よせ、バーンド! 無駄に命を散らすでない!」
彼の覚悟を悟った王が、叫ぶ。
「これは命令だ! 大人しくしておれ!」
「……聞けません。いくら王の命でも、これだけは。俺は近衛騎士団長。主君に仇なす者を討つが、我が役目なればッ!」
腰の剣を抜き、雄たけびと共に彼は斬りかかった。
「逆賊、覚悟ッ! うおおおぉぉぉぉぉっ!!」
「……やれやれ。三文芝居は終わりましたかねぇ。では、退場のお時間です」
——ヒュパッ!
武器すら使わず、素手の手刀を一振り。
それだけで、全ては終わった。
ゴトっ、ゴロゴロゴロ……。
転がってきた何かが、ランの足先に当たって止まる。
それは、目を見開いたバーンドの首。
彼の視線がランと交錯する。
「あっ、いやっ……」
頭部を失った体が、血を噴き出しながら糸の切れた人形のように倒れる。
王は無力感に顔を歪め、そして。
「いやああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!」
ランの絶叫が、響き渡った。




